壱拾八巻
「今日は雑務依頼をしようかと思うんだけど、どうかな?」
朝食を取りながら今日の予定を鈴と話し合う。俺がこのように提案したのも昨日の狩猟依頼で鈴が軽くはないけがを負ってしまったことを懸念してだ。見た限りだと傷は塞がり大丈夫なようにも見えるが大事を取っておいて損はない。
「んにゃ? 小次郎に任せる!」
焼き魚定食を食べ散らかしている鈴はいつも通り元気なようだ。これは杞憂に終わりそうだが、まあいい。
そんなわけで組合へとやって来た俺たちは3つの雑務依頼を受けた。
一つ目は依頼主が肉屋の昌からのモンスター丸々1頭を買い取ったので解体の手伝いをしてほしいとのこと。そして、これはお昼までという事なのでこれから済ませるつもりだ。
二つ目は雑貨屋の良枝からの仕入れの手伝い。荷物持ちだそうだ。
三つ目は『白鱗の養成所』の寧々からの荷物の運搬。
これら二つは日が落ちる前に指定場所に来て、手伝ってくれれば問題ないそうだ。雑用のような仕事だが、これで一日分の食事代は稼げるのでよしとする。
「来てくれたか! 早速で悪いが」
肉屋に顔をだし、組合で依頼を受けた者だという説明をするとすぐに包丁を投げ渡された。依頼主であるがしゃ髑髏の昌はカタカタと骨を鳴らしながら笑っているが投げ渡されたこちらとしては笑えない。危なげなくちゃんと捕るがもし、捕り損ねていたらと思うとゾッとする。骨だけで動いているという恐ろしげな風貌をしているので、尚更だ。
「あ、危ない……」
「なーに言ってやがる。狩猟者だろ? この程度屁でもないはずだろうが」
本人は悪びれた様子も、反省する気すら無いようだ。
「鈴は自分のがあるからいい。これでやる!」
そう言って昌に返す。もちろん、投げ返す。
「危ねえだろうっ! 何しやがんだ!」
鈴は口笛を吹きながら聞き流した。どちらも子供かよ。
主に鈴と昌が解体していく。肉切り包丁を持つ事の出来ない俺にやる事は少ない。細かい作業は出来ないので大きく二つに引き裂いたりと、大雑把でそれでいて力のいる作業を担当した。
「おい、くそ猫もっとそっちで切りやがれ!」
「ふんっ! そっちが動けばいいにゃ!」
幾度となく繰り返される言い争い。それでいて手は止まることなくテキパキと二人はこなしていく。
そんなこんなで作業を終えた。作業が終わると皆手が血まみれだったために組合に行けばちゃんと報酬が出るのだが、それとは別に礼だ、と余った肉片を貰い受けると次の目的地へと向かった。
荷物の運搬ならきっと単純作業で早く片が付くと考え、養成所まで来た。
受付の座敷童の女性に挨拶すると養成所裏の倉庫に荷物があるとの事だ。場所が分からないので案内を頼む。若干嫌そうな顔をしていたが連れて行ってくれた。受付の女性は倉庫を指さすと足早に去っていった。
「さてと、ちゃちゃっと終わらせて次行こうか」
「うん!」
木造倉庫の扉を開けるとそこには荷物に腰かけて腕を組んで寝ている女性を見つけた。おそらくこの人が依頼主だろう。
「あの依頼を受けた小次郎と言います」
「鈴だよ!」
眠たそうに眼をこすり白い着物を着た女性は立ち上った。雪を思わせるような白い肌に黒く長い髪。勝気そうな釣り目に口元にはうっすらと涎の跡が残っている。それを優雅に拭うとその女性は頭を下げた。
「さて、猫とお狐さん私は寧々です。では、早く運んでくださいな。私、疲れる事はしたくないの」
どうして、受付の女性が嫌そうな顔をして足早に去って行ったのかが分かった。寧々、この人と極力顔を合わせたくなかったのだ。どうせ人を使う事を当然と考えているんだろう。まあ、依頼を受けた以上は仕方ない。やるしかない。
「じゃあ、これをどこに運べばいいんですか?」
「そうね。ここにあるもの全部養成所の中にある族長の部屋に運んでくれるかしら? 場所が分からなければそこら辺にいる人に聞いて。私はもう一眠りするから。よろしくね」
俺が何か聞き返す前に言いたいことだけ言って目を閉じた。この傍若無人っぷりは師匠に並ぶものがある。
「行くか……」
養成所中を歩く人に聞きながら辿り着いた一番奥の部屋。養成所は意外と広く、依頼を出すのも頷けた。やはり女性一人では重い荷物を持ち運ぶのは難しいのだろう。
扉を開けると誰もいないので、適当に邪魔にならないように壁際に置いた。
「なんかここだけ冷え冷えとしているな」
着物を着た綺麗な女性の像に龍の像。ここにある物全て氷で造られているみたいだ。だが、冷気を感じない以上この感覚は視覚からくるもので、実際には寒くない。
「やっぱり冷たくない。雪輝石で作られているのかな? まあ、なんにせよ。高そうだ。像を見る限り彫った人の技術も高そうだ」
「何してるの? 早く終わらせようよ」
「ん? ああ、ごめん」
倉庫と部屋を何往復もした。そして、最後の荷物を運び終えた時だった。
「あら? 貴方たちここで何をしてるのかしら?」
そこにある像とそっくりな女性が入ってきたのだ。いや、この像は女性を見本に作られているのだから、像の方がそっくりに作られているというべきか。私は女であると自己主張をするかのように起伏のある身体つきに艶やかな黒髪は腰のあたりまで伸びている。加えて警戒から発した言葉にも拘らず柔らかな物腰。シャリシャリと音を立てて一歩ずつ近づいてくる。驚く事に徐々に部屋全体が氷付き始めた。
「あ、あの俺たちは依頼で――」
どういう経緯この場にいたのかを慌てて説明する。
「なるほど。あの娘の依頼ね。分かったわ。依頼を受けてくれてありがとね。それと寧々の対応の悪さは私、親の責任よね。ごめんなさい、代わりに謝るわ。許してくれるかしら?」
話を聞き終わると室温が上がる。物腰は柔らかくともきちんと警戒していたのだろう。それにこれだけの美人に謝ってもらったのだ、寧々の対応の悪さに目を瞑る事など簡単だ。
「いえ、元々怒ってなどいませんし、大丈夫です。では、依頼終了したので俺たちはこれで」
美人にニコリと微笑まれて照れ臭さと、鈴からの微妙な視線から逃げるように部屋から退出しようとした。
「あら、もう行くの? 本当に今日はごめんなさいね。これを上げるから許してね、小次郎ちゃんに鈴ちゃん」
ひんやりとした手で渡されたのは氷の玉だ。
「これはね。私が魔力を込めて作ったものなの。これが氷玉と言ってこれがあれば食べ物が腐る事がなくなるわ。貴方たち冒険者ならこういうのも必要でしょ?」
一人一つずつ受け取ると、礼を言って部屋を出た。去り際に美人さんが「寧々には説教が必要ね。いえ、他にもやるべきかしら。ふふふっ」と冷ややかな笑い声が聞こえてきたので速やかに立ち去った。
「あ、名前聞き忘れた。ま、いっか。今戻るの怖いし、また今度会った時にでも聞くか」
これで今日受けた依頼は残り一つだ。
依頼主は大通りから一歩に横にそれた所に小さな店を構える山姥のお婆さんだった。店内には所狭しと細々とした物が陳列されている。蝋燭に和紙、それにちょっとした武具や傷薬まで置いてあった。他にも用途の分からない物が多くあったが、買い物しながら聞いて行けばいいだろう。
「よく来たね。こんな婆の依頼を受けてくれてありがとね。飴ちゃん要るかい?」
そう言われて俺は思わず吹き出してしまった。元の世界の人たちとなんら変わらない仕草をしていたからだ。それが人間となんら変わらない外見を持つので、より一層強く感じられた。
「どうしたんだい? 何か可笑しい事でもあったかね?」
「いえ、何でもありませんよ。すみません。じゃあ、行きましょうか」
飴を受け取り、自己紹介を済ませる。俺たちが飴を舐めている間に良枝はいそいそと身支度を始め、大きな風呂敷といくつか引っ張り出した。
「待たせたね。準備も出来たし行こうかね」
良枝は大量に買い込んでいく。武器屋に寄ったり、製紙場に寄ったりして目当ての物を買い取る。その際に値切る事は忘れないあたり商人として長く生きているのだろう。
「よし婆ちゃんはいつから商いをやってるんだ?」
買い物をしていくうちに俺たちは良枝の温和な人柄に惹かれていった。それは俺たちだけではないだろう。行く所行く所皆が笑顔で良枝を出迎えるあたりから窺える。そして、何より人脈が幅広い。そこから益々良枝の事が知りたくなった。
「そうさねえ。うん百年とやってるよ」
俺の予想していた答えとは桁が違った。なるほど、妖怪ならではか。それならこの顔の広さも頷ける。地道にコツコツと積み重ねてきた結果がこれなのだろう。
「さ、流石ですね」
「小次郎ちゃんたちはどうして狩猟者になったんだい?」
理由か。考えたこともなかったな。
「鈴が小次郎を誘ったの!」
答えあぐねるていると代わりに鈴が答えた。
「おお、そうかいそうかい。じゃあ、鈴ちゃんはどうして狩猟者になりたいって思ったんだい?」
「うーん? 分かんない!」
「おい、分からないのかよ!」
普段からこいつは何を考えているのだろうと思っていたが何も考えていなかったとは。
「ははは。そう怒ってはいけないよ。この位の年頃はとにかくやってみる。これが一番だよ? じゃあ、参考までに婆が商いをやる理由を教えてあげようかね」
その眼は遠く見つめていた。
「それはね。商いをやって、皆に色々な物を売って、役に立ちたかった。笑顔にしたかったからだよ。婆もこんな単純な事しか考えていなかったよ。でも、それで良いと思ってるよ。なぜか分かるかい?」
俺たちを見渡す。答えが出ないと分かると、微笑みながら言う。
「本当は理由なんて何でもいい。でもやってる事が楽しければあとからすぐに付いて来るはずさね。だから、今は色々やってみて経験して、考えてみると良い。いつか分かる時がくるさね」
それを皮切りに前を向いて歩きだす良枝に俺たちが声をかける事はなかった。
最後に食材を買うと家路に着いた。
「お疲れ様。今日は重たい物を運んでもらって悪かったね。夕飯を御馳走するから上がんなさい」
そう言えば日は傾き、沈みかけている。ずいぶんと長い間ぶらついていたようだ。だが、そのおかげで良枝のお勧めの店などが分かるなど収穫の多い依頼だったと思う。
「ありがとうございます。でも、本当にいいの?」
「遠慮は無用だよ。準備をしておくから組合で報酬を受け取ってきなね」
そういうわけで御馳走に預かる事となった。
組合から戻ってくると美味しそうな匂いが立ち込めていた。
「今日は隻猛牛のすき焼きだよ。たんとお食べ!」
『頂きます!!』
声を揃えて食べ始める。しかし、俺は箸が使えないため、取ったものが食べ終わると、良枝に頼んで取ってもらっていた。最後の方は鈴と取り合いになった。尻尾で押さえている間に取ってもらったのだが、自分の分を鈴に渡して綺麗に二等分にしていた。
『ごめんなさい』
二人して頭を下げるが、「良いんだよ」と笑って許してくれた。
食べ終わると、別れの時間がやって来た。
「じゃあ、よし婆ちゃん、帰るね」
「おばあちゃん、バイバイ!」
「風邪に気を付けて頑張るんだよ」
今日は本当に収穫が多かった。雑務依頼は報酬自体はその日暮らしが出来る程度の報酬しか出ないが、それに加え里の人たちと交流が出来る。これからここで生活していくのに必要な情報が得られたと言って良いだろう。
それに楽しみかぁ。
色々な事を教えてくれたよし婆ちゃんの所にはこれからちょくちょく行くことにしよう。鈴も仲良さそうにしていたしな。
雑務依頼は紙面では得られない情報と利益を得られることが分かった。
それに人と触れ合うの楽しかったからな。




