七巻
漆黒の大狼――ウルフ、いや後でわかったことだが略し方はナフィーというらしい――と戦って死にかけてから、何か月たっだろう?
俺はその時よりも一回りほど大きくなっている。それでも、師匠――銀――と比べるとまだまだ小さいため、どれだけ師匠が大きいかわかるだろう。体の大きさ以外にももう一度存在昇華していた。その分能力もパワーアップしているし、分かったこともいくつかある。
まずは、身体。
さっきも言ったが、大きくなったが、ほかにもいろいろと変化があった。とりあえずは【三尾の白狐】となったことで、尾が三つに増えた。これを操るには【操尾術】が無ければ、至難の業となっていただろう。
そして、次に俺たち狐族についてどういう種族なのかが分かった。
狐族というのは尾を操り、火を司り、敵を惑わすというのが一般的らしい。師匠が使う光属性の魔法などは後々の進化の過程によって決まり、同じ種族の中でも能力の差が出るらしい。ちなみに俺はまだそのレベルには達していないため、どこにでもいるようなごく普通の狐族らしい。
そして、進化の過程だがどうやら人型になれるらしい。進化の可能性は奥深い。
もちろん、俺はそれを目指すわけだけども! 刀の為に!
また、修行と同時並行で行っていたのが、この世界での常識を師匠から学んでいた。
まずは地理。
俺たちがいるのはアンファーデアという大陸で、住んでいるこの山は御霊山と呼ばれている。ここを中心に西に行くと龍や妖怪が住む場所があり、東にはエルフ――魔法に長け、軽快な動きをし、長い耳を持った容姿の整った人間――や虫の形を模したモンスターの住む森や、ドワーフ――鍛冶や細工などを得意とし、手先が器用で強い力を持つ背の低い人間――やドラゴンといった強力なモンスターが住む火山や鉱山。これらが点々と存在し、その先には広大な砂漠。砂漠のさらに先には俺を襲った狼人間が住む国があるらしい。
また、国として機能しているのは狼人間のところぐらいで、エルフやドワーフというのは小規模で各地に点々としているために国と呼ぶにはあまりにも小さな集まりでしかないようだ。
さらに、ここで言う龍とドラゴンの差は知能と力の差であるらしい。龍は賢く平和を好むのが多いのに対し、ドラゴンは強大な力を持ち争い好むという。
他にもホビットや鳥人間などの大小さまざまな種族が生息している、らしい。師匠ですらその全てを一生のうちに見ることは出来ないだろうと言っているのでその多さが分かるだろう。
新たに手に入れた狐族特有のスキルを見ていこう。
【狐火】
MpとSpを消費して、相手に幻術をかけたり、火傷させたりすることが出来る。
【伸縮術】
体の一部分を伸ばしたり、縮めたりすることが出来る。
そして、【火属性魔法・中級】にランクアップしており、イマイチだった威力が上がっている。
これらが新しく手に入れたスキルである。そして、問題なのは能力だ。最近、体力がつきにくくなっている。というのも全力で戦える時間がなかなか伸びないことで気が付いた。本来ならば、このような事はないようだが、【成長促進】のおかげで上限に近づきつつあるという事だ。これは俺の経験則と師匠からの話に基づいて考えているため、ほぼ間違いない。
さて、俺が何のためにこのような事を行っているかというと昨日師匠に言われたことが関係している。
◆◆◆
「小次郎。そろそろお前も外に出てもいい頃だろう」
その言葉に否応なく俺は食いついた。
「本当ですか!? 師匠!」
「ああ、本当だ。だが、その前に一つ試験のようなものを受けてもらう」
試験? なんだか、嫌な予感がするな。
「それは如何なるものなのでしょうか?」
「狐族伝統の儀式だな。なに、心配することはない。ちょこっと戦って力を示せば一人前と認められるだけの簡単なことだ」
ハッハッハ、と笑う師匠に対して危険な臭いがした。
戦い、だと? 危険なのか? だとしたら是非とも遠慮したい。こういう風に師匠が言い出したという事は一定の基準以上の実力が備わってきたという事。なら、なぜわざわざ危険な方を選ばなければならないんだ。ただでさえ前世の死因があれだから、こういう事には忌避感を持ってるんだが。
そう考えるとすぐさま体を翻し、逃げ出そうとした。
「今までお世話になりましたっ」
だが、それも一瞬で長い尻尾に絡め捕られ動けなくなった。
「待て待て、そう焦るでない。その気持ちはよーく分かるぞ。居ても立っても居られないのだろう? すぐに我が連れて行ってやるから準備をすると良い。今回だけだぞ」
何も分かってねええぇ。絶対楽しんでやってますよ。それも俺の気持ちを読み取ったうえでだ。だからこそ性質が悪い。クククとか悪そうな笑みを浮かべているし。この性悪師匠め。
そして、俺は渋々参加することとなった。
◆◆◆
師匠に連れられて来たのは石で造られた祭壇が印象的な大きな洞窟の前にいた。
中から出てきたのは師匠と同じかそれよりも一回りは大きな体を持つ七尾の白狐を二頭連れた八尾の年老いた白狐。
「よく来た。久しいな、銀よ」
年月を感じさせるような渋い声の主に師匠は軽く頭を下げた。
「思ったより元気そうだな爺」
不遜な言い方に爺と呼ばれた老いた狐は笑うが、脇にいる狐たちは師匠に殺気を放って威嚇する。もちろん、そんなことで師匠が態度を改めるはずもない。
「そのような口のきき方をするのもお前くらいだな。して、何用だ?」
「ああ、弟子に儀式を受けさせに来た」
「ほう、弟子とな。どれどれ」
老狐はそう言って俺の方にを細い目を向けた。
なかなかの迫力である。師匠の方をちらりと見ると、したり顔で頷いている。堂々としろというのはこういう事だったのか。師匠の真似をしろ、と?
いやいや。無理だろ。そんな口のきき方をしたらお付きの方に殺される。
首を横に振ると、師匠が睨んできた。
まあ、いずれ死ぬし、それが遅いか早いかだよな。なので、睨むのやめてください、師匠。怖いです。
「俺は小次郎。師匠に連れられてきた。よろしく頼むよ爺さん」
これが最大限の譲歩だ。無理やり言わされているんです。だから、許してね?
「ククク、師がこれであれば、弟子もこうなる、か。なかなか面白い。小次郎よ、儀式まで暫し待っていろ」
そう言うと老狐は洞窟の中に入って行った。お付きの方は……はい、そうですよね。凄く睨んでおられます。誰を睨んでいたかは言うまでもないだろう。
「なかなか面白かったぞ。馬鹿弟子よ」
俺が窮地にいたのを楽しんでいやがったな。この鬼畜師匠が。
「……それはなによりです」
「そう不満そうな顔をするな。流石は我が弟子と褒めてやるぞ。あいつらにはこれからも睨まれるだろうがな」
誰のせいだ、誰の!
「すぐに準備も整うだろう。それまで肩慣らしをしておけ。あの土俵の上で行うから、場所も見ておくと良い」
視線の先には四方を赤い鳥居で囲われた広い土俵があった。不思議とそこは雪が降り積もっていなかった。
なぜだ?
「疑問を持ったか。あそこには光属性の魔法と特殊な術式が組まれていて、半永久的に普段は何人たりとも立ち入れないようになっているのだ。儀式を行う神聖な場だから当然だがな」
俺は神聖な場とかいう、まともな概念が師匠に有って安心したよ。
「痛っ」
そんなことを思っていたら不意に殴られた。殴ったのはもちろん師匠だ。
「自分の胸の内を問えよ」
畜生が。
そんなこんな緊張と体をほぐしていたら、さっきの老狐が出てきて俺ともう一人、いやもう一頭を呼びつけた。
そして、土俵の中で向き合う。目の前にいる奴が今回俺の相手だろう。
というか大丈夫か。こんな奴を相手にして。なにせ俺よりも二回りはでかい。しかも、尾が五つもある。少なくとも二回は多く存在昇華しているという事だ。勝てる気がしないんだが。そして、この期に及んでも笑みを浮かべている師匠も性格が悪いことが分かるだろう。
「小僧、気の毒だとは思うが俺の相手になったことと師匠を恨むんだな」
そう言って、話しかけてくる五尾の狐。その声は心底同情してくれているようで、泣けた。
「いえ、大丈夫ですよ。慣れてますから」
「そうか」
向けられる視線がより一層憐憫を含むものとなったのは気にしないでおこう。
短い問答が終わると両側に離れた。
すると、師匠が近づいてきた。励ましの一言でも言ってくれるのだろうか?
「よく聞け、小次郎。これは儀式だ。必ずしも勝つ必要はない。だがな、俺の弟子である以上は勝てよ。負けたら師弟関係は解消。モンスターどもが集まる所に放り込んでやるからな」
いつも通りの師匠で安心したよ。だけど、この理不尽さには泣いてもいいよね?
「両者準備はいいか? 勝敗はどちらかが戦えなくなるまでか、降参を認めるまで。原則として殺してはならぬがやむを得ない場合があるだろう。その場合は不問とする。では、始めっ!」
開始の合図とともに俺は相手に突っ込んだ。
【炎よ(フレイム)】
火属性の中級魔法を使う。これの目的は目暗ましだ。
「ほほう、向かってくるか。もっと慎重な性格かと思っていたが面白い」
それを避けるまでもなく、受ける。体毛が輝いていたことから【鋼毛】や他の防御手段を持っているのだろう。もしくは能力値が違いすぎて避けるまでもないのかもしれないが。
ここで相手のステータスを確認しておく。
五尾の銀狐
位階:七位
あれ? 勝てる気がしないんですけど。
だけど、始まってしまった以上止められない。しかも、銀狐なんて見たこともない種族だ。どういう能力を持つのかもわからない。
銀狐の右側から突っ込む。少なくとも相手にはそう見えているだろう。事実それに反応して動いていた。
狙い通りだ。
ここで新しく手に入ったスキルの有用性について説明しておこう。【狐火】と【狐神の寵愛】だ。この二つの組み合わせは反則と言ってもいいだろう。体力と魔力をつぎ込めばつぎ込むほど【狐火】の効果は高くなる。そして、【狐神の寵愛】はこの種族固有スキルの効果をさらに高めてくれる。このおかげで【狐火】は相手に幻覚を見せ、俺は逆方向から攻撃を加える。幻術主体の戦い方が出来るようになった。どの位凄いかというと全ての体力と魔力を一気に注ぎ込めば師匠でさえも一瞬騙せるほどだ。前に騙した時はすぐにばれてひどいめにあったから、もうやりたくはないが。
とまあ、こういう戦い方が出来るわけだが相手が強ければ強いほど燃費が悪くなるという事だ。ある程度ダメージを与えたら体力と魔力が無くなる前に仕上げをしないとな。
さらに難点はある。相手の視覚しか誤魔化せないという事だ。鼻を使えば見破られてしまうだろう。それに、実際にダメージを与えれば痛みに疑問を覚えるだろう。そのために攻撃したら離れる。それを繰り返すしかないのである。
効率よくダメージを与えるために俺が取った攻撃方が零距離での魔法攻撃だ。いまだ、俺の幻覚は辺りを走り回って撹乱しているだろう。幸いにも防御の姿勢を取るだけで迎撃していないため、恐怖感を抑え込めば簡単に近づける。そう、相手の顔の前に近づいたりね。それに師匠に悪戯した時と比べればこの程度の恐怖どうってことない。それに慎重を期して、【伸縮術】を使い、尾だけを伸ばいている俺に死角はない。
そして、あらかじめ体内のMpを練り、高めておいた最高の一撃を放つ。
【炎の槍よ、貫け!】
卑怯だとは思うかもしれないが、相手の最も防御の薄い部分を狙う。それは目だ。見えなくなっても死ぬよりはましだろうと覚悟を決めて狙い、放った。
次の瞬間、炸裂、そして爆発。
まだ攻撃の手を緩めない。緩めるわけにはいかない。まだ、相手は崩れ落ちることなく立っているのだから。
【炎の剣よ、斬れ!】
剣と言ってもより深く斬れるであろう日本刀をイメージして作りだした。本数は切りがいいように10本。一斉に振り下ろした。
煙が晴れるとそこには左目から血を流し、体中に深い切り傷を負った銀狐が立っていた。
「幻術で惑わし、一気に決めるか。見事だ」
そう言うと大きな音を立てて倒れた。
「勝った。勝ったぞー!」
俺は天に向かって吠えた。そして、膝をつく。俺もかなりギリギリだったからだ。【狐火】で体力と魔力を使い、炎の剣の魔法を多重発動させるために残りの魔力では足りなかったため、体力を消費して、代わりに使った。そのために立っているのも辛かった。
「よくやった。流石は我が弟子だ。これからは――」
珍しく師匠が俺を誉めていたが、ちゃんと聞くことは出来ず意識を失った。
名前:小次郎
種族:三尾の白狐
位階:四位
スキル:【魅惑の瞳】【魅了・弱】【鋼毛】【迷彩】【操尾術】【見切り】【身体強化術/早/速/力/硬/神】【狐火】【伸縮術】【火属性魔法・中級】【成長促進】【災厄】【長寿】【狐神の寵愛】【??へと至る道】




