参拾巻
氷鬼山の主、夜叉との出会い。
それは修行(地獄)の始まり。
「知らない床だ」
なぜ、ここに居るのだろう?
家具も窓すらも無いただ広いだけの部屋。閉塞感を感じずにいれるのは、床が水晶で出来ているためか。
やっと思い出した。
確か、俺は鈴たちと別れた後、晶鬼の源太に連れられて、夜叉の祝羅と顔合わせをして、そのすぐ後に重い一撃を喰らって気を失っていたんだ。
そうすると、誰かにここまで運び込まれたことになる。
外に出る事は可能だろうか?
よし、扉は開くな。
外に出るとここに来た時と変わらない活気に満ち溢れている。
よそ者の俺が出歩いていても、気にも留めないのは懐が広いのか、油断か?
とは言え、ここにいる者たちは子供でさえ、位階四位の存在である。そして、俺と同じ七位なんてはそこら中にごろごろいる。これでは抵抗する気すら起きない。
「あの里ではそこそこ強かった自負があったんだけどな……」
「そんな事はないよ。君は色々と考えられるみたいだし、戦い方次第ではいい勝負できると思うよ」
独り言に思わぬところから答えが返ってきた。
こいつまた出会った時となんら変わらない。晶鬼の源太だ。こいつの位階は、もちろん見えない。格上だ。
「お前に言われても嫌味にしか聞こえないよ」
「ははは、そうだろうね」
分かってて言ってるのかよ、性格が悪い。
「さて、起きたみたいだね。また、族長がお呼びだ。すぐに行ってくれるかい?」
祝羅からの呼び出し、拒否するという選択肢は最初から用意されてないのだ。
「はいはい、行くよ」
前回、こっぴどくやられたせいか気が進まない。
陰鬱な気持ちに浸っている間にとうとう着いてしまった。
「ん? 何かが前と違う?」
入ってみるとその違和感に気づいた。
温度だ。前に来た時は熱気が凄かったが、今はちょうど良いくらいだ。
前には相変わらず元気そうな祝羅と見慣れない顔ぶれが並んでいた。
「おお! 来たか。何か元気がないようだが、まあ良い。
銀の弟子であるお前に、我が家族を紹介してやろうと思ってな。では、順番に」
ここに並んでいるのは祝羅の家族だったか。道理で顔つきがどことなく似ているなと思った。
「まず、この世で最も美しく賢い我が妻の――」
「羅刹ですわ。よろしくね、可愛い子狐ちゃん」
気付いた時には俺の目の前で顎を摩られていた。
祝羅とは対比するように黒い肌に青い肌。そして、豊満な肉体を隠そうともせず、煌びやかな着物を着崩している。山羊のような卷角が無ければ、花魁と言っても良いと思えるほどの妖艶さ。
そして、触れられて分かる。羅刹はとても冷たい。寧々なんか比じゃないくらいの冷気を放っている。だから、この部屋の温度が中和されているわけか。
俺の頭を一撫ですると、祝羅の横へと戻っていった。
羅刹に他己紹介を邪魔され、少ししょ気ていたが気を取り直した祝羅が子供たちの紹介をする。
それにしても数が多い。数えてみると八人いた。十人家族か、子だくさんだな。
紹介が終わると子供たちは外へと出て行った。
「では、本題に入ろうか。今回、我が直々にお前を鍛える事となったわけだが」
「待て待て、聞いてないし結構です!」
あの時と同じような扱いをされてはそのうち本当に死んでしまう。
「そんなに喜ぶな」
「喜んでないし、やめ――」
俺の言葉を無視して死の宣告は進む。
「しかし、それでは甘いのではないかと思ってな。下手な事をしてしまっては銀に申し訳が立たんしな。そういう事で羅刹にも手伝ってもらう事にした。嬉しいだろう?」
隣に立つ羅刹は舌なめずりをして自分の体を抱きしめていた。
俺は身の危険を感じたが、泣いて喜ぶ事とした。
その日からは次の日の朝日を浴びる事と食事が出来る事に感謝した。
それほどまでに辛く厳しい修行だった。
組手・死闘はもちろんの事、耐性系スキルが付くようにとただ只管攻撃を受け続ける事もあった。
祝羅の修業は直接的で体力的に辛い。羅刹の修業は修行にプラスして何かを行わされるため、精神的にも辛かった。
例えば、【耐性:水属性】を得た時の話。
「小次郎ちゃん、今日はお掃除をするわよ」
この話をされた時、今日は修行なしかと内心喜んだものだがそんな事はなかった。
「うちの祝ちゃん、いるでしょ? あの人おかげでうちの掃除はちょっとだけ特殊なのよね」
確かに変わっていた。
羅刹の表情が真剣なものへと変わり、膨大な魔力が高まるのを感じる。何事かと、驚いたが、その意図が分かると納得した。
祝羅も羅刹も【夜叉】という種族ではあるのだが、適性のある属性が異なる。
祝羅の適正は火属性、羅刹は水属性。互いに相反する力を持つわけだ。
そして、祝羅は族長である事からその有する力はとてつもない。
この極寒の氷鬼山にあっても、定期的に冷やさなければ晶鬼洞全体が熱されてしまうほどだ。そこで役立つのがここでトップクラスの力を有する羅刹の出番というわけだ。
羅刹の力で一気に冷却していく。普段祝羅が使う部屋は念入りに。その近くで俺は掃除を手伝わされたが、とても寒い。
毛が凍り、歯がガチガチと音を鳴らす。だが、火属性魔法で暖を取る事は許されない。ひたすら耐える。だが、じっとしているだけでは怒られてしまう。
魔法を行使して、いつもの艶美さが無ないため、冷淡に見える。
実際、外見だけでなく、力を行使している状態のは容赦がない。その力をこちらに向けてはなってくるのだ。
生き残るためには、熱を外に放出せずに温まらなければならなかった。これを何度も繰り返していく中で狐陽で俺をだけを覆うという対策を思いつき、更に【耐性:水属性】を手に入れたのであった。ちなみに【耐性:火属性】手に入れているが、そっちは祝羅と一緒にいるだけで、手に入った。こんなに簡単に手に入れられるのならば、ここに居る鬼たちは皆このスキルを持っているのだろうと予想できた。
また、ただ修行するだけでは何も生み出さないので、晶鬼族の狩りに連れてかれた。一緒に行った相手はお馴染みの源太とその源太率いる偵察班の面々。
数少ない休みのような日だ。
偵察班とは何か異常が起きた時に真っ先に向かう事が義務付けられている班である。それゆえに索敵能力だったり、敵地でも単独で生き残れるような強者が多く所属している。
そんな強者が周りにいるのだ、狩りと言っても呆気なく終わるかもだろうと最初はそう高をくくっていた。だが、実情はそんな易しいものではなかった。
獲物は熊、猪、山猫、山羊、鹿と言うようなお馴染みの動物たち。しかし、最低でも元の世界の動物より二回りは大きな身体に、その種族固有の能力が合わさり、大人しく臆病な動物でさえもこの世界では油断ならない。
中でも難敵だったのは【炎皮山羊】と呼ばれる身の危険が迫ると体毛が赤く変色し、高温を発する山羊だ。他に大きな二本の角にも注意が必要で、角での攻撃を受けると見えないものが見えたり、逆にそこにいるものを見なかったりと幻覚症状を引き起こす。
そして、今日の狩りの獲物は今までの獲物とは雰囲気が違った。
山羊の顔に赤い体毛に覆われた逞しい身体、何より二本の足でしっかりと立っていた。その背には蝙蝠の様な黒く大きな翼、太い二本の腕には何か別の生き物の骨が握られていた。
「おい、あれは何だ?」
俺がその場にいた者を代表して問う。
「あれは変異種だ、いや、【堕ちし者】かな。あの姿を見るに蝙蝠を喰らったか」
源太がいつもの笑みを引きつらせている。だが、焦りはあっても、そこに怯えはなかった。
「権蔵は私以外のものを率いて周りの【炎皮山羊】を狩ってくれ、決して邪魔をさせるな!」
「はっ! して、源太殿は如何に?」
源太は重々しく頷いた。
「私は小次郎と協力して、あれを討つ」
いきなりの指名に驚きはしたものの納得できた。この場で源太の次に実力を有するのは俺だからだと言いたいが、微妙なところだろう。実際は、他の面々に連携させ、二人で別々に個人的に戦った方が良いからだ。
源太の号令に合わせて、周囲の雪が舞う。他の班員が次々と取り巻きの山羊たちを蹴散らしていく。
俺は源太とは逆方向から攻撃を仕掛けるという連携と言うにはあまりに拙い共闘態勢を敷いていた。
【墜ちし者】あえて名付けるのならば、【黒翼炎魔】と言ったところか。その攻撃は悪魔の名に相応しく苛烈を極めた。
奴の周りの雪は融け、深い霧に包まれる。
瞬間、突風。霧を貫くかのように飛翔し、源太と分断される。
こうなってしまうと連携など取れるはずもない。各々が手当たり次第に攻撃しているだけだ。確かに、これなら多数で戦っていたならさらに被害が出ていただろう。
遠距離からの攻撃では見方に充てる危険があり、何より敵を捉えられそうもない。ならば、
「【鬼陽】、グルラァァァツ!」
咆哮、そして、青白い炎を纏う。このスキルの効果は身体能力を劇的に向上させる。
「――ッ!」
【黒翼炎魔】が空中で足を止めた。
そうこのスキルのもう一つの効果【威圧】のさらに何倍もの圧力を相対する敵に与える。
その隙をついて、尾を伸ばす。そして、地面に叩き付けた。
畳み込むように一気に仕掛ける。今敵の目には実際よりも何倍の大きさの狐が迫っているように見えているはずだ。そのおかげか敵の防御は薄い。
そこへ炎を纏わせた爪をたたき込む。
「グアァァッ!」
身を焼かれる鋭い痛みにより、ようやく正気を取り戻し反撃を仕掛けてくるが、もう一人の存在を忘れていることは明らかだ。
――ドンッ!
拳に氷を纏わせ、巨大な質量を伴ったものが振り下ろされた。
「チッ!」
自分の悪寒に従い、後ろへ跳ぶとその場から炎柱が立ち昇った。
その中に怒りを全身で表す悪魔が立っている。
先程とは段違いの力を感じ、冷や汗が噴き出る。だが、心は躍った。
「さて、止めと行こうか」
いつの間にか俺の隣に立っていた源太の言葉に口元を弛ませる。
言われるまでもないっ!
その日、その場に生えていた木々はなぎ倒され、地面は割れ、温泉が湧いた。
名前:小次郎
種族:六尾の妖狐
位階:七位
スキル:【魅惑の瞳】【魅了・強】【鋼毛】【迷彩】【操尾術自動化】【見切り】【身体強化術/早/速/力/硬/神】【咆哮・衝】【状態異常耐性】【付与術】【スキル合成】【三連突】【狐陽】【陽炎】【鬼陽】【伸縮術】【火属性魔法強化】【火属性魔法・上級】【耐性:火/水】【成長促進】【災厄】【長寿】【狐神の寵愛】【??へと至る道】
【鬼陽】魔力と体力を多量に消費するが、莫大な力を得る。その身体、牙や爪に炎を纏う。攻防一体の技。
【火耐性】火属性の攻撃に強くなる。また、熱さにも強くなる。
【水耐性】水属性の攻撃に強くなる。また、寒さにも強くなる。




