牢屋の飯がまずい!エルミナ、怒りの改善プロジェクト
夕方。
牢屋の奥まで、ぬるい湯気と、説明できない灰色の何かの匂いが漂ってきた。
「はい、今日の夕食よ〜」
看守が盆を置くと、グチャッ……と得体の知れない音がした。
アキトはゆっくり腰を上げ、皿を見下ろした。
「……これ、何味?」
「“栄養食”って書いてありますね!」
エルミナは希望に満ちた目で言ったが、もう鼻が死んでいる。
「いや、書いてあっても見た目が死んでるんだが?」
皿の中心には、灰色のペーストが山のように盛られ、時々ぷくりと気泡を吐いている。
生きているのか?これは生きているのか?
「ほう……久しぶりに見たな、その“スラム時代の味”」
隣の牢屋のラーデンじいさんが鼻をつまんで言った。
「スラムの味だったの!?」
「いや違う。“スラムでさえ出ない”という意味だ」
「言い方!!」
「じゃ、じゃあ私がまず……」
エルミナはスプーンを震わせながらペーストをすくう。
「無理するなエルミナ。衛兵見習いが体を壊すぞ」
「だ、大丈夫です……! わ、私は魔法少女見習いでもありますから……!」
ぱくっ
数秒後。
「っ……! ……っ……!!」
「エルミナ!? 大丈夫か!?」
「……味が……ない……のに……まずい……って、どういう構造……なんですか……?」
「味覚にダメージ負ってる!!」
アキトは慌てて背中をさする。
そこへ、隣からラーデンが手を伸ばしてきた。
「ふむ。わしが確認してやろう」
「食べるの!? ラーデンさんが!?」
「昔、魔王軍の食糧倉庫を荒らした時にな……“敵が捨てた謎の保存食”と戦ったのを思い出すわい」
「戦うの前提なの!?」
じじいは一口すくい、ためらいなく飲み込んだ。
「……ぬぅ……これは……最悪の味だ……しかし……食える」
「どっち!!?!」
「味覚という概念が死んでおる。ゆえに何味でもない。つまり“拷問用”じゃな」
「そんなもんを囚人に出すなよ!!」
エルミナが突然、拳を握りしめた。
「……わかりました、アキトさん……ラーデンさん……」
「お、おう?」
「私は、牢屋の食事を……改善します!!!」
「いや、囚人の立場でできる!?」
「できます!」
エルミナは自信満々に胸を張る。
「私は見習いとはいえ、衛兵の端くれ……そして魔法少女見習い!
“料理魔法”も修行中なのです!!!」
「料理魔法って何!?」
エルミナが杖を構えた瞬間、アキトとラーデンは同時に叫んだ。
「「やめろ!!」」
《香味転化》!!」
ぽんっ!
ペーストが突如、虹色の蒸気を吹き上げた。
「ちょっ……! 色が! 色が七色になってるんだが!?」
「む……! この魔法は成功したことがほとんどないやつ!!」
ラーデンが鉄格子にしがみついた。
「エルミナ、これは逃げた方が……!」
「えっ? あっ!! 暴発……!? フ、フタを閉めて――!」
ズバァァァァン!!!
ペーストが爆散し、
牢屋全体が甘ったるい匂いとしょっぱい匂いと苦い匂いと焦げた匂いを
同時に発生させた。
「味の交通事故だ……!!」
「アキトさん……すみません……」
エルミナが床にへたり込む。
「いや、もう……こうなる気がしてたよ……」
結果、食事は以前より
ひどくなった。
「今日のは……甘いのに……しょっぱい……のに……苦い……のに……なんか辛い……!」
「味覚の四重苦!?」
ラーデンはため息をついた。
「まあ、前よりは話のネタになる分だけ、改善したとも言えるのぅ」
「改善ポイントそこ!?!?」
牢屋の日常は、今日もご飯がまずい




