参拾五巻
あれ? おかしいな今回は戦闘パートになるはずだったんだけどなぁ
終盤ですが怒涛の新キャララッシュ
次回は戦闘パートです。(三度目の正直)
警報を聞き付けた里の者たちは中心部である狩猟組合前に集まっていた。
そのあまりの多さにこの里にはこんなにも多くの妖怪が住んでいたのかと、この場に相応しくない驚きを覚えた。
混乱が極まった所で、それぞれの団体の長だけが残り後は持ち場の戻れとの号令が掛けられた。されども、なかなか引かない妖怪の波。だが、それも一人の妖怪の出現により、急速に事態が収束する。
この里の大多数が所属する大隊の団体【百鬼夜行】の長で、厳めしくも整った顔立ちの青年である隠神刑部の夜行家康とその副長を務める武士姿の男、魔王の山本五郎左衛門の二人だ。里に住む者ならばその勇名を知らぬものはいないと言われる二人が壇上に上がったのだ。そして、二人で威圧を発動し、黙らせると、部下に指示を下し、騒ぎ立てる者たちを速やかに力ずくで排除した。また、その上で規模の多い団体には班ごとに分けて長だけが後で来るようにと再度号令をかけた。
静かになった広場で、伝令からの情報が報告される。
曰く、黒い体毛に覆われた獣でまるで闇を纏っているようだったと。
曰く、敵の数は数千にも上ると。
曰く、敵は御霊山を挟み東に位置して、三つに分かれて、この里を目指しているようだと。
曰く、威力偵察を行った班がものの数分で殺され、奴らの眷属に相成ったと。
この報告を聞いてなお、家康は笑った。百鬼夜行の文字が描かれた大きな扇を天高く掲げ、吠えた。
「我ら皆闇の眷属。ならば、何を恐れる必要があろうか!
笑わせてくれる。
我らが力を力を合わせれば、斯様な敵風の前の塵に同じよ!
皆、信じろ。我らの力を、そして、各々が与えられた役割を果たすのだ」
皆の静かな闘志に火がついたのを確認し、満足そうに頷くと副長を伴い、組合の奥に引っ込んでいった。
広場は生ける伝説を目にした事で、戦意が飛躍的に向上したようだ。かく言う俺もその一人だった。家康の内に見た内包された巨大な力。【妖気】とも【神気】とも似つかぬ途轍もない力を感じた。そのような者が笑って保障してくれるのであれば、何とかなるのではないかという気がしてくる。
また、階位が六位以上の者は組合内に集まるようにとのお触れが出された。
俺たち【白尾】は全員がそれを超えているために中に入ると、すでに複数の者たちが、妖怪の流れが途切れる頃には百は優に超えていた。
「ほう、266人か。なかなかではないかな、総大将?」
「そうだな。これだけいれば、十分事足りるな」
一番奥の上座に座る家康と五郎左衛門は互いに頷き合っている。
「皆、良く集まってくれた。
敵がここへ来るのは夜になる事が予想される。後、半刻もあれば敵を殲滅する策も出よう。
それまではゆるりと待っておれ。
今から呼ぶ者のみがここに残るのだ」
そのような宣言の後、呼び出しが行われた。
俺は名前を呼ばれたため、組合のさらに奥の扉の中に入った。
その中には、俺と時宗、他に師匠の知り合いたち、つまり、淀、力、翆、次郎長も含まれていた。この場に居る半数が俺の知り合いという事になる。
さらに、地面に着きそうな位の長い髪の美女に、ちょん髷を結い鬼面を被った武士然とした男、綺麗な青い翼と青く短い髪の勝気そうな美女、大蛇を傍に侍らせている猿顔の大男、それに家康、五郎左衛門を加えた十二名が顔を合わせていた。
着席するや否や、家康が喋り出す。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。ここに会する者が手を合わせれば、どんな困難でも乗り越えられよう」
自信たっぷりにそう話す。そこにニヤニヤとした笑顔を浮かべた者が二人。
「おいおい、家康。そろそろ楽になっちまえよ!」
相も変わらず馬鹿でかい声で話すのは力だ。隣に居る淀さんがとても迷惑そうに顔をしかめている。翆はというとこの状況下でも眠たそうにしているあたり、何も変わっていないようだ。
「そうだぜぇ。そんなに胸張ってたらなぁ、鳩胸になっちまうぞ!」
そう言って、馴れ馴れしそうに肩を叩くのは翼をもつ女だ。
「お二人とも、何を言っているのですかな?
私にとってこの程度造作もない事だ」
そう言って困ったように俺に視線を向けてくる。
副長の五郎左衛門ではなく、俺とは。力との関係を知っているのだろうか。それでも、あの女の方とは初対面なんだがな……仕方ない、この戦いの総大将に恩を売っておくのも良いだろう。
「おいおい、こいつは銀の弟子だぞ?」
「おう、そうだぜぇ」
二人とも俺がしきりに師匠の弟子である事を押してくる。そのことが今回に何の関係があるのだろう? そして、なぜ、俺と師匠の関係の事をあの女は知っているのだろう?
「そ、それは……」
揺れる瞳が俺を、そして、五郎左衛門を捉える。五郎左衛門は仕方なさ下に肩を竦め、ため息をついた。
すると、それを皮切りに家康の目の端には涙が溜まりはじめ、ついに決壊した。
「ぅわああぁぁぁあああん!」
あまりに大きく甲高い泣き声に耳を抑える。まずい、目の前がくらくらしてきた。 時宗は? 同じく、目を廻し、頭を押さえている。だが、それ以外の面々はやれやれと言った様子で、二名ほどこちらを馬鹿にするように、耳を押さえていた。くそっ、分かってやがったな。
眩暈は家康が泣き止むまで続いた。
「ちっ、くらくらする」
恨みがましい視線を家康に向けると、第二陣が準備をし始めていた。
「ご、ごめんなぁざぃぃっ」
そう謝って、再び泣き出しそうになるので、手とそれ以上の大音量で遮る。
「分かった分かった。もういい、別に気にしても、怒ってもないから。
だから、泣くのは止めてくれ」
「う、うん。ありがとね、え、ええと」
家康は泣き腫らした目でこちらを見上げた。
「ああ、そうだな。俺は小次郎だ。よろしくな、家康」
言わずと知れた有名人だが、今のこの青年に対しては敬語を使わなくても良い気がしてきた。
「うん、ありがとう! 小次郎は優しいね。えへへ」
照れたように笑う姿それはまさに。
「子供みたいだな」
『あ、それは禁句』
俺と時宗と当人を除いた全員の声が重なった。
さらに、家康が泣いた後、なかなか泣き止まない為にあやす役に時宗と淀が付いた。一緒に被害を受けているのにあやす役まで……少し不憫に思う。
仕切り直す様な手を叩く音が響く。
「色々とございましたが、粛々淡々と進めていきましょうか。
進行は僭越ながら私が勤めさせて頂きます」
五郎左衛門が立ち上がり、進行役を買ってでる。異論はない、異論はないんだが、さも、ここまでは予定調和と言わんばかりの冷静さにもやもやとした気持ちを抱く。
この人が始めから止めておいてくれれば……おっと、いかん睨まれた。人のせいにしてはいけない、人のせいにしては……いけないんだよなぁ?
「見知った顔も多いですが、改めて自己紹介と行きましょうか。
主に小次郎殿たちにむけてどうぞ。
まずは村雨殿」
そう呼ばれた蛇を傍に携えた猿顔の男が立ち上がった。
「お初にお目にかかる村雨だ、シュー」
そう言って喋り出したのは蛇の方だった。
「そっち!?」
「うむ、正しくは私たちは、かな? 私は鵺と呼ばれる妖怪だ。【人化】は好かんからの、この姿のまま失礼させていただく、シュー。
このおお戦貴殿らの力が鍵となるだろう。よろしく頼むぞ、シュー」
そう言って差し出されたのは虎のように黄色と黒の毛に覆われた手だった。
外見は異様なものだが、話し方からして思った以上に常識人かもしれないな。
「小次郎殿、後で血をくれるかな。ちょっとでいいのだ、シュー」
「嫌ですよ!」
前言撤回、変人だ。
「では、次。美月殿」
村雨が座ると、その隣の美月がのっそりと言った様子で立ち上がった。
長い髪の合間から見える顔立ちは綺麗で色白だ。だが、不健康な白さだ。
「ワダジハァ、ミヅキィ、ヨロジィグゥ」
それだけ言うと勝手に座った。外見に似合わず、低く掠れた声の持ち主だった。
「美月殿は私から一言補足させていただく。美月殿は牛鬼の妖怪だ。以上。
では、碧菜殿」
本当に一言の説明に驚くが、美月はその補足を受けて得意げに袖から凶悪そうな先端が鋭く尖った蜘蛛の足現して見せた。
俺は引きつった笑みで頷く。ふふん、どうだ、そんな心の声が聞こえそうなほど満足げに胸を張ると袖に足を納めた。
椅子をはっ倒して、立ち上がるのは青い翼と髪の褐色の美女だ。この元気の良さどことなく、鈴に似ている。そして、その勢いのままに話し出した。
「俺は碧奈!よろしくな、小次郎、時宗!青鷺火っつう妖怪だ。この綺麗に青く輝くこの翼を見ろ」
その勢いに押され、翼を見る。
途端眩く発光する。
「め、目がぁっ!」
危うく失明するかと思うほどの光量だった。
そんな俺の様子にやり過ぎたと思ったのか、頬をかいて、目を逸らした。
「ま、まあ、困ったら俺をぉぅ、俺だけを頼れぇっ!」
元気は良いが今後の付き合いが不安になる紹介だった。
そして、最後の一人が五郎左衛門に促されずとも立ち上がる。
「我輩は大妖怪、平将門であーる!
得物はこの二本の刀であーる!
貴殿らの力を戦で存分に発揮してもらいたいのであーるよ!」
好青年といった様子の将門は俺たちと握手を交わすと、席に着いた。
色々と濃い妖怪たちだったが、その実力は疑いようがない。
「では、最後に私共の紹介を、知っているとは思うが、そちらのお方が夜行家康様が、百鬼夜行の長。私、山本五郎左衛門が副長を務めております。
よろしく申し上げる、小次郎殿、時宗殿」
『はい!』
俺たちは起立して二人に礼をした。
「ちなみに先に紹介した村雨殿、美月殿、将門殿は我が団員でもある」
つまりは、五人が百鬼夜行の関係者というわけか。
紹介がひと段落したところで、いよいよ本題へと入る。
「まずは、そうですね。あの銀殿の頭脳とまで言われた翠殿、何か案などございましたら、お聞かせ願いたい」
翠は皆の視線を集めながらも、いつも通りの眠たそうな声で話し始めた。
「私の基本的な案は一つ。里の戦闘員を三つに分けて、各個撃破ですね。
あー分かってますから、口を挟まないでくださいね」
各個撃破と聞き、険しい顔をした将門を抑える。
「数はあちらに分があります。ですが、地の利はこちらにある。
そして、あちらが通るであろう箇所は三つ。しかも、山道であるが故に、あちらはその数を活かすことが出来ない。
また、我々は非戦闘員のいる里に敵の侵入を許すことは出来ない。
ならば、南、北、中央の山道に人員を配置するのは最低条件となるね」
そこで一旦言葉を切り、机の上においてある水を飲みほした。
「戦闘員はさっき集まった266人だね。六位以下の者たちははっきり言って足手まといだからね。五位以下の者たちには里の警備、及びもしもの際の誘導だね。
そして、僕たちは三つに分かれよう」
そして、机に広がる御霊山の地図を指さした。そこは南の山道だ。
「ここは最も山道の幅が広く、激戦となる事が予想できる。ここには家康と五郎左衛門、将門の三名」
次に指したのは北の山道。
「逆にここは最も狭い、だから守り易い。ここには村雨、美月、藍菜の三名」
最後に指差したのが中央の山道。
「後の残りはここだね。南と北から挟まれる危険性もあるし、危険度はここが一番高いかな」
俺たちは中央か。
そして、翆の指が上へと動く。
「だから、もしもの事も考えて少数で行く。その他戦闘員の内、連れて行くのは16人。南に150人、北に100人と言う配置で行こうと思う」
「まあ、悪くはないと思うのだが、翆殿たちの所が少なすぎるのではないかな?」
そんなもっともな疑問が五郎左衛門から挙げられる。
「だからこそのこの人員ってのもあるし」
不敵な笑みを翆は浮かべた。
「ここにはあの方がいる」
俺は体が震えた。これは武者震いなのだと確信する。俺は知っているのここに誰がいるのかを。
「御霊山はあの方の縄張りだ。きっと協力してくれる。それに鉄様もいらっしゃるだろうしね」
見渡せば力と淀、次郎長も笑みを浮かべていた。
「久々に再結集ってか?」
「ふふ、楽しみね。また、あの人の隣で戦えるのね」
「今度こそ旦那の力になる」
俺自身、やっと師匠と肩を並べて戦えることに歓喜していた。
「銀か、あ奴がおるのならば、何とかなるかもしれぬ」
いつになく親しげな五郎左衛門の呟きに皆が頷いていた。
「では、この案で行こう。
皆も異論はないな?」
「あ、ちょっと待って」
皆は頷いていたが、提唱者本人が異を唱えた。
「小次郎たちの班は最初の戦闘を行った後は遊撃隊として、色々と飛び回ってもらうね」
「えー、俺も最後まで……」
「ダメ」
「どうしてもか?」
「どうしても」
俺は不承不承と言った感じで頷いた。
「さて、では細事を詰めていこうか」
その五郎左衛門の号令に従い、さらに議論は白熱していく。
そして、きっかり半刻後には皆へと伝達され、来る開戦に向け、慌ただしく時は過ぎていった。




