その⑯ 真冬の夜の花見
今日は満月か・・・
深夜の帰宅途中に薄白い夜空を見上げた。
今日の日中は暖かな日差しに照らされて、
晩冬とも思えるような陽気だった。
でも今は厳寒。
昼間とは打って変わって厳しい冷え込みが辺りを覆っている。
体感温度は-20℃といったところか。
こんな昼夜の寒暖差が大きい日の、
特に今日みたいに冷え込んだ夜には、川から霧が上がることがある。
その霧が、葉が散った木の枝先に凍りつき
真冬の夜にしか見ることが出来ない
見事な満開の霜花を咲かせることがあるんだ。
それが満月と重なった日には特別なことが起こる。
それは・・・妖精たちの冬の花見だ
何処からともなく聞こえてくる楽しげな声。
その声の出所を探すと、
月光に浮かび上がる、満開の霜花を咲かす木の1本に、
妖精たちが集まって真冬の花見をしている。
集まっている妖精たちも様々だ。
小動物の半身を持った妖精たちが自慢の楽器を奏で出すと
羽をもった妖精たちが踊るように枝の間を飛び回り、
その木の下で雪の妖精たちが歌声を響かせる。
全身毛むくじゃらの小さな雪男の様な老妖精たちが
杯を片手に月のしずくをあおり、
それを眺める雪女の表情もどこか楽しげだ。
「おーい、オゼリアプルート。お前も一緒に一杯やらんか」
僕に気がついた老妖精が声をかけてきた。
「遠慮しとくよ、君たちの酒は人間には強すぎる」
満開の霜花 飄零のさざめき
月の光だけじゃない。
街灯の灯りにも照らされながら、時折吹くそよ風にキラキラと散る行く霧花の鱗片を見ながら
その一瞬の美しさを心に刻んでいく。
翌朝、朝日を受けて霧花の散った裸の枝を見て昨夜の賑わいが嘘のように思えた。
でも、あの美しさは心の中に残っている。
電線の上の雪女の歌声を聞きながら、夢と現実の狭間
そんななんともいえない寂しさを感じた出勤途中の風景だった。