アキト、魔力検査係になる
牢屋の朝は、今日もゆるい。
鉄格子越しに差し込む光が、アキトの寝相を丁寧に照らし出し
その寝相があまりに“走り高跳びの途中のポーズ”だったせいで、
看守が軽く引いていた。
「アキトさん、起きて。今日ね……すごい人が来てるの」
エルミナが耳元でささやく。
いつも通りかわいい声で、いつも通り緊張感ゼロだ。
「……すごい人って、牢屋に来る人はだいたい間違えて入ってくる人だよな」
「今日は違うの!研究所の人!」
「研究所!?」
その瞬間、牢屋の扉がガチャリと開き、
白衣の男が勢いよく入ってきた。
「君が噂の……“歩く災害源”だね!」
「そんな自己紹介された覚えはないんだが!?」
後ろからラーデンじいさんがニヤニヤ顔で登場する。
「おお、ようやく気づいたか。こやつはな、ただの災害じゃなく“高品質災害”じゃ」
「じいさん黙ってて!?」
「で、研究所としては正式に君を雇いたい。職名は《魔力検査係》だ」
白衣の男は胸を張って言う。
アキトは混乱しながら首を傾げる。
「いや、俺……魔法なんて使えないし」
「使えないからいいのだよ!」
「はあ!?」
エルミナが補足するように説明する。
「アキトさんって、ほうき折るし、ドア吹っ飛ばすし、触っただけでランタン爆破するでしょ?」
「言い方ひどくない!?」
「全部、魔力が漏れてるからなんだって!」
「やっぱりひどい説明では!?」
白衣の男は震える手でノートを掲げた。
「君の魔力量、仮測定で“宝石級魔術師の十倍”だ!」
「なんで俺はそれを知らないんだよ!」
「漏れてるからさ!」
「そこを誇らしげに言うなよ!」
「安心したまえ、仕事内容は簡単だ」
白衣の男は、牢屋の中に巨大な“壺のような装置”をゴゴゴッと設置した。
金属製で、窓ガラスのような板がついている。
内部はなぜかクッション多め。研究所の意地を感じる。
「この中で五分ほど“じっとしているだけ”。それが君の仕事だ!」
「じっと……?」
「そう! その間に漏れる魔力を私たちが計測する」
「……え、ただじっとするだけなら働ける気がしてきたぞ」
アキトは感動すら覚える。
人生で初めて“できそうな仕事”を与えられたのだ。
「ただし!」
白衣の男が指を立てる。
「君が動揺したり、恥ずかしがったり、くしゃみしたりすると」
エルミナが乗り気で続ける。
「爆発します!」
「やっぱり俺の仕事だけ難しくない!?」
ラーデンじいさんが背中をポンと叩く。
「まあ頑張れ。お主なら五分くらいは持つじゃろ。三分は爆発するじゃろがな」
「励まし方おかしいだろ!?」
それでもアキトは、装置の中に入った。
ぴったり閉めると、外の声が少しだけ遠くなる。
(……よし。じっとしてるだけ。余裕だ。今日こそ働くぞ俺……!)
しかし。
「アキト、がんばってね……!後で差し入れ持ってくるから……!」
外からエルミナの声。
次の瞬間、
アキトの耳に“パンツの残響”が囁いた。
(……ご主人……今日も爆ぜろ……)
「やめてくれぇぇぇぇ!」
ボンッ!!!!
牢屋の床が小刻みに揺れた。
「おお、今日のは派手じゃのう」
「エルミナ君!計測器がまた爆発した! しかし貴重なデータが!」
「アキト、すごい!今日は昨日より魔力濃度が高いよ!」
「褒められてる気がしないんだけど!?」
扉が開き、煙が立ちこめる中でアキトは咳き込む。
「……これ、本当に“じっとしてるだけの仕事”なのか?」
「もちろんだとも!」
白衣の男が胸を張る。
「君さえ我慢すれば、世界最高の測定結果が出せる!」
「……働いた気がするんだけど、働かされた気もするんだけど!?」
その日の記録にはこう残った。
“アキト、本日より正式に《魔力検査係》として採用”
“一日目、爆発三回。健闘”
“牢屋の壁、少し黒こげ”
エルミナはこっそり記録帳に書き足した。
(アキトさん、働く姿かわいい……)
ラーデンはその横で笑った。
「おお、賑やかになってきたのう。この牢屋も」




