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誘われし狐  作者: こう茶
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弐拾八巻

強靭な糸を身に纏い、それを鎧とし身を守る角晶蜘蛛との戦いを凌いたのもつかの間、蜘蛛の群れに囲まれつつあることを知る。

小次郎たちは頂上に向かって逃げた。

途中、休憩場所として選んだ洞窟の中から得体のしれない気配を察知した小次郎はそれに向かって吠えたのであった。

 嫌な感じだ。喉は乾き、首元には大量の汗が噴き出している。

 それにも関わらず耳、鼻、目のどこからも敵を捉える事は出来ない。

 魔力、体力ともに全快時には程遠く、特に魔力は残り3分の1程度しか残っていない。

 万事休すか。


「それでも諦めるわけにはいかない。やってみないと分からないだろうしな」


 自分に言い聞かせるように呟き、その時を待った。

 今出来るのは一秒でも長く回復に努める事だ。


 それからどれくらいの時が過ぎたのだろう?

 ほんのちょっとの時間しか流れていないのかもしれないし、そうでないかもしれない。だが、その時間のおかげで万全とは決して言えないが、戦意だけは持ち直すことは出来た。

 恐れはない、ただ守るのだ。大切な仲間を。


 やがて見えてくる敵の全貌。

 鬼だ。ただ俺が見てきたどの鬼よりも美しい。

 身体は水晶で覆われたかのように透き通り、わずかな光を反射して輝いている。その長い髪、瞳は黒く、この薄暗い中だと分かりづらい。だが、距離が近くになるにつれ、その長い髪は雨に降られ濡れたかのように黒く、そして艶やかであることに気づく。そして、鬼の象徴ともいえる角は額から2本、とぐろを巻きながら深緑の木が天を突いているように見えた。

 体つき、服装からして、男だろう。それにしてもずいぶんと開放的な着物の着方をしている。袴はちゃんとはいているのに、上は腰に巻きつけているだけだ。着ないのならば、巻きつけている必要はないとは思う。

 はっ、ついつい見惚れていたようだ。敵との距離はあと僅か二丈程。

 敵は八尺を越えている。お互いに前に出れば瞬時に詰まる距離だ。


「ガアアァァァツ!」


 けん制の意味を込めて一吠え。

 すると、鬼は歩みを止め左腕を振り上げた。

 何かするつもりだろうか? そうはさせない。


 【狐陽】を纏わせた尾を伸ばして隙のある胴を狙う。

 だが、鬼は身体をひねるだけで躱し、尾を掴んだ。

 その瞬間【狐陽】が敵を焼き尽くそうと、触れている腕から燃え移ろうするが、手首から先にはどうしても進まない。

 疑問に思っていると洞窟内に爆音が響きわったった。


「ラアアアアァァツ!」


 鬼は顔をしかめると自分に引き寄せるように思いきり尾を引っ張る。

 片腕で俺のような巨体をグイグイと引き寄せる光景に俺は思わず目を疑った。


「嘘だろ……?」


 内で一番力がある劉石でさえ両手を使わなければ俺を引き寄せる事など出来ないというのに、こいつはそれをいとも簡単に……!

 力勝負を早々に諦めると、その力を利用して一気に距離を詰めた。

 もちろん、残りの五本の尾には【狐陽】を纏わせ、硬化させている。

 さて、どう避ける?


 ズン! 重低音を響かせ勢いが殺された。次に感じたのは途轍もない衝撃。

 不可視の壁に阻まれているかのように、尾は敵の身体に傷一つさえ付けることが出来ない。


 地面に叩き付けられて目が覚めた。一瞬、気を失っていたようだ。

 今の状況は圧倒的に不利。辛うじて片腕を【狐陽】が封じているおかげで、連続して攻撃を受ける事はないがそう何度も喰らってはいられない攻撃力だ。


「グッ」


 今の状況から脱しようともがくが、敵の腕はビクともしない。

 そして、鬼の顔がこちらへと近づいてきた。


「クッ」


 まだ諦められるかよっ!

 

 全身を使って暴れる。こうなったら形振り構わない。【狐陽】に魔力と精神力だけでなく体力もつぎ込み、一気に燃やし尽くす。俺自身はこの炎で燃える事はないのだ。


 敵の動きが止まる。僅かに焦りが見て取れた。

 あともう少しだ。


 だが、何事か鬼が囁いた。


「私は君の敵ではない」


 耳を疑った。きっと嘘だ。さらに燃えろ、俺の命を糧にして。


「本当だ。信じてくれ。私は君たちの味方だ」


 そう言って鬼は力を緩めた。信用してもいいのだろうか?

 即座に距離を取ると、対話に応じた。


「私は外が騒がしいから、静かにしてこいと族長に頼まれてね。ここに来た次第なんだが、君たちは?」


「俺たちは外に見えるだろ? 角晶蜘蛛から逃げてここへ来たところだ」


「なるほど。では、利害は一致するわけだ」


「あ、どういう意味だ?」


「君たちは蜘蛛の脅威から逃げたい。私はこの洞窟の平穏を取り戻したい。こういうことだろう?」


「つまり、力を合わせて戦うってことか? 信じられると思うか?」


 そう言うと鬼は黙り込んだ。角をさすりながら、考えている。


「そうだな、なら言葉を変えようか。私は外の蜘蛛を倒す。君は私がおかしな真似をしないように見張っているということでどうかな?」


 それなら、のんでも良いかもしれない。こっちの戦力は大分疲弊している。それに蜘蛛さえいなくなれば、いつでも逃げられる。


「いいだろう。だが、ちょっとでも仲間に手を出してみろ。すぐさま殺す」


 牙を剥き出しにして告げる。

 対する鬼は動じている様子はない。


「おお、怖いね。じゃあ、よろしく頼むよ」


 平然とした顔でよくもいけしゃあしゃあと言えるもんだ。

 あいつに近づかせないように皆を下がらせた。


 最後にちらりとこちらを確認した鬼は満足そうに頷くと吠えた。


 それは空気を裂き、地面を揺らしたような気さえした。

 さっき戦った時もすごかったが、それ以上の迫力が感じられる。背中越しだというのに、気圧されるとは情けない。


 そこからは一方的な蹂躙が始まった。

 青く輝く鬼は雪に手を突っ込むと魔法で凍らせて、氷の槍を作り出した。

 そして、その透明な槍は敵の血を浴びることでその姿を晒し出す。

 木々が吹き飛び、降り積もった雪は再び舞う。舞った雪は空中で氷は鋭利な投擲物へと変わり、周りの生物へと刃を向けた。

 その氷はまるで意志があるかのように自由自在に飛び回り、蜘蛛へと殺到した。

 一度の攻撃では蜘蛛の氷の鎧は貫けない。一度でダメなら、二度、三度と繰り返す。寸分たがわず同じ部位に的中していった。

 鎚で釘を打ち付けつるように一発一発着実に氷はその刃を深みへと突き刺さった。

 途切れる事のない刃の雨で動けなくなった蜘蛛は敢え無く鬼の槍の餌食となった。

 そして、蜘蛛の数が残り3頭となった時、勝ち目がないと悟ったのか、背を向けて逃げ出した。

 だが、それを逃がすほど鬼は甘くもなく、仕留められるだけの実力が無いわけでもなかった。


 1頭目は逃げ道を氷の壁で塞がれて拳で潰された。2頭目は残りの氷の刃を全て向けられて剣山で串刺しになったかのように殺された。3頭目は今回の戦闘6本目の槍で背中から貫けれ、息絶えた。




 自然と口が開き、唖然としていた。

 1頭として逃がすことなく、それでいて目立つ傷を負ったわけでもなく、戦闘は終了した。

 戦い方も氷の刃で遠距離から攻撃し、敵が近づいてきたら槍で迎え撃つ。単純明快でありながら、自らの特性と地形を活かした巧い戦法だった。

 だからこその完勝。

 

 正直、俺たち全員で束になっても勝てない相手だと分かった。どうする?


「まだ、信用してもらえてないみたいだね?」

「当たり前だ。なぜ、俺たちを助けた?」


 そう言うと可笑しそうに哂った。


「私は君たちを助けた覚えはないよ? 私は外が騒がしかったから、静かにさせに来ただけ。もし、君たちがここら辺を荒らすようなら、今から敵だよ」


 その瞬間全身に震えが奔った。俺たち全員が思わず各々の武器を抜いてしまうほどの脅威、危険だとみなしてしまう。

 だが、その緊張状態を崩したのも目の前の鬼だった。


「とは言え、その気はないようだし、ここで少し休むくらいならば構わないよ。私たちはそこまで狭量ではないからね。ゆっくりしていくと良い」


 だが、一度戦闘態勢に入ってしまったため、はい、そうですかと元通りになるわけではない。


「その保証は?」

「無いよ。しいて言うなら、君には興味がある。出来れば付いて来てほしいかな。族長に会わせたいんだ」


 鬼は俺を指さしてそう告げた。心臓が飛び出すほどドキリとしたが、これに従えばみんなが助かるのかもしれないと思った。


「いいだろう。どこへでも連れて行くと良い。ただ少しだけ時間をくれ」


 鬼は苦笑すると頷いて、俺たちから離れた岩に座った。


 とりあえず、これだけ距離があれば皆と話す余裕がある。


「皆、よく聞いてくれ。俺はあいつに付いて行く。みんなは逃げておいてくれ」

「嫌だ!」


 案の定、即座に反対したのは鈴だった。

 自分の気持ちに素直でとても可愛らしい。だけど、


「頼む、言う事を聞いてくれ。俺に守らせてくれ」


 皆、苦々しそうな顔をしながら、黙った。

 最後に皆の姿を目に焼き付けようと一人ずつ眺めた。


 劉石、付き合いは短いながらその身を挺して皆を守ってくれた。


 寧々、いつも愛想のない奴だったが、最後まで憎めない奴だった。なんだかんだ言っても時宗以外の皆も決して見捨てないところがそう思わせたんだろうな。


 時宗、目があった。お前なら分かってくれるだろう? 鈴を、皆を守る為にはこれしかないんだ。なあ、お前だったら寧々を守るだろ? 俺に守りたいん奴がいるんだよ。口には決して出さないが、お前ならきっとわかってくれる。だから、頼んだ。


 鈴、思えば長い付き合いだった。師匠に連れられて、里に来た時からの友達。そして、不貞腐れている時にも手を貸して立ち上がらせてくれた。進化してからはグッと女性らしくなった。もうただの化け猫だなんて思えないな。振り返ればお前がいた。笑って、怒って、悲しんで、と目まぐるしく変わる表情は俺を飽きさせる事はなかった。そんな素直なお前だから守りたいんだ。生きていてほしい。


「じゃあ、またな」


 俺は生きたい。もっとこの先を見てみたい。お別れじゃなくて、再開を誓うよ。


 その後、すぐに鬼の後に続いて洞窟の闇へ溶け込んだ。


一ヶ月以内での更新できなくて申し訳ありません。

相変わらず鈍間な更新ですがよろしくお願いいたします。

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