パンツの“残響”、夜に呼ぶ(※気のせいであってほしい)
――夜。
牢屋はいつものように静かで、薄暗いランプの光だけが揺れていた。
ラーデンはぐうぐう寝ているし、
エルミナは「夜は魔力が安定するんです」と言いながら安らかに寝ている。
問題は
俺だけが眠れない。
「……あの燃えない火のせいだよな。絶対変なもの残ってる……」
寝返りを打つたび、
牢屋の隅にある“誰もいない暗がり”がやけに気になる。
(……気のせいだ。気のせいだ……)
そう自分に言い聞かせたその時――
カサ……
「……!」
布がこすれるような小さな音が、暗がりの奥から聞こえた。
「……ラーデンさん?」
返事はない。じじいは爆睡だ。
「エルミナ……?」
彼女も寝息を立てている。
じゃあ……誰だ?
まさか、本当に
『……オイ……』
耳元で。
はっきりと。
男でも女でもない、
どこか布のこすれるような声で。
「やめろおおおおお!!?」
俺は飛び上がり、ベッドの上に正座する。
「い、今のは……ただの気のせい……だよな……?」
しかし、暗がりの方向から、
『……オイ、アキト……』
今度は、確実にはっきり聞こえた。
「お前誰だよ!!?」
声は続く。
『……おい……アキト……
洗濯……まだ……してねぇだろ……?』
「パンツかよぉぉぉぉ!?!?」
暗がりの中で布の影がふわりと揺れた。
しかし――違う。
パンツそのものの幻影ではなく、
パンツが存在していた“魔力の癖だけが残っている”ように見える。
それが、残響として声の形をとっている。
「なんで……今さら……!?」
『……オレ……まだ……やること……ある……』
「終われぇぇぇぇ!! 成仏しろ!!」
悲鳴をあげていると
「……アキトさん……?」
小さな声がして、エルミナが目を覚ました。
「ど、どうしたんですか……こんな夜中に……?」
「そこ!! そこになんかいる!!」
「どこですか?」
エルミナが暗がりに近づく。
パンツの“残響”が微かにゆれた。
『……来たか……魔力の、同調者……』
「おい!! エルミナに語りかけるな!!」
エルミナはぽんと手を伸ばす。
「大丈夫ですよアキトさん。
こういう時は、魔法少女の基本の魔力安定化を」
バチィィィィィ!!
「あっ……」
まただ。
また“基本魔法”が爆発した。
暗がりが一瞬光り、
パンツ残響はビビり散らしたように跳ねて、
牢屋の天井に吸い込まれて消えていった。
「……消えた?」
「えへへ、ちょっと間違えました……」
「間違えたで済むか!!」
そこへ、騒ぎで目覚めたラーデンが起き上がる。
「なんじゃ……夜中に大爆発とは……肝試しか……?」
「寝起きで肝試しって言うなよ!!」
ラーデンは天井を見て眉をひそめる。
「ふむ……“魔力残響”が消えたように見えるの……
しかしの、アキトよ」
「……なんだよ」
「残響というのはの……“本体の影”じゃ。
本体がまだどこかに存在するとき、影だけ漂うこともある」
「やめろおおおおお!!!?」
エルミナはにこにこしながら言った。
「アキトさん、またパンツさんに会えるかもしれませんね!」
「会いたくねぇよ!!」
こうして夜はさらに眠れなくなった。
今日も牢屋は、不必要にホラーである。




