隊長が実は気に入ってる
隊長が怒鳴り散らして去っていったあと。
牢屋には、乾いた静寂だけが残った。
「……やっぱり怒らせたよなあ」
アキトが頭をかく。
「まぁ……まあ、反省、する……?」
エルミナはしおしおとハーブ飾りを手にしたが、どこか惜しそうにしている。
「ワシはもっと派手にしたほうがええと思うがなぁ」
ラーデンじいさんは、既に石床に落書きを再開していた。
そんな中。
ギィ、と微かな扉の軋み。
「……ん?」
アキトが振り返る。
廊下の影に、さっき去ったはずの隊長がこっそり戻ってきていた。
ドアは開けない。
影に隠れたまま、牢屋の中をじっと覗き込んでいる。
(あれ……? 気のせい?)
アキトが目を細める。
隊長は気づかれぬよう、ほんの数秒だけ視線を動かした。
ハーブ飾り → 壁の布 → ラーデンじいさんの作った石床アート → ふわっと漂ういい匂い
そして、誰にも聞こえないくらいの声で、ぽつりと呟いた。
「……悪くない……雰囲気だな」
すぐに自分でハッとして、首を振る。
「いかん。これは職務に支障が出る……! 装飾は……いかん……!」
そう言いながらも、視線はまたハーブへ戻ってしまう。
「アキト。これ、やっぱり片付けないと……」
エルミナがハーブを持ち上げた瞬間。
ひらっ
ハーブの端が落ち、空気がふわりと揺れた。
その香りがふわ、と廊下へ溢れ出す。
ちょうど隊長の顔に直撃した。
「っ……!」
隊長はびくっとし、
美味しそうな匂いに負けて、つい深呼吸してしまった。
「……いい香りだ」
本人は小声のつもりだが、牢屋には丸聞こえである。
「え?」
「ほう?」
「隊長?」
三人の視線が、廊下の影へ向く。
しまった、と隊長は壁に張りつく。
「……気に入ってるじゃん」
アキトがつぶやく。
「い、いや違う! これは……だな……その……!」
隊長、真っ赤。
「飾るなと言った。言ったが……」
隊長はちらりとエルミナたちを見て、
わずかに視線をそらし、ぼそりと付け足した。
「……その……明日もう一度匂いを嗅ぎに来ても、文句は言うなよ」
そう残して、今度こそ早足で去っていった。
「絶対気に入ってるーー!」
牢屋の中に三人のツッコミが響いた。




