夜のパンツ怪談
牢屋の夜は、静かすぎる。
月明かりが鉄格子から細く差し込み、
三人はそれぞれ寝る準備をしていた。
アキトは布団に横になりながら、疲れた声をこぼす。
「……今日はもう寝る……頼むから静かに寝たい……」
「はいっ! わ、私も寝ます……!
アキトさんの寝相から身を守るために……この盾を抱えて!」
「え、なんで盾持ってるの?」
「アキトさん、寝相で壁にめり込むから……!」
「そんなひどくないだろ!?」
ラーデンは枕を整えながら言う。
「まあまあ……夜は静かにせんとの。
“呼ぶ”からな」
「呼ぶって何!?」
アキトとエルミナの声が重なる。
その瞬間
ひそ…………
ひそひそ……
(……ご主人……)
アキト「うわもう来たァァァ!!?」
エルミナ「パンツ!? 夜のほうが声近くなってません!?」
ラーデンは微動だにせず。
「ふむ……夜の“残響濃度”が増しとるな」
声は、鉄格子の影の奥から聞こえる。
(……ご主人……
今日も……仕事……できませんでしたねぇ……)
「悪意が強い!!!」
アキトが飛び起きる。
エルミナは盾ごと震えながら叫ぶ。
「パンツのくせにトゲトゲしてる!!」
ラーデンは涼しい顔で言う。
「幽霊は時に、生者の弱点に触れてくるものじゃ……
パンツは……弱点そのものじゃが」
「言い方!!」
アキトのツッコミが夜に響く。
声が近くなる。
まるで布一枚が床を這うような、やけに生々しい音とともに。
ずる……
ずるる……
「ちょ、待って、なんか音してない!? なんか布っぽい音してない!?」
アキトが布団を抱えて後退。
エルミナは盾を掲げて悲鳴。
「こ、これ絶対パンツさん歩いてます!!
布は歩かないのに歩いてます!!」
ラーデンは目を閉じて言う。
「うむ。呪物の幽霊化は、霊体となって“音だけ現世に漏れる”こともある。
つまりあれは」
(……ご主人のために……近づいてるんですよぉ……)
「来んなぁぁぁぁぁぁ!!!」
アキトの叫びが牢屋を揺らす。
ひそ……
ひそ……ひそ……
(……ご主人……
今日……寝返りで……隣の部屋に……ワープするかもしれませんねぇ……)
「そんな寝相あるか!!!」
アキトが涙目。
ラーデンはもっと恐ろしい推測を口にする。
「アキトの寝相は魔力暴発と結びついとる。
ワープはありえる」
「やめろラーデン!! そんな正確な分析いらねぇ!!」
エルミナは震えながらアキトの背中にくっつく。
「ア、アキトさん……怖い……パンツさんが……怖い……!」
「俺だって怖いわ!!」
(……大丈夫ですよ、ご主人……
眠れぬ夜は……パンツが添い寝……しますからねぇ……)
アキト「やだあああああああああ!!!」
エルミナ「来たぁぁぁぁ! 添い寝宣言きたぁぁぁ!!」
ラーデン「これはもう“パンツ怪談の最終段階”じゃな」
急に、牢屋が静まる。
あまりにも静かで逆に怖い。
「……いなくなった……?」
アキトの声が震える。
ラーデンは耳を澄ませる。
「いや……最後の“置き土産”が来る」
「置き土産!? 何それ聞きたくない!!」
そして。
ひそ……
(……ご主人……また明日……職を失う未来……見えましたよぉ……)
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
アキトの悲鳴が夜空へ突き抜け、
パンツの残響はようやく消えた。
牢屋には、変な汗と疲労だけが残った。
今日も牢屋は……囁くんだ。パンツの方が、よく見てるって。




