エルミナ限界回 それでも私は、見習いだから
朝。
エルミナは、
いつもより少し早く目が覚めた。
理由は、
分からない。
ただ、胸の奥が
ざわついていた。
制服に袖を通しながら、
鏡を見る。
顔は、
いつも通り。
ちゃんとした、
見習い衛兵。
「……よし」
そう言って、
小さくうなずく。
巡回。
報告。
書類。
一つずつ、
完璧にこなす。
誰も、
何も言わない。
だからこそ、
崩れなかった。
昼前。
魔導具庫の前で、
隊長に呼び止められた。
「エルミナ」
「はい!」
声は、
よく通った。
「隔離の件だが」
その言葉で、
胸がきゅっと縮む。
「予定通りだ。
特例は出ない」
「……承知しました」
即答。
考える前に、
口が動いた。
「君の判断は正しい」
そう言われた。
それが、
余計につらかった。
午後。
巡回ルートを、
少し外れた。
ほんの、
数歩。
牢屋の前。
誰もいない。
分かっている。
それでも、
足が止まった。
「……」
声を、
出さない。
出したら、
終わる気がした。
戻ろうとして、
扉の前の床を見る。
小さな傷。
前に、
アキトさんが
鎖を引っかけて
謝った跡。
「すみません……」
って。
喉が、
詰まる。
「……」
何も、
言えない。
夕方。
訓練場。
剣を振る。
一振り。
二振り。
重い。
腕が、
思ったより上がらない。
「っ……!」
三振り目で、
剣を落とした。
「大丈夫?」
同僚の声。
「はい!」
反射で答える。
でも、
立ち上がれない。
視界が、
揺れる。
「……少し、
休みます」
そう言って、
背を向けた。
裏の通路。
誰もいない場所。
そこで、
膝をついた。
「……なんで」
声が、
漏れた。
「なんで、
こんな……」
止めようとして、
止まらない。
「私、
ちゃんと……」
言葉が、
続かない。
見習いだから。
仕事だから。
正しい判断だから。
何度も、
自分に言い聞かせた。
それでも。
「……アキトさん」
名前を、
呼んでしまった。
手が、
震える。
制服の袖を、
強く握る。
「会いたいなんて、
思っちゃ……」
声が、
掠れる。
「いけないのに……」
ぽとり。
床に、
落ちた。
何が、
落ちたのか分からない。
エルミナは、
深く息を吸う。
そして、
ゆっくり立ち上がった。
顔を、
拭く。
目を、
閉じる。
「……私は、
見習いです」
そう言って、
歩き出す。
その背中は、
まっすぐだった。
壊れる寸前で、
なんとか、
立っていた。
正しい選択ほど、心を壊す音は静かだった。




