八巻
日の光に照らされて起きると、すぐに老狐の傍にいた狐に連れられて、最初に見た洞窟まで歩かされ、訳も分からないまま「入れ」と言われたので洞窟の中に入った。
その奥にいたのは老狐だった。そして、その前には不思議な模様が輝いていた。
「お疲れのところ済まんの」
口ではそう謝っているが、その表情に俺を気遣う様子も頭を下げるよう動くこともなかった。堂々として、威厳にあふれていた。俺のような木っ端の奴には頭を下げるわけにはいかないってか。この言葉も社交辞令か。なら、皮肉の一つや二つ言ってもいいよな。
「そう思うのなら、もうちょっと休ませてくれ」
「小僧のくせに口は達者だな。まあよい、目の前にある術式の中に入れ」
この不思議な模様は何かの術式らしい。
「何だこれは?」
「戦の儀を突破したものには知を授け、次代を担ってもらうための継承の儀を行うための術式だ。早くしろ」
命令口調で有無を言わせない。相変わらずとんでもない眼力だ。睨むだけで人を殺せるんじゃないかと思ってしまう。俺は師匠で慣れてるから大丈夫だが。
「もっと目つきを柔らかくした方がいいぞ。孫に嫌われるぞ」
「ぐ、うるさい。はようせんか!」
どうやら気にしていたらしい。てか、孫いたのか。まあ、歳食ってるように見えるし当然か。
術式の中へと足を踏み入れた。すると輝きはより一層増し、俺を包み込んだ。
◆◆◆
昔、身体の黒い狐と白い狐がいた。
黒い狐は夜の海のような透き通るような気品あふれる黒さを誇る九尾の狐。名を黒波。
白い狐は雪のように純白で触れたら消えてしまいそうな儚げな白さを持つ九尾の狐。名を白鳴。
二頭の狐の名は辺りに知れ渡っており、そして何より仲が良く、二頭が手を合わせれば敵う者など居ないと言わせるほどの強さを持っていた。
その頃からだ黒波の口癖が変わったのは。
「逆らう者全てを滅ぼし、我ら二人がすべての生ある者の王となろう」
そう言うと白鳴はいつもこう言うのだった。
「馬鹿なことを言ってはいけないよ。私はただ君と居れればいい。静かに過ごそう」
このような問答が彼らの間で度々繰り広げられていた他には何も変わりなくゆったりとした時間が一年、また一年と流れていた。
それから何十年過ぎただろう。彼らはそれぞれの一族を率いて二頭の出会いを祝う祭りを催した。
そして、いよいよ祭りも終わりという時だった。
突然一筋の光が白鳴の身体を貫いた。
あまりの出来事に誰もが反応できず只々動けずにいた。そして、白い狐がその純白の毛を紅く染め、地に倒れると誰が最初に叫んだかは分からないが一瞬にして地獄と化した。
辺りは怒りと憎しみで満ち、地形が変わるほど皆が怒り狂った。
それほどまでに白鳴は慕われ、愛されていたのだ。
空にも暗雲が立ち込み、全てが闇に包まれようたした時、それを救ったの他でもない白鳴だった。
命を賭して一筋の光を灯した。その光は安らぎと暖かさを与えた。皆が徐々に落ち着きを取り戻し、そして、怒りが悲しみへと変わった。
それをみかねた白鳴は黒波と息子、娘達を呼んだ。
「クロ、私は君の友でいれてとても楽しく、嬉しかったよ。願わくば、君には今まで通り笑顔で過ごして欲しい。私は先に死ぬけれども、悲しみや憎しみに囚われること無く過ごして欲しい。これが私の最後のお願いだ」
黒波は頷いて一言たりとも聞き逃すまいと必死になって聴いた。
次に、黒波を下がらせると息子達を呼んだ。
「愛しい私の息子、娘達よ。私は間違い無く間も無く死ぬだろう。しかし、悲しんではいけないよ。なぜなら、君たちのそんな表情を見ていたくないからだよ。だから、笑っておくれ。笑って送り出して欲しい。
君たちには私の全てを授けた。だから、これからの一族を率いる身として、強く気高く振舞って欲しい。君たちならきっと出来るさ」
そう言うと息子、娘達は涙で声を滲ませながらも元気良く答えた。
その姿に満足そうに微笑んだ。
「これで安心だ。ただ一つだけ父の願いを聞いてくれるのならば、もし我が友が憎しみに囚われ、優しさを忘れた時は君たちが正しておくれ。頼んだよ。
ふふ、泣いてはいけないよ。君たちの父として私はどう映っていたかは分からないけど、君たちの行く末を見届ける事が出来ないのは我が人生最大の失敗だ。だが、ここまで付いて来てくれてありがとう」
最後に瞼を閉じながら言うのだった。
「クロ、ありがとう」
その日、悲しみの咆哮が響き渡った。
その夜静かに白鳴の葬儀が行われた。
闇夜の中で紅く輝く二つの光。相対すは金色の光。
「そこを退け、シロの息子よ」
その声には誰が聞いても明らかなほどの強い憎しみと怒りが籠っていた。
「ええ、すぐにでも退きましょう。黒波様が元の様に冷静さを取り戻していただけたときに」
「我はいつでも冷静だ。退いてはくれまいか。我が友の息子を傷つけたくはないのだ」
「やはり貴方様は冷静さを欠いておられる。ここを退くわけにはいきませぬ。それが父の望みです」
白鳴の望みと聞いて声を荒げて言った。
「言うてみよ。白鳴の我が友の望みとはなんだっ!」
「貴方様ならば分かるでしょう。父の友である貴方ならば。……父は争いを望んではいません」
「ならば、待てと、耐えよ、と言うのかっ! 我が友が、そなたの父が殺されたのだぞっ! なぜ、じっとしていられるのだっ!」
「答えは変わりません。それが父の望みだからです。その為ならば貴方であっても止めてみせます!」
その宣言とともに現れる白鳴の息子、娘達。
「舐めるなよっ、若造がぁっ!」
怒声とともに黒波の身体は闇に包まれ、尾を、牙を、爪を振るい全てを薙ぎ払い吹き飛ばす。息子達は必死に止めようとしたがあまりの強さに触れる事さえ出来なかった。
黒波は去り際にこう呟いた。
「我はこのような生き方しか知らぬのだ。済まない、シロ」
黒波が出て行ったことでその一族もその場を去った。族長に付いて行くのが使命としていたからだ。
そこから何十年と経った時にある噂が流れた。
それは『黒い九尾が白い九尾に討たれた』と。
その噂が流れ始めたときから徐々に白鳴と黒波の一族の交流は途絶えていった。
そして、白鳴の一族は救いを求める者たちには癒しと安らぎを与え、善狐と呼ばれるようになり、黒波の一族は何かに憑りつかれた様に殺戮を重ね悪狐と呼ばれるようになった。
現在に至っても二つの一族の交流は途絶えたままだ。
◆◆◆
俺は突如頭の中に流れてきた光景に愕然とする。
「何だ、これ?」
「我らが祖の過去だ。これは我ら善狐族で語られる歴史の真実。これを受け継ぎいつの日か悪狐族と和解し、手を取り合う事が使命なのだ。しかし、残念ではあるが我の代では達成できそうもない。頼むぞ。次代の子よ」
そう告げると俺は洞窟から出ていくように言った。
これが継承の儀。どちらが悪いわけじゃないんだけどな。ただ、悲しいな。本来は手を取り合うべき存在だったのにな。
「その顔だと終わったようだな」
「ああ、師匠か。終わりました」
「ふん、今日のところは見逃してやろう。疲れているだろうし、何よりあの光景は堪えるからな」
「師匠でもか?」
「我を何だと思っているのだ? 返答次第ではただでは済まさんぞ。まあ、よい。これを食え。一日休んだら帰るぞ」
師匠はどこかで狩ってきたであろう獲物を放り投げると去っていった。
俺は久々に外で寝た。
目を覚ますと俺は師匠とともに長老に別れを告げに会いに行った。
「銀に小次郎よ、帰るのか?」
「ああ、いつまでもここに居たって仕方ないからな」
「そうか。では、また時間のある時に来ると良い」
「ふん。老けたな、爺」
「さようなら、爺さん」
短い別れのあいさつを交わすと、帰りに俺が倒した銀色の狐とそれよりも更に大きい銀狐に会った。
俺たちを見つけるとあちらから近づいてきた。
「おお、久しぶりじゃないか。銀に、弟子の小次郎君だっけか?」
俺の目の前にいるのは銀色の毛を持つ七本の尾を持つ師匠と同じくらいの大きさの狐と、左目に痛々しい傷を負った五尾の狐。もちろん、この傷は俺が負わせたものだ。だが、改めて見るとひどいな。
そんな俺の心情を察することもなく旧友らしき狐と話している。
「ふん、お前の顔なんぞ見たくはなかったがな。相変わらず騒々しいな、鉄」
銀に鉄か。何か繋がりがあると見た。
「君こそ、その口の悪さは健在のようだね。それよりも弟子の紹介をしてくれないか」
すると、師匠が俺の方をちらっと見た。自分でやれってことか。
「俺は小次郎です。見ての通りまだ三尾です」
すると、鉄は目を輝かせて俺を見た。
「いや、謙遜することはないよ。三尾でうちの弟子を倒したんだからね。それに三尾でそれほど言葉を話すのか……。賢いね。そういえば、弟子の紹介をしてなかったね。ほら銀二、君もすると良い」
そこでやっと頭を下げて入ってくるのが、俺が傷をつけた銀狐だ。あの傷だともう左目は見えないだろうな。
「お初にお目にかかります、銀殿。私は銀二。紹介が遅れましたが、戦の儀ぶりですね、小次郎殿」
ああ、この人、いい狐だわ。丁寧だし、丁寧だし。師匠とは大違いだな。鉄さんもいい人そうだし。なんで師匠はああなんだろ?
「殺すぞ」
そして、この察知能力である。怖いったらありゃしない。もちろん、平謝りだ。
紹介が終わると鉄さんは師匠と話し込み始めたので、俺は銀二さんと話してみた。
「銀二さん、目の事は済みませんでした」
そうこれだけが気がかりだった。謝って治るものではないけれど。ただ、俺の自己満足のためだとしてもけじめは必要だろう。
「いや、気にする必要はないよ。少し間違えれば君がこうなる危険もあっただろうし、それにこうするしか勝つことが出来ないと思ったからこうしたんだろう? 本気を出した結果がこれなら僕も本望だよ」
なんていい人なんだろう! それに師匠の前だからさっきは畏まってたみたいだけど、今はちょっとくだけてて話しやすい。
「ありがとうございます! あの一つ質問があるんですけど師匠と鉄さんってどういう関係なんですか?」
ちょっと困ったような表情をすると答えてくれた。
「君がどういう風に銀様から教えを受けているかは分からないけど、目上の人にはちゃんと敬意を払わなくてはいけないよ。それに私の師匠でもあるのだから」
小声でよく覚えていてほしいという俺もそれに頷いた。もしかしたら、こっちに来てから師匠の影響を受けすぎているかもしれないな。敬うのは当然の事なのにな。
そして、銀二は続けた。
「師匠と銀様は長老様を師に兄弟弟子なんだよ」
なんと!? なら、あの関係性もありうるか。普通なら顔を背けてろくに会話をしようとしないからな、なるほど。
「なら納得ですね。師匠があんなふうにじゃれ合ってる所見た事ありませんし」
「そうだね。私も初めてだよ。あのような師の姿を見るのは」
「もう一つ質問なんですけど、銀狐ってどういう種族なんですか? んー、質問がおかしいな。どういう能力を持つのかのほうが正しいか?」
「ふふ、分かったよ。銀狐を見るのは初めてのようだね。いいよ、教えてあげよう。他でもない同族の頼みだし、それとお節介かもしれないけど他の存在についても説明しようかな」
「お願いします。あ、ちなみに白狐以外は全く知らないのでお願いします」
「そっか、ならほとんど知らないんだね。分かったよ。
まず、僕たち銀狐だけど、これは【硬化術】や【鋼毛】というようなスキルが上がりやすいんだ。だから、守りに長けた者が成るランクだね。
次に――」
このように次々と新しい知識を獲得したのだった。
炎狐。見た目が紅く炎のような毛を持ち、やはり火属性の攻撃に長け、【鬼動術】など力のある剛の者が多いとのこと。
雷狐。見た目は白狐とあまり変わらないが、よく見ると青白い光に覆われているらしい。夜などは明るく照らしてしまうため隠れるという事が苦手らしい。そして、逆に【即神術】や雷属性の攻撃に長けているようだ。
他にもたまに二つのランクの特徴を持ち合わせた者もいるそうだが、基本的には白狐、炎狐、雷狐、銀狐の四種類からなるらしい。
「とまあ、善狐についてはこんなところかな」
「あれ、善狐? その名称を知っているってことは継承の儀を受けたことがあるんですか?」
「うん、前にね。でも、師匠の命があったから、試験官のようなことをしていたんだよ」
それを聞くとますます申し訳ない気がする。
「君が申し訳なさそうな顔をする必要はないよ。仲間を強くするのは歳が上になれば当然の義務だし、それに試験官をしていれば僕自身も鍛えられたしね。
あ、そうそう。悪狐族の事だけど。あまりに交流がないせいか、戦闘に優れているとしかわからないんだ」
「いえ、これだけ教えていただけただけで十分です。ありがとうございました!」
「ん、どういたしまして」
銀二さんとの会話が終わったところでちょうど師匠たちの話も終わったようだ。
「じゃあ、また話せるのを楽しみにしてるよ」
「ふん、俺は特に楽しみではないがな」
「つれないねえ」
俺も銀二さんに頭を下げて師匠の後に続いて住処の洞窟に戻っていく。また、会えることを願って。
「師匠。良い人たちでしたね」
「あれを良い人と判断するようではお前もまだまだだな」
やれやれ、師匠は相変わらずだ。
帰ってくるとこれからのことについて話し合った。
「さて、お前もまだまだではあるが一人前と認められたわけだ。儀式が上手くいったからな、祝ってやろう。何をして欲しい?」
この言葉を聞いて俺は耳を疑った。この言葉を発したのが師匠なのだから疑うのも当然だろう。
「師匠、熱でもあるんですか?」
無言で殴られた。痛い。
「無いなら無いでいいぞ。そっちの方が楽だからな」
まずい、師匠がへそを曲げはじめた。
「あります、あります。ええとですね。……俺と一緒に刀のありそうな場所に行ってくれませんか?」
そう、忘れてはいけない。当初の目的はこれだったのだ。大分遠回りしたが、楽しかったから良しとしよう。美しすぎる造形! そして、斬るという事に費やした無駄のない機能美! もはや美術品だね。
「? そうか、それが望みか。いいだろう、案内してやる。だが、道中はモンスターも出るだろう。修行しながら行くぞ」
「チッ」
当てが外れた!? これじゃあ、師匠と行く意味なんてないじゃないか。
「そうそう上手い話などないという事が分かっただろう。良かったな師匠が我で」
畜生がっ!
こうして、時間は過ぎていく。




