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誘われし狐  作者: こう茶
1/44

前巻‐壱‐

歴史ものではありません。

転成ものです。

 時は戦国。場所は越前国。ここに剣の道を極めんとする少年がいた。






「ハッ」


 日も昇らぬ、薄暗い中で一人の少年が熱心に剣術の型の流れを確認している。手には良く使い込まれているであろう木刀が握られている。柄の部分は薄汚れ、手のひらにはいくつも血豆がつぶれた跡がある。

 少年はいつも朝早くから修練しているが、今日はいつにもまして熱が入っていた。


 それはなぜか? 


 今週末に武術大会があるからだ。そこでより良い成績を残せば、武家には成れずとも武芸者としては箔が付くと考えていた

 ちなみに少年の実家は大きな商家である。特に不自由なことなど一つもなく、自分の好きな事をしている。昼間は道場に通い、夜だけ日が暮れてから、次の日の準備を手伝うという生活を送っていた。商家の息子がなぜ剣を握るのだと奇異な目を受けても尚、気にせず道場に通わせてくれる両親に少年は頭が上がらない。

 武芸者として名を馳せたいのにはわけがあった。少年が何よりも刀を好んでいるという事。うっすらと刀身に浮かぶ波紋の曲線に芸術的なまでの造形美。そして、あの切れ味。実用性もあり、そして美術的価値も高いとあれば、あれ程芸術的価値のあるものはないと思っていた。

 もちろん、刀を振るい己が身を鍛えるのも好きである。一心不乱に、心を無にして構える時、少年は世俗のくだらないしがらみから解放されるような気がするのだ。

 家業を継ぎ、商いをしながら、刀を見たり、振るったりする事は出来る。だが、それでは自分の人生があまりにも味気ないというか、世間の目を受け、作られ強いられた道を歩むだけでは刺激がないように感じられた。

 そうならない様にと幼いころから鍛え上げられていた少年は他の商家の友人達、武家の同年代のものたち比べても抜きん出たものとなっている。


「フフッ」


 少年の様子を眺めていた老人は少年の様子に不安を覚えた。気でもふれたかと。


「ハハハハハッ」


 一しきり笑うと、やがて声が小さくなりとまったが、こんな朝早くでなければ、より一層奇異の視線を向けられていただろう。

 だが、先月の出来事を考えればそれも納得できた。

 先月、師範に呼び出された少年は鐘捲流かねまきりゅうの免許を受け取っていた。

 鍛えられた身体と精神は武術の才も開花させた。


「お主を次期越前国の御当主様の指南役に推薦しておいた。お主ならば、学もあり、腕もたつ。よって選んだ。異議はないな?」


 少年はその師範が何を言ったのかすぐには理解することもできなかった。だが、理解とともに表情が喜色一色に染まっていった。落ち着くと冷静に判断を下し、自分が置かれている状況を把握していった。

 つまり、少年がこの藩の当主の指南役になれる可能性が出てきたということである。ここから、推薦を出した師範の権力の高さが窺えるが少年は気付かない。 

 そのまま嬉しさのあまり飛び上がった。


「はい! ありがとうございます!」

 

 だが、ここで終わらないのが、この師弟関係だ。少年が浮かれていると見るや否や、拳骨を落とし、くどくどと説教を始めた。そして、最後の最後でポツリと重要な事を漏らした。とは言ってもよく考えれば分かる事だったため、その結果については少年に非がある。


「まだ、お主と決まったわけではない。今度の武術大会で優秀な成績を収めた者を召し抱えるそうだ。あと一か月、励めよ。ハッハッハッハ!」


「は!?」


 時間がたった後でならば、自分が悪かったと認めるかもしれないが、今の少年には天国から地獄へと叩き落とされた気分だった。

 だから、動いた。咄嗟に後ろから木刀を構え、襲い掛かった。


 結果として少年の動きを察知した師範に片腕を折られ、組み伏せられた。

 後ろからきりかかる少年をいとも簡単に打ち倒す技量まさしく化け物と呼ぶに相応しい。

 それでも、大事な大会前に弟子の腕の骨を折ってしまった事を悔やみ、なし崩し的に免許を皆伝することになった。この師範としても少年の技量が十分なものだということは認めていたので問題はなかった。

 このような出来事を乗り越え少年は今日も修行に励む。


 



 大会を明日に控えた少年は修練を早めに切り上げ、家の手伝いもそこそこに英気を養った。鈍らない程度に軽く体を動かすと両親たちと談笑してその日を過ごした。


 しかし、そこは武術大会明日に控える身。緊張して目を覚ましてしまう。そこで近くの神社にお参りに行く事に決めた。 

 ここは稲荷神社と言い、鳥居をくぐると、二匹の狐が出迎え、道中の安全、健康や怪我、家内安全に司ると信じられている。縁日の時期はとても賑わっていて、少年も家族と一緒に祭りや初詣で必ずここに来ている。

 少年は常日頃から神に祈りをささげるような信心深い性格はしていない。だが、商家で培った経験と根性は神であっても使えるものは使おうという考えに至らせた。

 だからこそ老人はほくそ笑む。面白い、そして、運命に逆らおうとするその姿は選ばれし者に相応しいと。

 

「明日、起きたら腕が治っているように」


 無理だと思っていても、わずかな希望を胸に抱き、手持ちの金銭を全て投げ入れた。


2013年1月11日一人称から三人称へと変更いたしました。

前巻のみの改稿です。順次変更していきます。

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