ラーデンじいさんの牢屋グルメ講座 第三回:バケツ水スープ編
夜の牢屋は、今日もひんやりしていた。
アキトの腹が鳴る「ぐぅ〜」だけが、静寂の中でやけに目立つ。
「アキトさん……そんなにお腹が空いたのですか……?
うう……私、非常食になった方がよいのでしょうか……?」
「何その極端な選択肢!? やめて!」
エルミナは真顔で言っている。
本気で“役に立たない見習いは負担になる”と思っているタイプだ。
その隣で、ラーデンじいさんが例のバケツを持ち上げた。
「よし。今夜は特別講座の日じゃ」
アキト「嫌な予感しかしない……」
エルミナ「き、緊張してきました……!」
アキト「なんでワクワクしてるの!?」
バケツの中には、薄暗い牢屋の光でゆらめく“水”。
底に沈む砂、漂うなにか。
アキトは視界が霞むほどの絶望。
ラーデンじいさんが指でバケツを叩く。
「この“命懸けスープ”の最大のコツはな……
不純物を寄せて“安全ゾーン”を作ることじゃ」
「さ、さすがです……!」
エルミナの目がキラキラしている。
魔法以外の知識には純粋に弱い。
アキト「いや感心しないで!」
じいさんがバケツをゆっくり揺らす。
すると、不純物が片側に寄っていく。
エルミナ「すごい……! まるで魔力操作です!」
アキト「いや魔法じゃないって……!」
じいさん「そして反対側の“澄んで見える部分”をすくうのじゃ」
じいさんが、床で転がしていたスプーンを拾う。
アキト「いやそれ床に落ちてたやつ!」
エルミナ「安心してください、アキトさん。
床の菌より、スープの方が強そうです!」
アキト「安心材料が終わってる!!」
ラーデン「ほれ、飲め。若いと回復力がある」
アキト「老害の理論!?」
エルミナは真面目にアキトの肩を押さえた。
「アキトさん、味の感想を教えてください。
参考にして、明日の改善案を考えますので!」
「え、改善案ある前提なの!? じゃあ今日飲まなくてよくない!?」
エルミナは更に押す。
「だめです! まずは現状把握です!!」
アキト「やめて! “真面目に危険を押しつけてくるタイプ”なの怖い!?」
アキトは震えながら、一口だけ口に含む。
ごくっ。
「…………あれ?」
エルミナ「ど、どうでした!?」
アキト「……ただの水……かもしれない……?」
ラーデン「昼間、太陽に当てて殺菌しておいたからな」
エルミナ「太陽……! 光属性の加護……!」
アキト「光の加護で殺菌する理論じゃないからね!? 日なたボックスだから!?」
ラーデンじいさんは、腕を組んで語る。
「よいか若いの。
悪環境でも工夫ひとつで“味”は変わる。
それが人生じゃ」
エルミナはじっと聞き入り、ぽつりと言った。
「……すごいです……。
私も、魔法ばかりに頼ってはいけませんね」
アキト「いやこの学び必要……?」
じいさん「次回は“ナゾ草サラダ編”じゃ」
アキト「次回いらない!」
エルミナは微笑んでメモを取っていた。
「よし……これは私の“牢屋見習い記録帳”に記しておきます!」
アキト「そんな記録帳いらないってば!!」
けれど牢屋には、今日も温かい笑いがあった。




