牢屋、殺風景すぎ問題
朝。
何をどう言い繕っても、牢屋の朝だ。
湿った石壁。
ひんやりした鉄格子。
そして、言いようのない“生活感ゼロ”の空気。
「……なあ、エルミナ。俺、ずっと思ってたんだけどさ」
「はいっ! アキトさんの観察記録なら毎日つけてます!」
「その記録帳の話じゃない!」
俺は石床を指さす。
「この牢屋……殺風景すぎない?」
牢屋内をざっと見渡す。
•石壁(灰色)
•石床(灰色)
•鉄格子(黒に近い灰色)
•雰囲気(絶望的な灰色)
色彩が真面目に“二色”しかない。
ラーデンじいさんは腕を組んでうなずいた。
「ふむ、若者よ。世界というのはな、色彩がある者ほど、牢屋の単色に心を折られるのだ」
「じいさんは折れてねえだろ絶対」
「儂はもう色々悟っとるでな!」
悟られても困る。
エルミナはきょとんとした顔で言う。
「殺風景って……牢屋ってこんなものじゃないんですか?」
「いや、俺の前の世界の牢屋は知らんけどさ……生活感が……ない……!」
エルミナは少し考え、手をぽんっと合わせた。
「じゃあ、飾りつけましょう!」
「なんでそうなる!」
「え、生活空間なんですよね?」
「いや“生活空間”っていう認識をまず捨ててほしいんだけど!?」
だがラーデンじいさんも乗り気だ。
「そうじゃ、壁にこう……魔法で絵でも……」
「やめて!? じいさんの【絵画魔法】は前、城の壁を溶かしたろうが!!」
「おお、よく覚えておるな! あれは名作じゃった」
「芸術ってやばいんだな……」
エルミナがさらに爆弾を投げる。
「じゃあ、カーテンつけません? 可愛い布で」
「どこに!? 鉄格子に!? 牢屋としての機能死ぬだろ!!」
「じゃあ観葉植物……」
「水やりのたびに魔法暴発しそうだからダメ!!」
エルミナ、少ししょんぼり。
そこでラーデンじいさんが、じっと天井を見つめて言った。
「……殺風景に耐えられんのなら、ワシが一つ提案しよう」
嫌な予感しかしない。
「なぜ牢屋が殺風景か。理由は簡単じゃ」
「なんで?」
「……“パンツの残響”が怖がるから、余計な物を置けないのじゃよ」
「いや待て、なにを当然のように言ってんの!? パンツ幽霊に配慮した牢屋なの!? 今ここ!」
その瞬間
背後から、ふわりと耳元に声がした。
『……へへっ……また呼んだ……?』
「呼んでねぇぇぇぇ!!!」
エルミナが慌てて俺の背中を見る。
「い、今のは風ですよ! 風! たぶん!」
「“たぶん”やめろ!!」
ラーデンじいさんは満足そうに頷いた。
「ほれ見ろ。装飾どころではないわい」
「なんだよこの牢屋……心霊難民キャンプかよ……」
俺は天井を見上げ、深くため息をつく。
「……結論。
牢屋は殺風景なままでいい。むしろそのままでいてくれ。余計な事件を起こすな。」
エルミナが元気に手をあげた。
「じゃあ今日の記録、【アキトさん、牢屋の色彩に不満】って書いておきますね!」
「やめろぉぉぉ!!」
こうして今日も、殺風景な牢屋で事件が増えた。




