領主様、ついに“牢屋に泊まる”
夜。
牢屋の通路は、静かで、湿気だけがやけに主張していた。
わたし、エルミナは、今日こそ失礼しないと心に誓いつつ、アキトさんの寝かしつけ(仕事後に勝手に倒れただけ)を終えたところだった。
そこへ
「こんばんは。今日の巡回はここからだ」
領主様、また来た。
わたしは即座に姿勢を正した……つもりが、張り切りすぎて足をもつれさせて転んだ。
「……なんで挨拶で倒れるんじゃ、お前さんは」
低い声が後ろから響く。
ラーデンだ。
この牢屋のベテラン囚人で、なぜか誰よりも態度が領主様にでかい。
「りょ、領主様! よ、ようこざ……ございますっ!」
「かんでおるぞ」
「ひっ……!」
ラーデンの突っ込みは、地味に刺さる。
領主様は苦笑しつつ、牢内を見渡した。
「アキト君は?」
「寝とる。今日も魔力検査でミンチにされかけとったわ」
と、ラーデン。
「ミ、ミンチにはされてません!! 一応、生きています!!」
と、わたし。
二人の説明が食い違うのは日常だが、領主様はもう慣れているらしい。
「……ふむ。では決めた」
領主様はゆっくり宣言した。
「私も今夜はここに泊まろう。」
牢屋、シーン……
わたし、フリーズ。
ラーデン、鼻で笑う。
「ほぉん。物好きな領主様じゃのう。わしらの寝床は湿気とカビの上等セットじゃぞ?」
しかし領主様は動じない。
「湿気は健康に良いらしいし、カビは焼けば食べられる」
「食べる前提ですか!?!?」
わたしの叫びに、ラーデンが腹を抱えて笑った。
「はっはっは! ええのう領主様、気に入ったわ!」
そしてラーデンは勝手に話を進める。
「ほれエルミナ、領主様の寝床作りじゃ! いつもの“歓迎の特製布団”持ってこい!」
「は、はいっ! 特製布団!!」
……と言った瞬間。
「あ、それ藁束に魔力かけすぎて爆発したやつだろう」
とアキトさん(寝言気味)。
「アキトさん!? 寝てるのに正しい!!」
本当にこの人は何なんだ。
とにかく、わたしは慌てて掃除を始めたのだが
「うおおおおっ!? エルミナ、その魔力ほうきはまた暴走しとる!!」
「うわあああああ止まれーーーー!!!」
ラーデンの叫びと共に、ほうきが高速回転して牢内を飛び回る。
「エルミナ君、それは掃除ではなく攻撃だ!!」
と領主様。
「違うんです違うんです違うんです!! 止まってほしいんですぅぅ!」
ほうきはアキトさんの寝床へ突っ込み
「……ぐへ」
アキトさん、また目を開ける。
「……じいさん。エルミナを止めてくれ……」
「無理じゃ」
「無理なんです!!」
三人の叫びが牢屋に響き渡った。
結局
大混乱の末、ほうきはラーデンが素手でへし折って鎮静。
そして領主様は、その騒乱のど真ん中で、満足げに微笑んだ。
「ここは実に面白い。泊まる価値がある」
「頭おかしいんじゃないですか領主様!?」
「領主様!? こんな牢屋に泊まるなんて、心が広いどころか、もうなんか別の境地です!!」
わたしが叫び、
アキトさんは寝ながら「もう無理……」と呟き、
夜は更けていった。
今日も牢屋は……権力より先に、常識が死んだ?




