ラーデンじいさんの牢屋グルメ講座 第二回:牢屋石床パン編
朝の牢屋に、妙に張り切った声が響いた。
「さぁて! 第二回グルメ講座を始めるとしようかの!」
「始めるなーーー!!」
アキトの叫びは、ラーデンじいさんのテンションによって秒でかき消された。
エルミナはキラキラした目で手を挙げる。
「先生っ! 今日はパンなんですよね!」
「そうじゃとも、エルミナ。“牢屋石床パン”じゃ」
「え、石床ってその石床!?」
アキトは自分の足元を指さした。
「そうじゃとも。牢屋の床はの、長年の魔力と涙と絶望を吸い続け、今では最高の発酵環境を」
「前半が地獄みたいな素材なんだけど!!?」
ラーデンはなぜか袖から白い粉の袋を取り出す。
「まずはこの、粉じゃ」
「いや、それどこから出したんだよ!! 持ち込み禁止だろ!!」
「賢者の袖は異空間じゃからのう」
「そんな便利設定ずるい!!」
白い粉を床へぱらぱら。
牢屋が一気にパン屋の香りになる。
「……うまそう……」
アキトの胃が鳴る。
「よし、次は“魔力水”じゃ」
ラーデンが床に杖を軽く突くと
じわぁぁ……と床から透明な水が滲み出てきた。
「いやいやいや!? なんで床から水出てくんの!? ここ何!? 温泉!? 魔境!?」
「アキトさん、この牢屋すごいですねっ!」
「褒めるとこじゃねぇ!!」
「ではアキトよ。こねよ」
「なぜ俺なんだよ!!?」
「若い方が力があるからのう」
「ろ、牢屋パンを作るために若さ使うって何!?」
しかし腹は減っていた。
「………………はぁ。やれば良いんだな」
アキトは床と粉と謎の水をこね始めた。
ねちょ……ねちょ……。
「あれ。なんか音が……嫌な……」
ねちょ……ぼこっ。
「うわ、床が反応し始めてる!? なにこれ!? 生き物!? パン!?」
「アキト! もっと熱意を込めてこねるのじゃ!」
「パンじゃなくて呪物なんだよこれーー!!?」
「さて、こね終わったなら焼くのじゃ」
「焼くって、どこで!?」
「もちろん床でじゃ」
「床オーブンだとでも思ってんのか!!」
「その通りじゃ」
「正気か!? この国の衛兵制度どうなってんだ!? 監査しろ!!」
ラーデンが杖を床へ向ける。
「温石」
床がじわ……っと温かくなり、蒸気が立ち上がる。
「おお、なんか……パンぽい匂いがしてきた」
「でしょでしょアキトさん! これ絶対成功してます!」
だが
ぶくっ……! ぶくぶくぶく……!
床から“パンのような物体”が泡を吹き始める。
「……ねぇラーデン。パンが呼吸してる。明らかに生きてる」
「ふむ……発酵しすぎたかもしれんな」
「発酵の域じゃねぇよ!! 生命誕生してんだよ!!」
「先生! 動いてます! このパン動いてます!!」
「よし、捕まえるんじゃ」
「捕まえるの前提なの!? なんで!?」
パンもどきはぴょん! と跳ね、牢屋中を跳ね回る。
「うわああああ!! 来るな!! パンに追われる人生やだーー!!」
「待ってくださいパンさん!! 私、魔法で止めます!!」
「止めるなエルミナ!! 絶対失敗する!!」
「《風の手》!」
ぶおおおおおっ!!
パンが勢いよく風に乗り、
アキトの顔面へ――
「ぎゃふん!?!?」
ぺちん。
「……アキトさんパン似合いますね!」
「似合うかぁぁぁ!!」
ラーデンは満足げに頷いた。
「うむ……今日も良い講座だった」
「終わった気でいるんじゃねぇぇぇ!!」
「次回は“牢屋水路で作る即席うどん”じゃ」
「衛兵呼んでぇぇぇ!!!」
こうして今日も牢屋の食文化は地獄へと進化し続ける。
牢屋の日常は今日も平和(?)である。




