壱拾六巻
説明を聞き終えると俺たちは位とレベルの対応表と依頼書が大量に張り付けてある掲示板を見に行った。
まずは対応表から見てみるとしよう。
位、九。位階:壱位
位、八。位階:弐位
位、七。位階:参位
位、六。位階:四位
位、五。位階:五位
位、四。位階:六位
位、参。位階:七位
位、弐。位階:八位~拾位
位、壱。壱拾壱位
位、零。壱拾弐位
俺たちは位、五か。零の者たちは一体どんな方々なのだろう。化け物じみた力を持っているに違いない。
それはさておき、掲示板がえらく汚い。依頼書は種類分けされているが、乱雑にはられているせいか見難い。組合は仕事ちゃんとしてないのか?
だが、すぐにそれは俺の見当違いだという事が分かった。
探していると次から次へと依頼書が貼られていくのだ。どうやら見ていると貼っていく人には共通点があるようだ。
ここは狩猟組合。つまり、ここに居る者は差はあれど、屈強な肉体や不思議な力を感じる者ばかり、それに比べて貼りに来る者たちはお世辞にも強そうには見えなかった。
という事は依頼者自身が手続きを済ませたのちに依頼書を貼りに来る制度のようだ。これなら、乱雑なのも頷ける。それに狩猟者に依頼を受けて欲しければ、自分の物をよく見る位置に貼ったりしている。組合は手間が省け、依頼者同士の小さな争いがある以上、手を出すことはないだろう。
仕組みが分かったところでもう一度掲示板に目を落とす。
五で出来るのは……結構あるようだ。まあ、狩猟系は草原、採取系も草原と場所が限られてくるが、雪山に入るとレベルがドンと上がるため仕方ないだろう。
さて、適当なものを尾で引っ掛けて取ろうとした時だった。ポーンと軽快な音が頭の中でなったのは。
『クエスト:大蟷螂を倒せ!』
偶然にも手に取ったものが大蟷螂の狩猟依頼だった。
ちょうどいい。俺は笑みを隠せなかった。どうしても、天啓のようなものを感じてしまったからだ。
鈴の了承を得たところで受付に向かった。
「雅さん、これをお願いします」
「ん? 早速受けるのか。大蟷螂の狩猟及び、鎌の部分の回収が目的か。依頼部位の取り扱いは気を付けろよ。跡形もなくなってしまえば失敗になるからな。まあ、普通はないだろうが。報酬は……そう言えば主らはお金の勘定は出来るのか?」
「どういう事ですか?」
「そうだな。これが一黒銅貨。これが一白銀貨。これが一紫金貨なんだが、どれが一番価値が高いか分かるか?」
銅貨に銀貨に金貨。普通に考えてこの順番で間違いないだろうな。色も名前の通り、黒、白。紫だ。といっても黒味がかかっていたり、紫っぽかったりと曖昧なものだが。
「ええ、分かりますよ。しかし、何分山から出てきたものでして、銅貨と銀貨の価値の差が分からないのですが」
「当然だな。そのために組合はここで説明をするようになっているからな。
まず、銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚だ。理解したかな?」
つまり、銅貨一万枚で金貨一枚か。理解した。鈴はというとあまり話を聞いていない。おそらく、『猫飯屋』で店員をやっていたからこの位は分かっているのだろう。
「分かりました。大丈夫です」
「ふむ。理解が早くて助かる。さて、そこで物は相談だがこの依頼も一緒に受けていかないか?」
そう言って渡されたのは採取依頼だった。
『採取依頼:始まりの草原で油花を採取してきて欲しい。報酬は一貫につき50黒銅貨。
依頼人:ぬらくら武具店職人、時政
受領条件:特になし
依頼期限:3日間
違約金:5黒銅貨』
複数の依頼を受けることが出来るのだろうか? それと、いつ出されたものだろう? わざわざ出してくるという事は依頼期限が迫ってるのだろうか?
規則の書いてあった本にこれに関する事項が載っていた気がしたが、色々と話したせいで思い出せない。
「心配せずとも狩猟者は自分の力量次第で依頼は複数受けることは出来る。何、あ奴の弟子である主ならこの位は軽いだろう。それに期限が今日までだからな。ぜひとも受けて欲しいのだが。もちろん、最初だから失敗しても違約金んの方は心配せずとも良い。それに油花の情報も後程教えよう。本来なら、情報を買ってもらうのだが特別無料にしよう」
ああ、そうだった! しかし、なかなか破格の条件だな。それにこの手の話は俺の元商人魂が疼く。
「まだ足りないですね」
「ん? 何がだ?」
「俺たち依頼受けるの初めてで不安で仕方ないんですよね。だから、大蟷螂の方の情報も無料で譲ってくれませんか?」
雅は眉を寄せると俺をじっと睨んだ。俺も負けじと睨み返す。
どれくらいの間睨みあっただろう。不意に雅が笑い出した。
「ははは! やはり、あ奴が弟子を取るだけのことはある。面白い。いいぞ、譲ろう。だが、今回限りでさらに口外してはならんぞ、いいな?」
『ありがとうございます!』
ここぞという時に合わせてくるあたり、鈴の世渡り術は天性のものがあるな。
情報を聞き終えるとすぐに組合を出た。
草原を移動しながら情報を確認し合いながら作戦を立てる。
まず、油花は大きな木の下に生息し、白い花をつけるらしい。この油花というのは茎や幹を潰すと油が取れ、これが鍛冶や道具の整備でよく使われるらしい。魔法で記録された書物で実物も確認してきたため、おそらく間違えることもない。
次に大蟷螂。これは元の世界にもいたが、あれが大人一人分の大きさを誇り、正確は凶暴。そして、赤と黒という毒々しい色をしている。
また、今回は採取依頼も受けたため、転移袋を拝借してきている。つまり、依頼をこなす順番はどちらからでもいいというわけだ。
「じゃあ、同時並行で依頼をこなそう。先に目的物を見つけた方からやるってことでいいか?」
「うん、了解!」
やはり、鈴は話を聞くよりも動いている方がいいようだ。外に出てから終始笑顔だ。
探していると目的の物はすぐに見つかった。以外にも最初に見つかったのは油花だった。
「先に見つかったのは油花か。大蟷螂はなかなか見つからないなぁ」
「さっきから隻猛牛とか隻猛豚とか漆黒の狼ばっかりだよね。【即神術】とか使って、臭いとかで探ってみる?」
「いや、無理だろ。敵の臭いが分からない」
それにしても臭いか。五感を強化して探すってのは案外良いかもしれない。
視覚を強化して辺りを見回してみる。
よく分かるな。
相も変わらず、周りには山々が存在感を主張している。その中でも一際高いのが師匠とともに過ごした御霊山。その他の山の名は知らない。時間のある時にでも調べてみてもいいかもしれない。名は分からないが西の山を越えるとそこには海が広がっているらしい。こちらの世界の海も一度見てみたい。
また、草原から西、山に入る前に広範囲に渡って竹林が広がっている。
どうやら、そちらの方向に赤と黒の物体を捕らえることが出来た。おそらく、大蟷螂だろう。里から離れ、草原の奥に行けばいくほど危険なモンスターが出てくるらしいが、仕方ない。討伐せねばならないのだから。
「鈴、あっちに大蟷螂らしきモンスターを見つけた。行くか?」
「こっちも油花は取り終わったよ。行く!」
元気の良い返事を聞くと、歩き出す。
ここは草原。鈴一人ならまだしも、俺を隠すほどの丈の植物は生えていない。木もちらほらとあるが、本数が少なく、やはり隠れる事は出来ない。
なら、どうなるか? 当然の如く正面から敵と向き合う事となる。
地形の優劣はなく、ただ実力が相手よりもある者だけが生き残る。
近づいてみると、数は二対三と負けていた。内一体が大きな身体を持ち、前足が四本、後ろ足が四本で、刃が四枚ある個体がいる。おそらく、こいつが大蟷螂だろう。そうだよな? 一応確認してみる。
大蟷螂
位階:三位
大蟷螂
位階:四位
ここまで確認したところで疑問が生まれた。
うん、ちゃんと狩猟対象はいる。あれ?なら、こいつは一体?
大刃蟷螂
こいつはまずい! 位階の確認が出来ない。という事は俺よりも確実に位階が高い。
足は震え出すが、恐怖感はない。
「鈴、どうする? 敵は大蟷螂二体と大刃蟷螂一体。大刃蟷螂の方は俺よりも位階が高いぞ。逃げるか?」
「小次郎はどうしたいの? 逃げたいの?」
鈴は俺の事がよく分かっているようだ。ニヤリと笑って答えた。
「いや、戦いたい! 俺は早く強くなって師匠に追いつかなきゃいけないからな!」
「なら、答えは一つだにゃ!」
鈴も俺に付き合ってくれるようだ。髭がピンと張り、毛も逆立っている。興奮状態にある事を体現していた。
「鈴ありがとう。なら、鈴はそっちの大蟷螂を頼む! 俺はこいつをやる!」
「任せたにゃ!」
さすがに大刃蟷螂を相手にしながら、他の二体も相手にするのは厳しいだろう。
何より白鬼猿のように手慣れた強い敵ではなく、初めて戦う強い敵だ。相手のスキルを探りつつ、慎重に戦わないと。
挨拶代わりに炎の槍を放った。すると、蝿を払うかのようにいとも簡単に振り払われた。
防御するのに使った刃には傷一つなく、見事な斬れ味を見せつけた。さらに刃を振る速度も尋常ではない。
こうなったら、【狐火】使っての肉弾戦か、不意を突いた魔法攻撃だな。
【狐火】使ったとたんに俺がいない場所に刃を振り下ろす。躱すまでもない。だが、その間に俺は対策を考えなければ。時間は無限ではない。
まずは【硬化術】と【鬼動術】で強化したうえで喰らいつく。あまり硬くなく、牙は通った。だが、反撃への反応速度が今までの敵とは違った。
「ガアッ!」
こいつ、【狐火】に掛かってるのに攻撃してきた……だと!? 痛みまでは誤魔化せなかったか。やはり、位階が高くなってくると【狐火】が掛かりにくくなるな。悪寒を感じ、逃げるまでの間に二本の足に捕まり切り裂かれた。咄嗟に【硬化術】と【鋼毛】を使っても意味はなかった。もう少し逃げるのが遅れていたらと思うと冷たい汗が落ちる。
傷は【早治術】のおかげで治ってきているが、ただでさえ体力、魔力を使っているのだ。時間が過ぎて尽きたとき、俺は負ける。今の力配分で行くと、後7回攻撃したら尽きるな。それに引き換え敵は【早治術】を使って傷を治し、ほぼ塞がっている。7回じゃあ止めまで持って行くのは無理だな。それとも、このまま、放置して鈴の方を倒して二人でやるか? いや、無理だ。あっちで戦いながらこいつに【狐火】を掛け続けられるほど集中力がもたないし、狩りに倒せたとしても体力、魔力はぎりぎりだろうな。
他の手、何かいい手はないのか……?
そう言えば神様からのクエストの討伐対象の奴は弱点が見れるんだよな。見てみるか。
『クエスト:大蟷螂を倒せ!
クリア条件:大蟷螂を倒す
弱点:頭部・腹部・刃の付け根』
基本的な弱点だが、刃の付け根も弱点なのか。
『鈴! 大蟷螂の弱点を教える。頭部・腹部・刃の付け根だ!』
【咆哮】を使い、大声で使う。これで伝わっただろう。
「おっと! 危ない」
俺の声に反応して刃を振り下ろしてきたので、横に飛んで躱す。【狐火】は視覚以外誤魔化せなくなってきているようだ。早く仕留めないと。
「【見切り】【軽身術】行くぞ!」
スキルを併用し敵に突っ込む。【狐火】の弱点は時間とともに対象物に耐性が付くという事だ。以前から師匠との修行を通じて薄々勘付いてはいたが、ここで実感する事になるとはな。完全に短期決戦向きのスキルだ。そして、それが分かった今、俺は【狐火】にあまり体力と魔力を費やしてはいない。おそらく敵には俺の体がぶれて見える程度にしか効いていないと思う。それだけあれば十分だがなっ!
突如【狐火】の効果が消え、驚いていたが、すぐに俺を捉えると向き直り、高速で刃を振り下ろした。
【見切り】の状態でより強化された視覚は刃を捉えるがぶれて見えた。
幻覚か!? 反撃を狙うのを止め、距離取った。それでも、足を伸ばし追ってくる刃。跳躍、跳躍、跳躍。計四回後ろに跳んだ。
地面には八つの線が残った。
刃の数は四枚。明らかに数が合わない。……スキルか! 何らかのスキルを使ったとみて間違いないだろう。
「どうする? 近づけないぞ。それとも一か八かで賭けてみるか?」
焦りからか、考えが外に漏れる。
「こいつを倒したら鈴の方も手伝わないといけないし、その分の力は残しておかないと」
今度の攻撃はぶれているわけではなかったので、身体を反らしたり、頭を下げたり、軽く跳んだり、硬化させた尾で受け流したりして見切る。
それを何度か続けるうちに、ふと思う。
師匠の攻撃と比べると遅い。もっと、早く出来ないのか? こんな攻撃直線的すぎる。
師匠は決してスキル――俺がそこまでのレベルまで達していなかったせい――を使ってくることはなかったので取り乱したが、慣れてみれば大したことないんじゃないか? スキルを使っても攻撃回数が増え、少し攻撃範囲が広がる程度。おそらく鈴の【二連斬】と同じような効果だから、同じスキルを持っているのだろう。身体に刃が付いているんだ当然だな。
思考も落ち着きを取り戻し始める。ちらりと鈴の方を確認する余裕も出てきた。まだ、あちらは拮抗状態のようだ。こちらは……俺の方が有利だっ!
もう【軽身術】も【狐火】を使う必要はない。【見切り】だけで十分だ。足に力を込め、足元を掬うような攻撃に対して押さえつけた。いや、完全に止め切れてはいないが、これだけ隙があれば、この刃を貰うくらい余裕だ。
【伸縮術】で高速で尾を伸ばし、貫く。攻撃する瞬間にちゃんと【硬化術】と【鋼毛】で尾を硬くしてやった。
ついに四枚の刃の内一枚をもぎ取る事に成功した。
痛みで怒り狂い、顔を上げ、顎を開き何かをしようとしたが、相手を務める俺がそうさせない。
視線を外し、何かの準備をしようと防御の薄れた頭部に向かって、炎の槍を放った。
最初の時のように反応できず、直撃する。
だが、貫く事は出来なかったのか熱さに悶え、前足を雑に振り回し始めた。
おそらく、視覚を潰され矢鱈目ったら振り回してるだけだろうが、攻撃してくれと言っているようにしか見えない。
回収目標である刃を狙い、尾を伸ばし千切りとっていく。貫く時には翆から貰った武具がその効果を発揮し、俺に攻撃力の増加をもたらした。
一枚、二枚と数を減らしていく刃。そして、身を守る最後の刃を貫き落とすと、頭を一突きにした。
鈴の方に向かうと、目に見えて疲弊していたが、よく引き付けてくれたと言わざるを得ない。俺が大刃蟷螂の攻撃を見切るまで時間を稼いでくれなかったら、俺は生きてはいなかっただろう。
鈴に目配せをし、合図を送ると鈴に気を取られこちらに気づいていない一体を速攻で仕留め、残り一体は挟み撃ちにして、鈴が止めを刺した。
「ふぅ、終わったな。大丈夫か? 早く回復しろよ」
鈴は首を傾げている。
「どうかしたのか?」
「小次郎が回復させてくれないの?」
何を言っているんだ、こいつは?
「俺はそんな魔法は知らないぞ。自分で傷は治してくれ。出来るだろ【早治術】とか」
「にゃっ! そんな簡単にスキルなんて覚えらないにゃ! それに小次郎みたいに身体強化術を万遍なく使えるのはとっても珍しい事なんだにゃ! 自分が出来るからって人に押し付けないで欲しいにゃ」
鈴曰く、身体強化術には相性があるらしく【鬼動術】と【軽身術】、【硬化術】と【軽身術】のようにどちらか一方を覚えてしまうと、覚えるのが難しいものがあるらしい。ちなみに【軽身術】は相性が悪い術が多く、それは【軽身術】を使い、速度を上げる際に力を抜いて使うスキルであるため、力を込める【鬼動術】はもちろんの事、身体を硬化させる【硬化術】も素早い動きを阻害するため、併用できないらしい。併用できないなら、覚える必要性がなく、ましてや、覚えにくいものを覚えることに時間を費やすことよりも一つのスキルを極めた方が効果的というわけだ。
俺の様に戦闘中に使うスキルを頻繁に切り替えるなんて真似はもっと上の者が行う戦い方らしい。
今の俺の位階でそんなことをしているのは天才くらいだと言われ気分がいい。
とまあ、自分で回復できないなら仕方ない。強い敵に出くわす前に里に帰った方がいいだろう。
回収すべき物は回収し、鈴が武器を作るのに使えるという素材以外は勿体ないが捨てて帰った。
その際、背に鈴をひょいと乗せたが、俺の速度にキャッキャッとはしゃいでいた。
また、乗せろと強請られないか不安だ……。




