隊長、様子見に来て後悔する
昼下がりの牢屋。
アキトとラーデンが将棋のような謎ゲームをしている横で、
エルミナは「見張り任務でーす!」と胸を張り、意味なく魔力バトンを回していた。
と、そのとき――
「おーい、エルミナ見習い。……入るぞ」
重い扉の向こうから、あの渋い声。
「隊長だ!」
エルミナが立ち上がり、魔力バトンを盛大にぶん投げてしまう。
バトンは見事に壁に刺さり、バチバチと火花を散らし始めた。
「おい待て待て待て!! 危ねぇだろそれ!」
「エルミナ、落ち着け。深呼吸じゃ」
「はいっ!すーはー……あれ?刺さったまま……!」
隊長は眉間を押さえながら牢屋に近づいた。
……お前、何分見張りしてんだ?」
「八時間です!ずっとここにいます!仕事してます!」
「……そうか。
それで魔法のバトンは何本目だ?」
「四本目です!」
「減点だ……」
隊長は遠い目で現実逃避していた。
「アキト。問題は起こしてないか?」
「いや、むしろこっちが被害者側というか……」
「何か?」
「昨日、寝てる間に“安全監視魔法”ってやつをかけられまして」
「あっ!あれ失敗したやつだ!」
「俺の布団が燃えたんですよね……」
「……エルミナァァァ!!」
「ち、違うんです隊長!
“安全”って名前だったから!絶対安全だと思って!」
「お前の“絶対”ほど絶対じゃないものはない!!」
「……ラーデン、お前は何か問題を起こしていないか?」
「うむ、ワシは無実じゃ。
ただ、昨夜少しだけ牢の鍵を錬金術で開けてみただけじゃ」
「それめちゃくちゃ問題だわ!」
隊長は深いため息をついたあと、
ゆっくり天井を見上げ静かに呟いた。
「……俺は……いつから“子守り”の職に就いたんだ……?」
「隊長、大丈夫ですか!?」
「大丈夫な顔に見えるか……?」
「見えません!」
「だよな!!」
隊長は自暴自棄になったように鉄格子をガンガン叩いた。
「……はあ。じゃあ一応聞く。
エルミナ、お前の“見張り任務”の進捗はどうなんだ?」
「はいっ!しっかり記録してます!」
エルミナは胸を張り、ノートを差し出した。
隊長は受け取ると、ページを開いた。
一行目。
『アキトさん かおがねむそう かわいい』
「おい待て」
「えっ?そこは任務メモです!」
「どこが!?」
隊長は次のページをめくる。
『アキトさん おひるね しんだとおもった』
「ややこしいわ!!」
『アキトさん かべにあたまぶつけた いたそうだった』
「それお前が魔法誤爆したせいだろうが!!」
「えへへ……」
隊長は顔を覆った。
「ふむ、隊長。ワシからも報告があるのじゃ」
「……嫌な予感しかしないが、言え」
「昨晩、アキトの頭上にパンツの亡霊が立っておった」
「却下だ帰れ!!」
「気のせいだったらしいがの」
「もっと帰れ!!」
隊長はふらふらと牢の前に座り込み、
肩を落として呟いた。
「……俺、異動願い出そうかな……」
「えっ!? 隊長いなくなるの!?」
「いや、いなくなるかは知らんが……
お前らの世話をし続ける未来が見えすぎて怖いんだ……」
その瞬間、ラーデンが励ますように言った。
「何を言う、隊長。この牢屋は良いではないか。
三食付き、娯楽あり、ツッコミ放題じゃぞ?」
「娯楽じゃねぇよこれは……!」
「隊長、私、もっと仕事がんばりますから!」
「仕事増やすタイプだろお前は!!」
「えへへ、見抜かれてる!」
「……はあ。もういい。
とりあえず今日は……頼むから静かにしてくれ」
「任せてください!!」
エルミナが元気よく返事をした瞬間
バチッッ!!
さっき壁に刺さったままだった魔力バトンが爆ぜた。
牢屋の壁が軽く揺れ、天井から砂がぱらぱらと降ってくる。
「エルミナァァァァァ!!!!」
「……ごめんなさい」
帰り際、隊長は小声でアキトに囁いた。
「……お前、よく平気でいられるな……」
「平気じゃないです。もう慣れました。」
「慣れるなよ!!」
ドン、と扉が閉まり、
牢屋には静寂……ではなく、ラーデンの穏やかな笑い声が響いた。
「ふぉっふぉ……今日も実に良い混沌じゃなあ……」
「ラーデンさん、それ褒めてないんですよね!?」
いつもの三人と一人(元パンツの残響)の、騒がしい一日は続いていく。




