ラーデンじいさん、ついにターゲットになる
その日、牢屋はいつもより穏やかだった。
ラーデンが昼寝を始めると、
エルミナがそわそわとアキトの袖を引っ張った。
「アキトさん……今日は、いけます」
「なにが?」
「“イタズラ返し”です。前の仕返しをしなと……!」
アキトは驚いた。
「エルミナって、怒るんだ……?」
「怒ってません。ただ、悔しいんです!」
言う割に、目はキラキラしていた。
完全に楽しんでいる。
「で、何するつもり?」
「必殺
《無害☆髪フワフワ魔法》!!です!」
「絶対に無害じゃない魔法の響きだ……」
エルミナは木箱の影から、手のひらサイズの魔力球を取り出した。
「これは、髪をふわふわにして、
動くたびになぜか“春の妖精の香り”が出る魔法です!」
「……それ、男のじじいがかけられたらどうなる?」
「妖精の香りが……出ます!」
「悪意は?」
「ありません! ちょっとだけあります!」
もう止まらないエルミナに、アキトは観念した。
「……いまなら、寝てるしな」
二人はこっそり寝転がるラーデンに近づく。
白髪が胸の上にだらんと垂れ、
老人とは思えないほど平穏な寝顔。
アキトはひそひそ声で言う。
「……本当にかけるぞ?」
「はい……! 行きましょう……!」
エルミナが両手で魔力球をそっと抱えるように持ち、
ラーデンの頭上に掲げ
「《ふわふわスプリング・スタイル》……ていっ!」
ぱあんっ!
光が弾けて、ラーデンの髪に吸い込まれた。
その瞬間、
白髪が
ふわっっっっさああああ!!!!!
桜の香りとともに、春の妖精が宿ったかのように立ち上がった。
アキトは目を丸くした。
「……すげぇな。
現代で言うところの“湿気爆発ヘア”の最終進化形だ」
「成功です!!」
「成功って言っていいのかこれ……」
二人が感動と罪悪感で騒いでいると
「……ん?」
ラーデンのまぶたがピクリと動いた。
「やばいっ……!」
アキトがエルミナを引っ張って壁際へ隠れる。
ラーデンが起き上がり、
ふわっさぁああの髪を揺らしながら首をかしげた。
「なんだ……?
儂の髪だけ、春が訪れておる……?」
その一言がもう面白い。
そして、ラーデンはゆっくり立ち上がり、
髪を一振りする。
ふわっさああああああ(桜の香り)
「…………」
「…………」
アキトとエルミナは、もう限界だった。
エルミナは口を押さえながら震え、
アキトは壁に頭を打ちつけて笑いを堪える。
ラーデンは気づかない。
「ふむ、春か……。
歳をとると、季節の移り変わりにも敏感になるものだ」
完全に勘違いしている。
その様子を見ながら、エルミナが小声で言った。
「……ばれませんでした?」
「いや、絶対あとで気づく」
「どうしましょう……」
「逃げ道はないな」
しかし、その日の夜。
ラーデンは鏡を見て静かに言った。
「ふむ。悪くない。
これほどの髪は久しぶりだ」
……どうやら本気で気に入ったらしい。
「……今日もこの牢屋は、自由すぎるのだった。」




