壱拾七巻
回復手段を持たない鈴を連れて、この里唯一の医療施設、『白鱗の養成所』である。
ここは身寄りのない老人や、戦えなくなった者たちが怪我人や病人の看護をする。医師は雪女一族を筆頭に回復魔法や技能を持っている者たちが従事している。養成所の名前は雪女一族とこの里を守護する龍神から因んでいるらしい。
この情報は鈴が治療を受けている間、皆の様子を聞いて回っているお兄さんに仕入れたものだ。
「で、何かほかに聞きたいことがあるかい?」
にこやかに話しているがこの人も妖怪なのだろうか? 見た目は二匹の蛇が刀に絡みついている紋の入った淡い青色の羽織と渋い緑色の長着を着ている男性だ。少したれ目がちな目と時折見える白い歯は女性を惹き付けるだろうなと同姓の俺でもそう思うくらい顔立ちが整っている。体型もすらっとした細身の六尺ほどの長身。そして、女性患者が彼をチラチラと見ている事から実際、人気もあるのだろう。
そんな人だからこそ俺は本当に妖怪なのかと疑った。
「あの、あなたは何の妖怪なんですか?」
「ふむ。教えてもいいけど僕は君の事も知りたいな。まずは君から話してくれるかな?」
自然とこのような言葉が出てくるあたり同じ男としては羨ましく思う。とは言え自己紹介をしていなかったのは事実なので、せっかちな自分の性格を気恥ずかしく思いながら言う。
「俺は四尾の白狐の小次郎です」
より一層笑みを深く、柔らかい声で彼は答えた。
「僕はぬらりひょんの時宗だよ。よろしくね」
彼、時宗は握手をしようと手を差し出すが俺には握れる手がない。失礼かもしれないが尾を差し出した。
「ああ、すまないね。君は人型の妖怪じゃなかったね。それはそうと、君は白狐の善狐だよね?」
あれ? なあぜ、それを知っているのだろう。善狐と呼び名を使うのは同じ一族の者たちぐらいなのだが。
「僕がなぜそれを知っているのかって言いたげな顔をしているね。理由は簡単さ僕は色々なことを知り、見るのが好きなんだ」
「知っているのは好奇心故……というわけですか?」
「ああ、そうだよ。以前古い書物を盗みみ……ごほん。拝見する機会があってね。それで見かけたんだけど、実物を見た事はなかったから。小次郎と会えて光栄だよ」
さり気なく呼び捨てにされたが不思議と悪い気はしなかった。余程この人は人に取り入るのが得意なんだろうな。しかし、只者ではないよな、この人も。盗み見たとか言いかけてたし。警戒しとくに越したことはないだろう。
「光栄だなんて、そんな……。俺は立派なもんじゃないですよ。それに時宗さんが見たのは昔の白狐の事ですよね? 俺自身がその記録に相応しい者かどうかは分からないですよ?」
「ハハハ! そんなことを言う奴が変な奴なわけがないだろう? それに小次郎、僕も呼び捨てにしているんだ。君も同じように呼んで欲しいな」
「分かった。こちらこそよろしく、時宗!」
全く、こんなにも早く気軽に呼び合えるなんて。不思議な魅了を持つ人だ。
「うん、いいね! ん? 君の連れが来たようだね」
その声に振り向くと鈴が雪女の医師と話しながら個室から出てきたところだった。今回、依頼は成功したもののまだ報酬を受け取っていないため、俺の手持ちはない。鈴が払う事になっているが足りるかな? 治療中に行っとくべきだったか? つい話し込んで長居してしまった。
「時宗ごめん。鈴をよろしく頼む。急用を思い出した」
「あ、ああ。構わないよ。行ってくると良い。でも、良いのかい? 一言言っておかなくて?」
「時宗の方から言っておいてくれないか? 待っててくれって」
「それほどまでの急用なのかい? 分かったよ、友人の頼みだ! 引き受けようじゃないか」
それを聞きくと、「ありがとう!」と言いながら走って狩猟組合に向かった。
到着するや否や開口一番、
「依頼成功した。報酬をくれ! すぐに必要なんだ!」
これは今朝と同じく雅が受付にいたからこそ出来るというものだ。
「おお。早いな! ん? 連れはどうした? それにそんなに急いでどうしたんだ?」
それもそうか。冷静に、頭が冷えるのを待つ。
「依頼で鈴怪我しまして。その治療費を足りなくなったら大変だと」
「ふむ。それで慌てて受け取りに来たというわけか」
話が早くて助かる。頷いてその予想が正しいことを告げた。
「治療というとあれだろ? 『白鱗の養成所』だろ? あそこなら治療代の一回や二回ツケておいてくれるぞ。まあ、その場で払っておくのに越したことはないから、良い事ではあるがな」
え? 俺の苦労は一体……?
「では、素材を出してくれるか? ちなみに油花は既にこちらで確認している四貫だから、二白銀貨だな。じゃあ、狩猟依頼達成条件の素材の提出を頼む」
机の上に出された二枚の銀貨を受け取ると、代わりに大蟷螂の刃を乗せた。
「ふむ、何度か斬り合った跡があるが、仕方ない。これが普通だしな。成功とみなし、報酬の三十白銀貨を渡す」
「ありがとうございます!」
なかなかの大金だな。この扱いに困っていると雅に二白銀貨で闇属性の魔法で中に異空間を作り出されているという財布を売りつけられた。財布というだけあってそこまで大きい物ではないが口からはいる物であればいくらでも収納でき、念じ魔力を込めることで取り出せるという便利なものだ。
高い買い物ではあるが財布自体の耐久性も白鬼猿の体毛と大きな骸骨の妖怪【がしゃどくろ】が成長する際に生え変わり、不要になった骨を粉末にした物が混ぜられているらしい。
組合は情報を売りつけたり、狩猟者にとって必要な財布や地図を売りつけたりと手堅い商売をしている。
そして、養成所に帰ると鈴と時宗が和やかに談笑していた。鈴が女だという事もあってか周りの女性はピリピリとした雰囲気を放っていたが、鈴と時宗は気づいていないし、鈴なら気付いても意に介さないだろうな。そっちの方面には疎そうだし。
「あ! 戻って来た!」
「ああ。組合で報酬を受け取ってきた」
ついでに財布の事も話すが、仕方ないと言って許してくれた。
「で、お金は足りるのか?」
「うん。足りたよー」
「そうか……」
取り越し苦労だったか……。まあいっか。
「そう肩を落とす事はないよ。仲間の事を想って行動する。素晴らしいことだと思うよ!」
そう言って励ましてくれるのは時宗だ。優しすぎて涙が出てくるレベルだ。
「時宗、ありがとう!」
礼を言うと次のことを考える。
今日また依頼を受けるかどうかだ。鈴は怪我が治ったとはいえまだまだ回復しきれていない。かくいう俺も魔力の残量が少ない。ならば、今日依頼を受けるのを止めて里の散策とこの辺で金の価値を確かめておくか。どのくらい稼げば生活していけるかを考えないと。鈴に任せると大変なことになりそうだからな。
「鈴、今日はもう休むことにして、宿を取ったり、食事をしたり、このあたりを見て回らないか?」
「あ! そう言えば小次郎はここに来て間もないんだったね。いいよ! 鈴が案内してあげる!」
「面白そうだね。僕も付いて行っていいかな?」
時宗が付いて来る分には俺も鈴も歓迎するが仕事は大丈夫か? それとこの女性陣の嫉妬の視線に晒されて行動するのはキツイ。
頷くと時宗は奥に入って行った。出るという事を伝えに行ったようだ。
「よし、行くか」
時宗が話をつけ終わるのを待って俺たちは外に出た。
散策は楽しいものだった。
終始俺が分からない物や事について、鈴と時宗に質問する。二人は嫌な顔して答えてくれるのだが、鈴はあいまいで適当なことしか言わないので時宗が付いて来てくれて本当に良かったと思う。
本日分かったこと。
食事一回にかけるお金は一人10~20黒銅貨程度。つまり、一日二食食べたとして40黒銅貨程度。だが、この体になってからは腹がよく減るので三食は必要。そして、手持ちは30白銀貨。計算すると、二人で二百五十日は持つ。そして、宿代はピンきりだが60黒銅貨~10白銀貨までらしい。一般的なのが2白銀貨らしいので一泊二食付で約七日分か。
まあ、毎日狩猟依頼を受ければいいだろう。そう言うと時宗に驚かれた。
「悪いことは言わない。それは止めておいた方がいいよ。準備に治療、そして、疲労も溜まる。休みを作った方がいいし、何だったら安全な雑務依頼を受けた方がいい」
鈴も「へぇー」と納得している。鈴と俺の共通点は狩猟者になりたてという点だけ。つまり、時宗は昔狩猟者でもしていたのか? それに養成所で働く者は戦えなくなった者が勤めると時宗が言ってたし、一見大きな怪我をしているようには見えなくても何かあったと推し量るべきだろう。
「そっか。忠告ありがとな。俺たちそういう常識には疎いからさ」
「いや、なりたてなら仕方ないよ。僕も最初はそうだったし……。さあ! 君たちの宿を選ぼうじゃないか。宿は固定しといた方がいいよ。安くしてくれるところもあるし、宿主さんと仲良くもなれるしね」
俺は時宗に「昔何かあったのか?」と聞きたかったがその言葉を飲み込んだ。会ってからまだ一日も経ってないのだ。聞くのは流石に無遠慮すぎるだろう。
素直に時宗の言う事に従い、宿を見つけた。『河童と愉快な仲間たち』という宿だ。自分で愉快という時点で不安になるが料金は朝と夜の二食付で一泊1白銀貨と50黒銅貨とお手頃なのでここを選んだ。さらに俺の知り合いがいる力さんたちの鍛冶屋が近くにあるのも選んだ理由だ。
そして、良い時間になっていたので今日は時宗も入れて三人で食事していた。
「美味しいね!」
がつがつと箸でかっ込むように食べ、口の周りを弁当を付けまくっているのが鈴だ。全く、落ち着いて食べれないのか? 俺はというと箸を扱う事が出来ないので、犬の様に下に皿を置き、前足で押さえながら食べていた。人の姿ならもっと綺麗に食べれるのに! もっとも優雅に食べているのは時宗だ。それに鈴がもっと食べたそうにしているのを見れば自分の分も差し出す。鈴の食い意地には困ったものだが、時宗の底なしの優しさには頭が上がらない。
「悪いな」
相方の不出来を俺の落ち度と考え頭を下げた。
「大丈夫だよ? それにこんなにも楽しい食事は久々だからね!」
「そっか」
食べ終えると山でどのように過ごしていたのかと聞かれたので師匠との地獄の日々を答えた。
「ハハハ! それは面白いね」
「面白いものかっ。説教の度に鉄拳制裁だぞ。地面にめり込んで頭しか見えない時もあって抜け出すのが大変だったわ!」
「鈴もよく怒られたけどそこまでじゃなかったよ……」
鈴も軽く引いているあたり、師匠の鬼畜っぷりがよく分かるだろう。まあいい。折角だ。師匠に対する愚痴を肴に盛り上がろうじゃないか!
「まだあるぞ!」
「ほう! それでそれで!」
時宗は子供の様に目を輝かせたり、鈴に時折頭を撫でられながら慰められたりと、楽しい時間は過ぎていった。
「では、この辺で帰るよ。今日は楽しかった! ありがとう、小次郎、鈴」
「ああ。こっちも楽しかったよ。じゃあな」
「気を付けてね!」
柔らかく微笑み手を振ると時宗は帰っていった。
「今日は寝るか。明日は力さんのところに行って武具を作ってもらおう。そして、雑用とか、採取とかをやって稼ごう!」
「うん、そうだね。おやすみなさい!」
ちなみに部屋は同じだ。そして、つつがなく夜は過ぎていったとだけ記しておく。
こっちも獣、あっちも半分獣だ。異性でも心が人間である以上興奮することはなかった。今日も元気に平和です。




