壱巻
おっかない爺さんだった。あの威圧感は師範以上だった。
それはさておき、現状の確認をしよう。
この現象は爺さんからもらった知識によると転生と言うらしい。本来なら前世の記憶や能力などは受け継がれないらしいが、今回は特別に爺さんが計らってくれたようだ。
それはさておきここはどこだ?
周りを見ると、辺り一面雪景色。白銀の世界に目を奪われていると、爺さんに見せられた景色の一部にこのようなものがあった事を思い出した。
記憶が正しければここは雪山だったはず。高くそびえる山が見える。それに一つだけではなく、幾つかの山々が連なる山脈だ。
純白の世界の中、不思議と寒くはなかった。こんなとこまで爺さんが気を使ってくれたのだろうか?
何はともあれ情報収集が先決だろう。それにここがどんな場所なのか気になる。
地面に倒れている自分の体を起こそうと、両手を使おうとするが右腕にうまく力が入らない。やれやれ、腕までは治してくれなかったらしい。ここまでしてくれたんなら、治すぐらい簡単だろうに。
仕方ない、腹筋を使い立ち上がろうとする。その時、自分の体のおかしな点に気付いた。
あれ、俺ってこんなに毛深かったっけ?
……。
いやいや、待て待て。そんなわけがない。
深呼吸しよう。もう一度よく見直そうじゃないか。見間違いかもしれないしな。
……見間違いではなかったようです。
よく見ると全身真っ白な毛皮に覆われていた。そして、四本の足。何らかの動物であることは間違いないようだった。
しかも、思っていたより体が小さい。周りの木々が大きいだけかも知れないが、俺の大きさは地面に落ちている細い木の枝と同じくらいだ。
どういうことだ? 俺は確かに人間だったはず。
そこでハッと気づく。
あれ? この姿だと刀握れないんじゃね?
「……どういうことだぁぁぁぁ!」
声が虚しく響き山彦となって帰ってきた。
「刀に釣られてここに来たのに刀が握れないとか。確かに詳しいことは言ってなかったけど、それにしたってもうちょっと考えろやぁぁぁ!」
一しきり叫び、喚き散らすと落ち着きを取り戻した。
喋ることは出来るようだし、動物生活なんて滅多にできない経験だからな。そう考えることにしよう。うん、そう考えないとやってけねえよ。
だが、その後も一人イジケテいると頭の中でポーンという軽い音が鳴った。
『クエスト:チュートリアル』
頭の中に直接文字が浮かび上がる。
何だ、これ?
確かもらった知識の中にこういうのがあったな。ああ、つまりこの世界での生き方を教えてくれるってことか?
『ここで生き残るための術を神様が優しく大雑把に教えてくれるぞ。後に出る指示に従おう』
あの爺さんは神様だったのか? まあ、只者ではない感じは出していたが。
『ぞ』、て気持ち悪いわ。あと、大雑把にとかホントのことだとしても言っちゃダメだろ。それにさっきの厳しい口調と違いがありすぎて寒気しか感じない。いや、無機質な音声が流れてきている以上違う誰かがやっているのか、もしくは自動で適当にやっているのかもしれないな。
『まずは、右前足を治そう。ヒントは治るイメージ。君に分かり易く言うと、想像をする事だ!』
俺のそんな疑問を無視して進む。
想像する、それがイメージか。だが、本当に治るのか、これ?
まあいい、物は試しだ。やってみるか。
治るイメージ、イメージ。どうしようか? 折れた骨が元通りに治る感じにすればいいのか? それとも、元の完全な姿をイメージすればいいのか?
良く分からないな。
どちらのイメージが正しかったかは分からないが段々と足が軽くなってきたような、違和感がなくなってきた感じだ。
便利だな、これ。
『今のがスキルです。他のスキルも同じように使うことができるので、今の感覚を覚えておいてね』
と言うことは他にもスキルがあって使うことができるんだな。重要そうだな、覚えとかないと。重要なのはイメージ、と。
『次は自分のステータスを確認してみましょう。ステータス表示と念じてみてください』
次はステータスの確認か、よし。
【ステータス表示】
名前:小次郎
種族:一尾の幼狐
位階:二位
スキル:【身体強化術/治・弱】【火属性魔法・初級】【災厄】【狐神の加護】
ふむ、弱いのか強いのか分からんが、俺の種族は幼狐とあるから、今の姿は狐か。
『さて、ステータスの説明だよ。位階は今の強さを表し、上限は十二位まで。また、この世界ではスキルと魔法が使えるぞ。だが、それを使うにはスキルは体力、魔法は魔力が必要になる。あと、どれくらい残っているか分からないって? 自分の感覚を信じよう! もちろん、体力や魔力が無くなると、スキルや魔法は使えなくなるし、他にも色々と不都合な事が起きるけど、それは自分で確かめよう』
なるほど、じゃあ、早速試してみようか、って誰が試すか!
一人ツッコミを入れるが反応なく淡々と説明は続いた。
『次はスキルで【】で表記されているものがあるかと思います。それを意識して念じてみよう。詳しい説明を見ることができるぞ』
また、ぞって付けるのかよ。もういい、放置だ。
【身体強化術/治・弱】
身体強化術の一種【早治術】を使える。身体の傷を治すことが出来る。また、弱のためすぐに疲れ、効果が低い。
お、出来た。この調子で他のやつも見てみるかな。
【火属性魔法・初級】
魔力を消費して、初級の火属性の魔法を使うことができるようになる。使用の際に呪文が必要だが、適切なものでないと発動はしない。その際、魔法に関することを強くイメージをすると威力が上がる。
【災厄】
不明。一定のレベルを超える、または、特定のクエストをクリアーすると開示される。
ん、あれ? 条件付きのものもあるんだな。初めて知った。【災厄】とか縁起悪いな。絶対に効果とかよくないだろうから、積極的に知りたいものでもないな。
【狐神の加護】
病気にかからなくなる。防御力が常に1.1倍になる。
おお、何と微妙な効果だ。まあ、あって損はないかな。
これで、ステータスに関することは終わったのか?
『無事、スキルの詳細を見ることができたみたいだね。続いて、スキルの習得方法について説明するぞ。スキルは位階が上がったり、特定の行動を行うことで新たに習得したり、より上位のものに進化することができるよ。やってみよう』
ほう、つまり【~・初級】となっているやつを【~・中級】や【~・上級】とすることが可能ってことか
まだ、チュートリアルは続く。
『引き続いて、位階が上がる事による恩恵について説明するね。モンスター、君みたいなやつを倒すと、経験値が手に入って、位階が上がる。また、鍛錬によっても上がるよ。すると、身体能力が上昇したり、さっき説明したように新たなスキルが手に入ったりと様々な恩恵があるからガンガン倒して、どんどん強くなってね』
なるほど。これだと当面の目的は狩りをしながら、食糧と経験値を溜めることになりそうだな。それに俺もモンスターか……つまりは、人じゃないってことだよな。分かってはいたけど何か来るものがあるなぁ。
『じゃあ、これが最後の説明だ。存在上昇について説明する。これは位階が上がる事の一番の恩恵で、姿が変わったりする。どの姿になるかは前の種族からの派生と普段の行動に影響されて、選択肢が増えて、その中から選んで進化できるようになる』
という事はもしかするとこの狐の姿から変われる可能性があるってことか。上手くいけば人になれるかもな。よし、早いとこ進化しないと。
『ここでチュートリアルは終了だけど、続けてクエストを受けることも出来る。受けてみる?』
どんなクエストだろう?
とりあえず、俺は目の前に浮かんでいる≪はい≫と≪いいえ≫のうち、≪はい≫を念じることで選択した。
『クエスト:刀を入手せよ
ここから西に向かい、御霊山と呼ばれる場所で刀を入手せよ』
何!? か、刀だと!? 振ることが出来ずとも見るだけでも価値があるからな、刀は!
行くしかないな。西か、太陽が沈み始めているから。あっちが西か?
しかし、その方向にはどう見ても山はない。つまり、逆方向が西なのだろう。元の世界の常識とこちらの世界の常識を混ぜるのは危険だな。
ふむ、馬鹿高い山が見えるんだが。あれを登れと。いいだろう、登ってやろうじゃないか!
そこから御霊山と思われる山へ向かった。
しかし、一つ問題があった。さっきから全く進めていないのである。
小さいせいか、歩幅が狭く、すぐに体力もなくなった。どういう事だ。
今までの情報を整理するんだ。
……!
確か位階が上がると身体能力が上がるって言ってたな。今は位階が二位だからすぐに体力がなくなる、とか?
あり得ない話ではないな。という事は先に敵を倒す必要がある。しかし、こうまでして弱いとなると、相手も選ぶ必要があるし、練習も必要か。
くっ。待ってろよ、俺の刀!
ステータスを確認してみると、暫くの間考え込んでいたので、疲労はなくなっていた。この時間経過にしては思ったよりも早く回復するようだ。
魔法の練習だな。
唱えるのか……。その言葉は一体何なんだろうか?
火属性魔法が使えるんだから、火関連だろ。
もらった知識の中に何かないかな。
お、これはヘルプだと。あるじゃないか、いいのが。
見てみると、いくつかの項目に分かれていて、俺は迷うことなく戦闘の項目を念じた。
次に魔法を選ぶ。なかなか興味深い。
使ってみるか。
【火よ】
すると、尾の先に小さな拳大の火が灯り、まっすぐ飛んで行った。しばらくすると木に当たって消えた。当たった表面が少しだけ焦げていた。
うん、これだけでは倒せる気がしない。しかも、今ので身体の中の何かがなくなったような感じがする。例えるなら、腹の中の食べた物が無くなって、体が軽くなったような感じだ。何となく気持ちも悪い。おそらく、魔力がなくなるとはこういう事なのだろう。だが、これでなくなってしまうとは燃費が悪くて使ってられない。牽制程度にしか使えないだろう。
その後、休憩がてら魔力の回復を待つ間にヘルプの他の項目を読み、いくつかヒントをもらった。これを使えば弱い相手ならば何とかなるだろう。
希望を胸に敵のいそうな場所へと向かった。
山道近くの密林。ここまで何度も休憩を入れ、目を凝らし、鼻を利かせて慎重に進んできた。ここに来るまで、草食っぽい大人しそうなモンスターがいたが、体格が違いすぎて襲うのをやめ、肉食みたいな獰猛なモンスターは雪の中に潜ってやり過ごした。
白い毛皮と降り積もった雪に助けられたな。
とまあさておき、ついにやってきたのである。目の前にいるのは俺と同じくらいの大きさの芋虫。元の世界でこんなに大きな芋虫は見たことはないが、周りにいたモンスターの大きさを見てしまうとこれが普通なのだと思ってしまう。
初戦を飾る前に大きな問題があった。それは足場の悪さである。俺と芋虫がいるのは木の枝の上だ。
他の敵に襲われにくく、弱そうなモンスターというのが芋虫だったため仕方ないのだが、完全に相手のテリトリーだ。粘着質そうな足で枝に張り付き、ちょっとやそっと揺らしたところでは落とせそうにもない。しかも、枝に上るのに時間がかかってしまったせいか、ばっちり相手に気づかれており、すでに臨戦態勢だ。
やるしかないようだな。見よ、この――。
俺がカッコつけている内に芋虫の体が急に大きくなった。否、一気に距離を詰められたのだと分かった時にはもう遅かった。
想像以上の衝撃を受け、幹に叩き付けられた。
「ガハッ。痛っ!」
幹に叩きつけられた俺の体はずるずると落ちた。運良くその下には枝があり、地面に落とされなかっただけ幸運だろう。
俺は秘策のためにあまり使う事の出来ない体力を少しだけ使い、【早治術・弱】で気休め程度に癒す。
くそ……油断した。
だが、ここで終わるつもりはない! 何てたって刀をまだ手に入れてないからな!
睨むように見ると相手のステータスが浮かびがってきた。
幻妖蝶の幼体
位階:一位
ふむ、スキルまでは見えないようだが、これは使える。位階とは強さを表すんだったよな。これなら、油断しなければ負ける事はないだろう。しかし、存在上昇していないのに、初期から二位なのは、俺の種族が優れているってことか? まあ、芋虫よりは強いという事が分かって安心した。
そこまで考えたところでゆっくりと近づいてくる芋虫。ちなみに後一撃さっきの体当たりを喰らったら、かなり厳しい状況に追い込まれるだろうという事は把握している。もしかすると、ただの体当たりではないのか?
ここは短期決戦だな。近づいてきた所を決めてやる。おそらくあの体当たりを躱すことは今の俺では出来ないだろう。
俺に有って、あの芋虫に無い物。それは魔法だろう。だからこそ唱える、あの魔法を。
「【火よ】行け!」
加速をし始めた芋虫に向かって火を放つ。
ボンッと、音を立てて直撃する。
熱さに怯んでいるみたいだ。
ここしかない。
俺は相手と同じように加速する。
成功したことに思わず口元が緩んだ。
ヘルプの戦闘の項目には体力を消費し、イメージすることで様々なことを強化できると書いてあった。
つまり、あの芋虫が使ったのも俺が今使っているのは原理は【早治術】と同じ、イメージだろう。
その結果今までの中で最高速で接近し、噛みついた。
そこでまたイメージする。今度は筋力を上げるイメージ。噛み切るイメージを強くした。
グッと牙が深く刺さる。だが、まだ敵は倒れない。逆に苦し紛れに反撃をしてきた。
「ガアァァァツ!」
首に生暖かい感触の次に奔ったのは鋭い痛み。悲鳴を上げてしまう。
くそっ、負けるかぁ!
段々と遠くなる意識。
痛みがじんわりと暖かく感じられるようになってきた。
まずい。だが、この牙だけは離さねえぞ。
そう決意した瞬間、足を踏み外した。
景色が逆転し、さらにぐるぐると回った。その間も獲物を離す事は無かった。ドンッと強い衝撃を感じ、俺は意識を手放した。
『初戦闘勝利おめでとう! あれ? 寝てるの? ま、いっか。じゃあ、今回は特別に体力を少しだけ回復してあげるよ。後は頑張ってね!』
意識を失う直前、フワフワとした暢気な声を聴いたような気がした。
名前;小次郎
種族:一尾の幼狐
位階:二位
スキル:【身体強化術/治/速/力・弱】【火属性魔法・初級】【災厄】【狐神の加護】
予想以上にアクセス数が多いので戦々恐々としているとともに、嬉しく感じております。
この場をお借りして御礼申し上げます。