壱拾参巻
目が覚めるとすぐに師匠を探したがやはり居なかった。
置いて行かれた……。
「小次郎さん、大丈夫にゃ?」
鈴が心配そうに声をかけてくるが話す気にはなれなかった。
「ごめん。あまり話す気分じゃないんだ。一人にしてくれるか?」
介抱されて鍛冶屋の奥に寝かされていた俺は鈴が話しかけてくるのを気にも留めずに外に出た。
一人。気が付くと自然に山の方へ向かっていた。
そうだ。会いに行けばいいんだ。そうすればいいんじゃないか! 師匠は山にいるわけだしな!
俺はすっかり師匠に依存しきっていた。この世界に来て初めて頼れる存在というのは俺の中でどうやら大きかったようだ。
そんな考えを持って山の奥に入ると案の定山に住むモンスターたちに見つかった。
白鬼猿
位階:四位
この他にも大小の違いはあれど白鬼猿6頭に囲まれていた。俺と同等の力を持つ奴らに、だ。だが、俺の種族特性である幻覚系の【狐火】とこいつらの特性は肉体強化系。相性はいいはずだ。
いつも通り【狐火】を使い、相手を翻弄し、1頭ずつ倒していく。やはり、隻猛豚や隻猛牛のように容易く倒すことは出来ないが、着実に削っていった。
こちらは無傷、体力、魔力ともに消費しているが、まだまだ余力はある。この分なら魔力を半分は残して全員倒せるだろう。
そうやって敵の数も残り4頭に減り、思考にも余裕が持てるようになった頃。師匠との厳しい修行を思い出していた。
厳しい口調でそこで飛び付けだ、躱せだ、と指示をされていたことが懐かしい。時には口だけではなく尾で殴られることもあったが今となってはいい思い出だ。次第に慣れてきて狩りに付いて来る事はなくなったが時折ピンチに陥ると必ず飛んできていた。文字通り空から現れ敵を蹂躙していく姿はまだこの目に焼き付いている。
懐かしい。戻りたいあの頃に。
ふとある考えを思いつく。
ここで死にかければ師匠が助けに来てくれるんじゃないかと。
そこからはその思考に従って動いた。
【狐火】を解除し、只々敵の攻撃を受けた。
血を吐き、身体から幾度となく嫌な音が聞こえた。だが、待てど暮らせど師匠が助けに来てくれることはなかった。
やっぱり、見捨てられたんだ。俺なんて最初から要らなかったんだ。
「――してるにゃ! 起きるにゃ!」
遠くなりかけた意識の中ゆっくりと瞼を開ける。すると、そこには傷だらけになりながらも戦っている鈴の姿があった。
「立つにゃ! 銀様はこんな事望んでいないにゃ!」
「う、そだ。嘘だ! なら、なぜ俺を置いて行ったんだ!」
「違うにゃ! 銀様は小次郎を置いて行ったわけじゃないにゃ! 鈴に『ここでもっと強くなったら俺の元へ来い』と言って行ったにゃ! だから、見捨てたわけじゃないにゃ。きっと待ってるんだにゃ! 小次郎が来るのを!」
そう言われてハッとする。そう言えば俺が嫌いなら何であんな悲しそうな顔をするんだ? 師匠のあんな表情をする人じゃないのに……。
「分かった。分かったよ! 俺、もっと強くなって師匠にもう一度会う! 待ってろよ、師匠! あと、ありがとな、鈴」
鈴は照れ臭そうに笑い、気にするなと言う。まだ、一人じゃない。仲間がいるじゃないか。頑張ってみるか!
「じゃあ、こいつらを倒そう! 二人で!」
「了解にゃ!」
語尾に『にゃ』が付いているせいか、あまり締まらないなと思いつつ、【狐火】を使い、傷の治療をする。激痛で動けなかったことから、かなりギリギリだったようだ。
これは鈴に大きな借りが出来ちまったな。
【狐火】のおかげで、翻弄できているおかげで鈴一人で猿を倒し、残り3頭。そろそろ動けるレベルまで治療が終わる。
「よし! 今から俺も動く鈴は一旦下がって治療してくれ」
俺の指示に首を横に振ってこたえる。
「大丈夫にゃ。今回はちゃんと体力管理もバッチリにゃ! それに戦闘できないほど痛くはないにゃ。それより小次郎の体力・魔力は回復に取っておくと良いにゃ。その分鈴が撹乱するにゃ!」
鈴と一瞬目があいその力強さに折れる。
「分かったよ。けど、危なくなったら下がってくれよ?」
「もちろんにゃ!」
絶えず【早治術】を使い、体力の回復を図る。それに合わせ【見切り】と【軽身術】を併用。即座に距離を詰めると、【硬化術】と【鬼動術】で最高の一撃を放つ。
牙が硬い体毛を貫き肉に到達する。失われた血を補うように肉を喰いちぎると咀嚼し、怒り狂う敵に向けて魔法を放った。
俺にできた隙を埋めるように鈴は高速で動き続け、敵の視線を引き付けた。それでも俺に敵意を向ける者には容赦なく短刀で切り裂いた。あの斬れ味かなりの業物のようだ。
終わりに近づいたころ群れの中で一番大きな猿から強い力が溢れ出してきたのを感じた。
「奥の手ってやつか? 鈴、気をつけろよ」
鈴も集中しているのか、敵を見据えたまま頷いた。
残り1頭。だからこそ出来るわけだが、全力で魔力を練り上げる。
【炎の剣よ、斬れ】
俺の紅い炎に負けないくらい敵の白い体毛が紅く染まり、筋肉が膨張し一回りほど大きくなったように見える。
やはり、肉体強化系か。【見切り】を全開で使い、カウンターを狙い待ち構える。
筋肉の膨張が止まると襲いかかってきた。
恐ろしい速度だ。鈴は辛うじて反応し短刀を持ち上げ、防御態勢を取るが間に合わない。だが、その隙を逃すはずもなく、炎の剣を振り下ろす。
「何っ!?」
剣が止まったのだ。いくら魔力を込めても押し込めない。この紅い体毛が原因か? だとしたら相当な防御力だな!
だが、こみ上げてくる感情は絶望ではなく、歓喜。その様子を見た俺は思わず笑っていた。
「面白い、面白い! 上等だよ! ぶっ潰す!」
炎の剣を消し、新たに槍を一本放ち、時間を稼ぐ。そして、その時間を利用して炎の剣を四本作り出した。 口に一本、そしてなぜか意識せずとも動くようになった三本の尾に一本ずつ持たせる。
【見切り】で正確に相手の攻撃を読み切り躱しきれない時は【軽身術】で加速した。そして、攻撃する直前で【鬼動術】に切り替えて、筋力を強化し攻撃する。
すると、時間が経つにつれ、徐々に攻撃が通り始めた。そして、まだ幸運は続いた。敵の攻撃も鈍くなり始めからだ。
さっきの強化は短時間で爆発的な効果を持つ奴だったみたいだな。まあ、俺も師匠の攻撃に見慣れてなかったらやられてたよ。
ありがとう、師匠。
剣を突き立て戦いの幕を下ろした。
「小次郎の馬鹿っ!」
戦いが終わり一息ついた後、俺は甘んじて鈴の説教とビンタを受けていた。
「いい? 銀様はあなたを信じてここに残したの。そうじゃなきゃ出て行くときにあんな悲しそうな顔をするわけないでしょっ! それに力さんと翠さんに貰った武器を置いて行くなんて大馬鹿にゃ!」
「……」
なにも答えない俺にもう一度ビンタが飛んだ。
「何か言ったらどうにゃ? 言いたい事があったらはっきり言うにゃ! でも、小次郎が何と言おうと鈴は付いて行くにゃ!」
自分勝手なその言い分に俺の心の中も次第に晴れていった。
「ははは、ありがとう。そして、ごめん鈴。俺、もう一人になったとばかり思って。それに俺が死にかけば師匠が駆けつけてくれるかもしれないって思ったから……、ううっ」
自然とこみあげてくる涙。止まらない。不意にいつも明るく照らす太陽のような暖かさを感じた。
「大丈夫。鈴がそばにいるよ。だから、鈴が危なくなった時は小次郎が助けてね?」
「……うん」
一しきり泣き終えると今の状況を確認した。
大きな変化は二つ。
まずは俺と鈴の進化だ。どうやら位階の高い白鬼猿を倒した事で多大な経験値を得たようだ。
互いにステータスを確認し合う。
まずは鈴。
名前:鈴
種族:三又の猫
位階:三位 スキル:【二連斬】【高速採取・剥ぎ取り】【操尾術】【身体強化術/速/神】【風属性魔法・初級】
名前:小次郎
種族:四尾の白狐
位階:五位
スキル:【魅惑の瞳】【魅了・弱】【鋼毛】【迷彩】【操尾術自動化】【見切り】【身体強化術/早/速/力/硬/神】【咆哮】【狐火】【伸縮術】【火属性魔法強化】【火属性魔法・中級】【成長促進】【災厄】【長寿】【狐神の寵愛】【??へと至る道】
【二連斬】
体力を消費して高速で二回連続で斬る事が出来る。また、威力や攻撃速度は行為者の能力に比例する。
【高速採取・剥ぎ取り】
常時、植物の採取やモンスターを捌く時、素早く行う事が出来る。また、体力を消費する事でその速度をさらに上げる事が出来る。
【風属性魔法・初級】
魔力を消費して、初級の風属性の魔法を使うことができるようになる。使用の際に呪文が必要だが、適切なものでないと発動はしない。その際、魔法に関することを強くイメージをすると威力が上がる。
【操尾術自動化】
尾をイメージ通りに動かせるようになる。また、所有者の意志に呼応するが、尾を独立して動かす事も出来る。
【咆哮】
大きな声を出し、周囲の者の注意をひきつける。体力を消費すればするほど声が大きくなり、よりその効果を上げる。
【火属性魔法強化】
火属性魔法を使用する際に通常より魔力を多く消費する代わりに威力を1.5倍にする。
二人とも存在進化したおかげで、体の大きさが変わった。
俺は高さ6尺の体長8尺に、鈴はというと4尺5寸ほどの大きさになった。
体が大きさが変わった事以外は特に……と思っていたのだが、俺の尾の先だけなぜか紅く染まっていた。鈴は白と黒の毛並みに磨きがかかり、光沢のある綺麗な猫又になった。
「一つ質問いい?」
二つめがこれだ。鈴の話し方から語尾の『にゃ』が取れている事だ。
「ああ、何だ?」
「なんでこんなにスキルが多いにゃ!?」
だが、まだ不完全なようで興奮すると『にゃ』が付くようだ。まあ、分かりやすいし、可愛いからよしとしよう。
「普通……じゃないのか?」
「普通じゃないにゃ!」
曰く、これほどまで多くのスキルを所持するのはもっと位階が高いものであるらしく。この位階でこれだけの数を所持しているのは珍しいというか聞いた事がないらしい。
「それに聞いた事ないスキルも多いし」
「へえ、何がそうなんだ?」
「【魅惑の瞳】とか、【災厄】とか、【狐神の寵愛】とか、【??へ至る道】とか、色々にゃ!」
俺はこの質問に関して、まだ俺自身分かってない事が多いことや狐族特有の物も多いという説明をした。
そして、今は質問の一つである【魅惑の瞳】を実際に使ってみているところだ。
鈴がぼうっとした表情で俺の金色の瞳を見ている。心なしか徐々にその距離が近くなってきている気がしたので目を閉じて距離を取った。
「ハッ! そのスキルは危ないにゃ。特に女の子に使ってはいけないにゃ」
何か動揺して、意味の分からない言葉を言っているが何が言いたいのか分からん。
「ふうん、まあいいか。鈴帰ろう。武器を取りに行かなくちゃ」
「うん」
俺たちは目を合わせると笑顔で頷いた。




