のんびり牢屋ライフ─平和? そういう日もある
パンツ亡霊事件から三日後。
俺は今日も牢屋にいた。
いや、正しく言うと、
“いつの間にか戻されていた” である。
「記録によると、あなた先週だけで塔を3回破壊しかけてますね?」
「違う! 俺が壊したんじゃねぇって言ってんだろ!!」
「ですが被害報告には“パンツ男”と……」
「やめろおおお!!」
というわけで、今日も俺は牢屋である。
だが今回は、妙に平和だった。
というのも
「アキトさん、差し入れ持ってきました!」
鉄格子の向こうに、エルミナが満面の笑顔で現れた。
「……お前、なんでそんな嬉しそうなんだ?」
「だって、牢屋にアキトさんがいると話しかけやすいですし。
逃げないし、どこにも行かないし!」
「言い方ァ!!?」
エルミナは袋をゴソゴソ。
「今日は“牢屋でできる楽しいことセット”を持ってきました!」
「そんなセット存在すんの!?」
「つくりました!」
手作りかよ。
アイテム① 謎のゲーム
「まずはこれ!
“石ころ並べ”!」
「それただの石じゃねぇか」
「でも楽しいんですよ!
ほら、アキトさんが丸い石。わたしが平たい石。
交互に並べて競うんです!」
「なにを競うんだよ!!」
「美しさ!」
「価値観むずっ!!」
とはいえ暇なのも事実。
結局、石を並べながら雑談してしまう。
「アキトさん、最近よく寝れてます?」
「まあな。パンツに追われないだけで平和だわ」
「よかった……。
あの……アキトさんが寝言で“パンツやめろ!”って叫んでたって
衛兵さんが言ってました」
「俺の評判どうなってんだよ!!?」
② エルミナの手料理
「はい、次はこれ。スープです!」
「……お前が作ったのか?」
「うん! 今日は失敗してないはず!」
「“はず”が怖いんだけど!?」
アキトは慎重にひとくち飲む。
「…………うまい」
「ほんと!?」
「ああ。普通にうまいぞ」
「やったぁぁぁ!!」
エルミナが嬉しすぎて、鉄格子に顔をぶつける。
「いたっ!」
「あぶねぇな!?
なんで今ので頭突きしてくるんだよ!」
「うれしすぎて距離感間違えました!」
「どんな感情表現だよ!」
アイテム③ なぞの足音
スープを飲み終え、
二人で石を並べ、
のんびりした空気が流れる。
そのとき——
コツッ……
コツッ……
「……エルミナ?」
「なに?」
「今なんか聞こえなかったか? 足音みたいな」
「えっ? 誰もいませんよ。
衛兵さん、今日は反対側の見回りって言ってましたし……」
「……気のせいか?」
俺は首をかしげた。
足音は、確かに“布が擦れるような音”にも聞こえた。
いや、まさか。
(パンツの亡霊……とかじゃねぇよな?)
汗がにじむ。
「アキトさん? 顔色悪いですよ?」
「あー……なんか、背中がゾワッと……」
「背中!? 風邪ですか!?
ちょっと触ってみますね!」
エルミナが鉄格子越しに手を伸ばし、
アキトの背中をつつく。
「ひゃっ——」
「えっ!? アキトさん今“ひゃっ”って言いました!?」
「言ってねぇ!!」
「言いました!!」
「言ってねぇ!!」
二人が騒いでいる間、
牢屋の奥で
かすかに何かが揺れた。
影か? 布か?
いや、ただの風か?
その正体は誰も分からない。
「アキトさん、次は“棒の長さ当てゲーム”します?」
「どんなゲームだよもう!!」
「ふふっ……アキトさんと遊ぶの、楽しいです」
「……まあ、暇つぶしにはなるな」
二人の笑い声が牢屋に響く。
パンツの亡霊も、
巨大鐘楼も、
街の騒ぎも、
今日は全部どこか遠い。
ここにはただ、
のんびりした時間と、
変な差し入れと、
妙に近い距離感の彼女がいるだけだ。
そして、牢屋の奥から聞こえたあの足音だけが、
ほんの少しだけ、不穏な影を落としていた。
(……いや、考えすぎだな)
アキトはそう言い聞かせて、スープをもう一口すすった。
今日も異世界は、たぶん平和である。




