隣の牢屋に来たのは、ちょっとエッチな大賢者でした
その日、牢屋には珍しく人の出入りが多かった。
「今日、新しい囚人が来るらしいな」
「またアキトさんの知り合いじゃないといいですね!」
「俺の周りそんな犯罪者ばっかじゃねぇよ!!」
と、そんなやりとりをしていると
ガチャリ。
鉄格子の開く音。
そして、ドサッと人が放り込まれる音。
「むぅ……乱暴じゃな……ワシはあくまで紳士的変態であって」
「紳士的変態って言った!? 今言ったよな!?」
顔を上げると、隣の牢屋に入れられたのは
銀髪に長いひげ、年齢不詳のローブ姿。
しかし目だけはギラギラしていて、
全身から“イヤな知性”がにじみ出ている老人だった。
「……ちょっとエッチな大賢者、ラーデンじゃ」
「自己紹介に“ちょっとエッチ”付けんな!!」
「えっ!? だ、大賢者様!? なんでこんな場所に……」
エルミナが驚く。
「そりゃあもちろん……研究のためじゃよ」
ラーデンはニヤリとした。
「アキト、と言ったかの?」
「なんで俺の名前知ってんだよ」
「そなたの“パンツ騒動”は王都まで届いとる。
いやあ……実に興味深い。
ぜひワシにも……その……」
「その、なんだよ?」
「パンツの亡霊と対話させてくれんかの!!?」
「興味の方向おかしいだろ!!?」
「ふむ……ここからはよく見えるのう。
そなたの生活も、動きも、寝顔も」
「やめろ。ストーカー予告すんな」
「安心せい。ワシは紳士じゃ。
見るのは“心”だけじゃよ……」
「物理的にこっち見る目してるんだけど!!」
エルミナがそわそわとアキトの後ろに隠れる。
「アキトさん……この人……苦手かも……」
「俺もだ!!」
「で、お前なんで捕まったんだ?」
「うむ……魔法研究所に忍び込んで、
“女子更衣室の魔力流れ”を観測していたらの」
「それ完全にアウトじゃねぇか!!」
「ちがいます!! それは高度な魔導理論的に必要なことで……!」
「必要じゃないです!!」
エルミナの全力ツッコミが飛んだ。
「まあまあ、安心せい。
ワシは危険なジジイではない」
「十分危険だよ!!」
ラーデンはふいに真顔になり、牢の隙間から小さな紙片を差し出した。
「のう、若造。
パンツ亡霊が残した“布片”を持っているんじゃろ?」
「な……なんでそれを!」
エルミナが反射的にポケットを押さえる。
「魔力の匂いがするんじゃよ。
あれは……“核魔布”じゃ」
「こ、コア……なに?」
アキトとエルミナが同時に固まる。
「とてもヤバい布じゃ。
古代魔導において、魂や意志を“媒体”に宿すもの……
つまりパンツはのぉ……」
「やめろ。聞きたくない未来が見える」
「魂が宿っとったんじゃよ。
しかも、おそらく……成長するタイプの」
「なんでだよ!!!」
エルミナの顔が青くなる。
「アキト……もしかして、あれ……育つの……?」
「感情込めて言うと余計に嫌な単語になるからやめて!!」
「というわけでじゃな……
ワシにもその布片を見せてくれんかの。
ほんのちょっと触るだけでいいんじゃ……
くんくん……魔力の匂い……」
「匂うなァァァ!!」
「エルミナ隠せ!! 布片隠せ!!」
「了解です!!」
二人は慌ててポケットを押さえる。
ラーデンは鉄格子にへばりつき、
猫のように手を伸ばし
「ちょっとだけでいいんじゃあああ!!
魔導研究のためじゃあああ!!」
「変態本性隠す気ゼロかよ!!!」
結局、布片の調査は後日に回すことになり、
ラーデンは隣の牢屋でうれしそうに丸くなって寝始めた。
「……アキトさん」
「なんだ」
「わたしたち、なんかおかしな方向に巻き込まれてません?」
「“なんか”どころじゃねぇ気がする」
アキトは牢の天井を見上げて深いため息をついた。
隣から聞こえるのは、
大賢者とは思えない寝言。
「ふひ……パンツの……魔力が……くんくん……」
「もうやだこの老人!!」
牢屋の夜は、やっぱり平和ではなかった。




