弐拾五巻
一夜明けて俺たちが泊っている宿『河童と愉快な仲間たち』の従業員たちは慌ただしく動いていた。
原因は目の前で鈴と激しい戦いを繰り広げるのは白い面をかぶった天狗、劉石だ。呆れて止める気にもなれん。
無視して朝食を取る事にしよう。
「負けるか!」
「鈴も負けてられないにゃ!」
鈴と劉石は火花を散らして、にらみ合い。目の前のものに喰らい付いた。
『おかわり!』
宿の中は異様な熱気に包まれていた。
「全く、朝から何やってるんだよ……」
里では見かけない天狗を見た時の宿の人たちは最初はおっかなびっくりで遠巻きから見ていたが、鈴とくだらない事で争う姿を見て親近感を感じ始めているようだ。
劉石は昨日暴れて傷が開いていたが、朝には塞がり、無事退院していた。
その際、治療費と迷惑料を俺たちが肩代わりしたため、返済するまでは働く事を約束し、その間は俺たちと行動することになった。
そして、これから依頼を受けに行くわけだが、その前に腹ごしらえという事で朝食を食べているわけだが、ご覧の有様だ。
その食べっぷりは、「良く食べるな。見てて気持ちいいぜ!」というものではなく、「まだ食べるのか? 見てて気持ち悪くなるな」と思ってしまう。
その姿に触発された鈴が争うように食べ始め、今に至るというわけだ。
とはいえ、食事量で言えば俺も体が大きくなったので相当な量を食べているわけだが、こいつらの争いはそれを超える。
だが、そろそろ終わりにしないとな。こんなくだらない事に休む間もなく働いている人たちが可哀そうだ。
「いい加減にしろっ」
尻尾を使って二人の頭に拳骨を落とした。
「いったぁいっ!」
「痛っ!」
頭を抱えて蹲る二人。
それをしり目に説教を始めた。
「お前ら、食べ物で遊ぶなっ! それに休まずに働いている店員さんに申し訳ないだろうがっ!」
「ごめんなさい」
「すまぬ」
目に見えてシュンとする二人の姿を見て、俺の頭の血も下がってきた。
「全く……次やったら承知しないぞ。残ってるやつは全部食べろよ。食べ終わったら、組合に行くぞ」
そこからは黙々と食べ進めた。途中、二人の手が止まったので、仕方なく代わりに平らげた。
世話のかかる奴らだ。
準備が終わると、組合に向かった。
すぐに劉石の組合への登録と、班への加入申請を行った。
そして、依頼を受ける。選んだのは討伐依頼。なじみ深い白鬼猿を10頭倒せというものだ。
本来なら鈴は一緒に受けることは出来ないが、こっそり付いて来てもらって一緒に狩るつもりだ。
そこから何事もなく御霊山に到着したわけだが、いくら探しても白鬼猿が見つからない。
「いなのかな?」
「仕方ないと思うよ。だって、小次郎も劉石も力が強いから分かっちゃうんだよ。勝てない、って」
なるほど。本能的に逃げてしまうというわけか。
「どうするかな」
「一つ方法があるが試してみるか?」
上から劉石の声がした。そういえば劉石は木の上から探してもらっているんだった。
「おう、やってみてくれ」
鷹揚に頷くと、魔力の解放とともに呪文を唱え始めた。
「【大地よ、我に命の在処へと導け】捉えたぞ。案内しよう」
そう言って木の上を走っていくので慌てて鈴を背に乗せて走る。
凍った木の森から、武骨な岩の洞窟へと見える物が変わる頃、足を止めた。
「この奥だ。気を付けろ、我々が来ていることは気づかれている。数は50を超えている」
「じゃあ、鈴が偵察してくるね」
「ああ、気を付けろよ」
元気よく頷く鈴を見送り、帰ってくるのを待った。
打ち合わせで大体の段取りは決まっている。
鈴が先行して、索敵、状況の把握兼囮だ。外に出てきた所を俺たちが叩く。
ポチャん、ポチャんと洞窟の氷柱から水滴が落ちるのが三十を超えたあたりで、ドドドドド、という地鳴りが聞こえてきた。
「来るぞ、構えろ!」
劉石に指示を飛ばしながら、俺も魔力を練り上げ呪文を唱え始めた。そして、鈴が洞窟から出てきたのを確認して魔法を放つ。
「【陽よ、罪深き者を断罪せよ】」
出てきた大きな白い影に、視界を白く染め上げるほどの輝きを持つ、大きな陽の玉をぶつけた。
ゴウッと着弾すると、炎は十字に広がった。
慌てて洞窟の脇に居た鈴を拾い上げる。
ジュワッと油が燃える音と、周りの氷が解けて水蒸気で周りが見えなくなった。
「鈴、大丈夫だったか?」
「危うく焼き殺されるところだったにゃ!」
「悪い悪い」
これは俺の確認不足だ。使った事のない上級魔法だったから使ってみたら、こんな風になるとは思わなかった。
「やはり、火属性魔法は派手だな。見ろ、小次郎殿。主を怒らせてしまったようだ」
どろどろに溶けて塞がった洞窟の穴が無理やりこじ開けられるのを見て、俺は乾いた笑いを発した。
現れたのは白鬼猿よりも二回りほど大きく身体は燃えるような赤い体毛に覆われた大きな猿だった。
「貴様ら許さん。許さんぞぉぉぉっ!」
はっきりとした声だった。喋れるという時点でかなりの力と知力を持つ事がうかがえた。
そして、その咆哮は俺たちを威圧するだけでなく、焼け爛れ虫の息だった白鬼猿たちを癒した。
見る見るうちに健康体に戻った白鬼猿は赤い猿の周りで俺たちを威嚇していた。
「数は32か。思ったより削れていなくて多いな。仕方ない。俺と鈴で周りの白鬼猿をやる。劉石はあの赤い猿、紅蓮大猿を抑えていてくれ」
「了解した。だが、早く周りの猿を倒せねば我一人であの主を倒してしまうぞ?」
そう言ってニヤリと笑う劉石の姿はとても頼もしく感じた。この分なら任せても大丈夫だろ。
鈴も劉石の言葉にベーッと舌を出して、しかめっ面をして、気負ってはいないようだ。
ここからが本番だ。
まずは相手の情報を収集する。
白鬼猿は五、六位とかなり強い個体が集まっている。たが、それでも俺の方が上回っている。勝てないわけではない。鈴も無茶をせず、撹乱に専念すれば大丈夫だろう。こいつらは防御力、攻撃力が高いが素早さなら鈴の方が上だ。それに俺には敵を惑わす【狐陽】がある。補助しながら、同時に燃やせば楽に倒せるだろう。
とまあ、そういう風に思った時期が俺にもありました。
相手は分析をしているうちに先に魔法攻撃をしかけてきた。
「【根よ、捕縛せよ】【水よ、大地に恵みをもたらせ】」
前が見えなくなる位の雨が降り出し、すぐに足元で何かが動いているのを感じた。
すぐさま、跳んでその場から離れる。
【即神術】で、視覚を強化し、やっとの思いで視認したのは木の根っこが暴れ回り、鈴を地面に叩き付け、劉石を地面に縛りつけているところだった。
躱す事が出来たのは俺だけだったようだ。
目くらましからの捕縛か。いい戦術だ。
だが、普通の白鬼猿も目が見えなくて動かないのに対し、紅蓮大猿だけがまっすぐこちらに向かってきた。
術者には効果がないのだろうか?
いや、そんなはずはない。
俺も火属性魔法を近くで使えば熱いと感じるし、紅蓮大猿だって雨で体毛が張り付いている。
ならばなぜ、見えているかの如く走る事が出来るのか?
俺のように身体強化術を使っているのか?
はたまた、別の方法を使っているのか?
何はともあれ、劉石は力ずくで拘束を解き、雨音で呪文を聞く事はできないが魔法を使った後は問題なく動けているようだ。
だが、鈴は違う。
とてつもない力で叩き付けられたせいで、ぐったりとして動かない。
未だうねうねと根っこが動く場所に近づくのは危険だが、守るためだ。仕方ない。
庇うために前に出た。
紅蓮大猿のステータスは、
紅蓮大猿
という具合で位階をみる事が出来ず、単純は能力値は俺を凌駕しているだろう。
そして、あの魔力。魔法攻撃を多用すると見ていい。さらには使い方も的確で必要最低限の魔力で一定の効果を上げている。
強い。
素直にそう思った。
だが、勝てないとは思わない。
鈴は位階が上がり、劉石の位階七位とかなりの実力を有している。ならば、3対1に追い込み、上手く立ち回れば勝てる。考えろ。状況を打破するんだ。
迫りくる大きな拳に合わせて、【二連突き】を発動させ迎い討った。
連続で発動させようと準備をしていたのだが、強い衝撃に俺の身体は吹き飛ばされた。
「ケホッ。スキルか? 魔法か?」
だが、どちらでも良い。何らかの技で俺を吹き飛ばし、スキルをキャンセルさせられ、少なくないダメージを負った。悠長に構えている余裕はない。
劉石が俺を吹き飛ばした時の隙をついて、殴りかかったが拳を合わせた瞬間に、見えない何かに吹き飛ばされた。
だが、劉石もただでは倒れなかった。吹き飛ばされながらも、鈴に手を伸ばして、抱きかかえた。地面に受け身も取れずに叩き付けられているが、その身体を張った救出によって、魔法攻撃が出来るようになった。
一番威力がありそうな魔法を選び発動させる。
「【陽よ、彼の者を滅ぼせ】」
俺の魔力が高まったのを感じ取ったのか、雨が一層の激しさを増した。それにも負けず魔法は発動した。
これもまた初めて使う魔法なので、詳細を把握していないが、対象の周囲を炎で囲み、燃やし尽くす術のようだ。だが、今の状況はこの魔法には不利だった。雨により、火の回りが遅くなり、その間にいとも簡単に避けられてしまった。
「この状況じゃ、俺の魔法はダメだな。どうする?」
睨み合っているといつの間にか劉石が隣に立っていた。
「小次郎殿、どうする? 作戦はあるのか?」
「いや、思いつかないな。この状況じゃあ、俺の魔法はダメだ。スキルに使えそうなのがあるにはあるが、少しの間、敵の目を誤魔化すくらい。後は肉弾戦しかない」
「ふむ、分かった。ならば、俺から一つ忠告しておこう。奴に正面からぶつかるのは危険だ。相手は【衝波】のスキルを使える。それもかなりの威力がある。当初の作戦通り、我一人が奴を抑える。それよりも小次郎殿は取り巻きを頼む」
「分かった。無理はするなよ。予想よりも強い相手のようだからな」
そう言って今度こそ俺は白鬼猿を倒しに向かった。
「【二連突き】くそ、なかなか減らないな」
別れて白鬼猿の倒しに向かったは良いものの数を15頭程減らしたところで、膠着状態に陥った。
というのも、紅蓮大猿の手腕が際立った。
白鬼猿たちが危険に晒されれば、最初の咆哮を使い、傷を癒し、時には劉石を無視して、俺の方に襲い掛かってきた。その度に、傷つき、いなすのが大変だったが、魔法を至近距離で放つ事で引き剥がした。
だが、その間に鈴が目を覚まし、加勢してくれたおかげで戦況は少しは良い方に傾きつつある……はずだ。
「小次郎、ちょっと」
そう言って鈴が耳打ちをしてくる。
「なるほど。状況を変えるには良い手かもな。よし、それでいこう!」
鈴と頷き合う。
まず、鈴が足に力を込めて全速力で敵に向かって行った。
鈴は雪を巻き上げながら進む。敵の目の前で急停止し、わざと大量の雪を相手にぶつけ、目暗ましに使う。その隙に雪の中に突っ込み刀を突き刺した。
血を吹き出しながら仰向けに倒れる白鬼猿を足場に空に飛んだ。
それに合わせて俺は尻尾を伸ばす。尻尾を足場にしてさらに跳躍し、再度方向転換を図った。
鈴の脚力に俺の尻尾での押し出しにより、鈴は自分の最高速を超えた。
目にもとまらぬ速さで接近し、敵の首元を切り裂いていく。
1,2,3,4と1頭ずつ着実に血の海に沈めていく。
徐々に鈴の動きは鋭くなり、出たとこ勝負の急ごしらえの作戦だったが、上手くいったようだ。後は鈴が動きやすいように【狐陽】を使って、白鬼猿を惑わし、補助に徹すれば、取り巻きは倒せるだろう。
だが……早くしないとまずい。劉石の方はかなり厳しい状況のようだ。
大地は抉れ、劉石の衣服は擦り切れ、血が流れ、真っ白な雪を赤く染めている。
手助けをしてやりたいが、鈴の補助をしながら、そちらにも手を出せるほど生易しい相手ではないだろう。抑えていてくれるうちにさっさと倒してしまおう。
そうこううしている内に順調に敵の数は減っている。時には劉石が抑えきれずに向かってきた紅蓮大猿が鈴を襲いに来たが、【狐陽】によって幻影を作り出しているため、何の問題もない。
「【首狩り】」
ついに最後の白鬼猿を倒した。鈴が物騒な技を覚えたようだが、役に立つのでいいとしよう。
どうやら、敵の急所への攻撃力を上げるスキルのようだ。
すぐさま劉石の助けに回った。
「ようやく来たか。もう少しで倒してしまう所だったぞ」
口ではこう言っているが、冗談を言うのも一苦労といった様子。
「【付与術】待たせた、大丈夫か? こっから一気に倒すぞ」
自分でも傷をふさいでいるようだが、それの補助にまだ余裕のある俺の生命力を分け与えた。
「すまぬ」
劉石は体力がいきなり回復したことで驚いたが俺がした分かると礼を言った。
さて、どうするかだがこの雨だとやはり俺の魔法は役に立たない。なら、信じられるのは牙と爪と己が体だけだ。
『グルアアァァ!』
敵の咆哮に合わせて、俺も吠える。
ちょうど中間地点の雪が吹き飛び、雨粒が見えない力に弾かれ、猿と俺の直線状の視界が回復した。
鈴が突っ込み、後ろから【首狩り】を使う。劉石が横から岩の槍を放つ。
鈴の攻撃は敵の毛を刈っただけ、劉石の攻撃は拳で叩き割られてしまった。
だが、最後に俺が六本の尾で正面、左、右、後ろ、上、下から同時に【二連突き】を放ち、そして、正面の尾に紛れさせ時間差で大翼白蛇の時に使った火属性魔法を纏わせた突きを放った。
雨が弾かれている今なら火力を生かすことが出来る。分厚い腕の防御を引きはがし、ついに尾が届くという所で、地面から木が生えてきて盾代わりにして避けられてしまった。
「小癪な。ガアアアアッ!」
距離を取った猿が地面に拳を叩き付けた。
大地が揺れ、移動が困難になる。
「くくくく。ガハハハ! これで終いだ!」
地面から生えた木が手から放たれた水によって鋭利な穂先を持った槍へと姿を変えた。
それをいくつも作り出すと動けない俺たちに向かって、高速で投げつけた。
「クッ。【狐陽】間に合えっ!」
水で湿らせた木は燃えにくい。その形を小さくしながらもドンドン迫ってくる。
「もっとだ。もっとくれてやる。燃え尽きろっ!」
体力、魔力の消費を考えずに、一気に燃やし尽くした。
だが、猿の攻撃はまだ止まらない。
今度は水の玉を凍らせて投げつける。
皆を庇うように尾を伸ばし、【操尾術自動化】で当たらないように守り、正面の尾だけを自分で操り相手へ弾き返した。
「鈴殿、俺と動きを合わせるのだ!」
「分かったにゃ!」
左右から再度二人が突っ込む。
劉石は鈴の相手を惑わすような動きに合わせて土属性魔法で足場を作り出し、その動き更に複雑にした。
その動きに少しでも目を奪われれば、劉石がパンパンに腕を膨らませ、更に土を拳に纏わせて、殴りつける。劉石の攻撃を防御するようなら目や首、喉を狙って、刀を振るので、どちらか一方に集中させない。
俺も【狐陽】を尾に纏わせ、地面から突き上げる。ぎりぎりで両手で掴まれ防御されるが、尾には炎よりも強力ないうなれば俺の力そのものが纏われているため、掴んだ手から腕にそして、胴へとがじりじりと燃えていく。
追い打ちをかけるように地面に叩き付けて、二人も攻撃に参加できるようにする。
俺の意図を読み取り、同時に飛び掛かった。
雪が舞い落ちると喉に刀を突き立てられ、顔の形を変形させ、心臓を貫かれた紅蓮大猿が転がっていた。
『しゃあっ!』
俺たちは尻尾と拳を突き合わせて勝利を喜んだ。
組合に戻り、剥ぎ取った素材を提出し、報酬を受け取ると宿に時宗と寧々を呼び出した。
この宿は一階に受付と食堂があり、食堂には多くの人が入り、くつろげるように多くの机と椅子が並べてある。お国は厨房があり、一年中ここから良い匂いがしている。
そこに鈴と劉石が座り、俺は地べたに座っている。この大きさになると流石に座れるような椅子はない。
目を閉じて待っていると、扉が開き、不機嫌そうな表情の寧々と、さわやかな笑みを浮かげている時宗が入ってきた。
「何の用?」
「ははは、こんにちわ。小次郎に鈴。それと……劉石だったかな?」
相変わらず、寧々は素直な反応を示してくる。
「わざわざ、来てもらって悪いな。用は二つあるんだ。まずは座ってくれ」
二人が座るのを待って、劉石に目配せをする。
劉石は神妙な顔もちで頷いた。
「まずは先日の非礼を詫びをさせて頂きたい。この通りだ」
そう言って劉石は深々と頭を下げた。養成所で暴れたのを気にしていたらしく、一度謝りたいとの事だったのでこの場を設けたのだ。
聞いた話によると、天狗一族はその強さに誇りがあるらしく、認めた者以外には決して頭を下げないというが、どうやら劉石は例外らしい。噂が本当かどうかは分からないが、これからの事を考えたらこちらの方が都合良い。
劉石がいきなり頭を下げたことに二人して驚いている。
その後、時宗は微笑んで「気にしてないよ」と言うが、寧々はそっぽを向いている。
「ふん、謝るんなら、最初から暴れるんじゃないわよ」
「すまなかった。この通りだ」
その言葉を聞いてより一層深く下げた。
だが、それでは足りないと思ったのだろう。椅子から立ち上がり、両手、両膝、頭を地面に着いた。土下座だ。
これには皆、驚いているが、寧々はああいった以上なかなか許す気になれないようだ。
時宗と目を合わせて、頷き合う。
「寧々、この位で許してあげたら? 彼の誠意は本物だよ」
「そうだぞ。壊した物はこいつが働いて返すみたいだからな」
寧々は劉石をちらりと見て、ため息をついた。
「頭上げなさいよ。男がそんな簡単に頭を下げないでよね。仕方ないから、許してあげるわ」
「ありがたい!」
顔だけ上げて、嬉しそうに笑った。
という感じで一つ目の用は終わりだ。
もう一つは俺からの用事だ。
「一件落着として、皆に提案したい事があるんだが、ちょっといいか?」
「改まって、何かな?」
「聞くだけ、聞いてあげるわ」
「話しって?」
「話しとは?」
皆それぞれの反応を示すが、聞いてくれるようだ。
「話しってのは班の事なんだが……」
ここで言う班とは組合で依頼を受ける際、複数人で依頼を受けることが出来る制度である。
現在は、俺を長として鈴と臨時で劉石が入っている。
「皆に俺と同じ班に入ってもらいたいんだ。みんなと一緒なら、より難しい依頼にも取り組めると思う。だから、頼む」
頭を下げ、どうだろうか? と皆の反応を窺った。
「何でそんな面――」
「僕は良いよ。身体も治ったし、小次郎と一緒なら楽しそうだしね」
寧々の言葉を遮るように時宗が快く返事を返してくれた。
「仕方ないわね。良いわよ」
さえぎられる前に何か言っていたような気がしたが、一番渋りそうな奴が了承してくれたのは素直にうれしい。
「ありがとう、時宗、寧々! で、他はどうだ?」
「鈴は小次郎と一緒だよ!」
「この見は一度小次郎殿に負けている。是非もない。だが、我が入っても良いのだろうか?」
劉石が不安そうな顔をしているので笑顔で答える。
「もちろんだ! さっき謝って許してもらえただろう? なら、問題ない。それに自分の過ちを認め、頭を下げるのは簡単にできる事じゃない。それが出来るお前ならこっちから入ってくれと頼みたいくらいだよ」
「そうなのか? ならば、よろしく頼む」
これで考えうる理想の人員が集まった。今なら、何でも出来そうな気分だ。
「じゃあ、これからもよろしく頼むよ! とりあえず、他に決めなきゃいけないことを決めていくか。まずは班の長だな。誰にする?」
今までは形式的に俺がやっていたが、この中には長の適正がある奴が何人もいる以上、もう一度決め直さなければならないだろう。この地位にこだわるつもりはない。それよりもよりうまく動けるような長を立てた方がいい。
「え? 今まで通り小次郎じゃないの?」
「ああ、そうだよ、鈴。この中には他にも出来そうな奴がいる以上、また決め直さないとな。俺の見立てだと時宗か、劉石辺りが出来そうな気がする」
時宗という言葉を聞いて、寧々がしきりにうなずき、期待の眼差しを送っている。
「ははは、申し出はありがたいけど、僕はその役目に向いていないよ。小次郎なら実績があるし、このままでいいんじゃないかい?」
苦笑して、断る。寧々がそれに抗議しようとするのを口に手をやって抑える。
「それに以前僕はこの役目を背負って、失敗しているからね」
心なしか悲しそうな眼をして、笑う時宗の姿に寧々は渋々といった様子で引き下がった。
「我も同意見だ。考えながら戦うのは向いておらん。小次郎殿に一任したい」
「そうなのか。じゃあ、これまで通りでいいのか?」
「いいわよ」
寧々だけがぶっきらぼうに答えるが、他は笑顔で頷いてくれた。賛成という事でいいのかな。
「色々と皆に支えてもらう事になるかとは思うが、よろしく頼むよ。じゃあ、最後に名前を決めるか」
班という制度には組合が管理する際に、分かり易くするために班一つ一つに名称を付けるという風になっている。
今までは決めていなかったので、形式的に781番という名前が与えられていたが、せっかく人員が揃ったのだ。名前を付けるにはふさわしい時期だろう。
「じゃあ、一人一つずつ案を出してくれ」
暫し、皆が思いつくのを待った。
「うん、そろそろいいかな。まずは寧々」
自信あり気な表情をしていた寧々を当てる。
「良いの思いついたわよ! 聞いて驚きなさい。その名も『時宗様と美姫と下僕たち』どうよ!」
あまりのぶっ飛びように皆が止まるが、俺が言い返したのを皮切りに次々と意見が出る。
「却下だな。酷すぎるだろ」
「ははは……これはちょっと考え直そう?」
「なかなか個性的……」
「ないにゃー」
次々と上げられる反対意見に寧々はへそを曲げ、そっぽを向いた。
「じゃあ、他にいい案出してみないさいよ!」
「鈴がいくよ! 『ねとりねこ』どうだ! みんなの頭文字をとって考えたの!」
「鈴にしては、よく考えられているが、却下だ」
「そうだね。発想は悪くないけど、言葉がちょっとまずいね」
他も同意見の様で一様に頷いている。
落ち込む鈴を無視して、続ける。
「では、次は我が『血異無最強』如何かな?」
「これは……かっけえええ!」
『え!?』
「え?」
俺の反応に皆が引いていた。
「じゃあ、小次郎の案は何かな?」
その後は特に触れられないまま、無かったことになり、次に進んだ。
「ふふん。とは言え俺の案はなかなか自信あるんだぜ! 『天下無双』どうよ! かっこいいだろう?」
『……』
「わ……我はかっこいいと思うぞ!」
うう……その微妙な励ましが俺を傷つける。劉石だって俺の案と大して変りなかったくせに!
「次に進んでくれ……」
意気消沈した俺は次に進める。
と言っても残りは時宗しかいない。時宗は普段から常識人だし、いい案が期待できそうだ。
「最後は僕だね。『白尾』なんてどうかな?」
簡潔だが、悪くない。
「ちなみに理由は?」
「そうだね。これには僕たちの姿が関係しているかな。白というのは皆がどこか白い部分を持っていることだね。でも、一番は我らが長にあやかってだね」
なるほど。見れば確かにそうだ。
鈴は白い猫又だし、寧々は白い着物に、白い肌だ。劉石も白い面を付けているし、俺自身妖狐になってはいるが、身体の多くを白い毛皮が覆っている。だが、そうすると時宗は? 着物は青や緑の色が多いし、髪もつやのある黒だ。何にも当てはまらないじゃないか。
「それだと、時宗が当てはまらないんじゃないのか?」
「僕はこれがあるから」
そう言って腰から取り出したのは真っ白な花を付けた桜のような木が描かれた一本の太刀。
「これは武器であり、僕の魂とも呼べる刀だよ。これに描かれているのは辛夷という木で、別名田打ち桜。花言葉は『信頼』。今の僕たちにはぴったりだろう?」
「確かに、良いな! これにしよう!」
「後、尾は言わずもがな小次郎にあやかったものだよ。まあ、長が小次郎だから、それを象徴できるからいいと思ってね」
ますますこの名前を気に入った。『白尾』かぁ。色んな意味が込められていて、良い名前だ。
「よし、これにしよう。みんなもいいか?」
「うん」
「やっぱり時宗様のが一番ね」
「御意」
皆が笑顔で頷くのを見て、確定した。
「今、この瞬間から、俺たちは班として、『白尾』として活動していく! よろしく頼むぞ!」
この後「まだ登録してないから、私たちは『白尾』じゃないけどね」という無粋な突っ込みは黙殺した。
これからだ! これからが勝負だな!
師匠、絶対に追いついてやるからな!




