それでも今日も、牢屋は平和だ
牢屋の朝は、今日も騒がしかった。
「……で? 結局、俺はいつ出られるんですか」
鉄格子にもたれながら、アキトがぼそりと聞く。
その問いに答えたのは、看守でもエルミナでもない。
「出られては困る」
腕を組んで立っていた隊長だった。
「……は?」
「街としてな。観光、治安、経済、教育すべてにおいてだ」
隊長は分厚い書類束を掲げる。
表紙にはこう書いてあった。
『牢屋関連業務・暫定継続報告書(第七版)』
「牢屋見学者数は増加。
グッズ売上は安定。
新人教育には歴史書(脚注含む)が活用され、
王女殿下の再訪問要請も来ている」
「ちょっと待ってください。
俺、犯罪者ですよね?」
「“象徴”だ」
即答だった。
「象徴って何ですか!?」
そのとき、勢いよく扉が開く。
「隊長!! 追記しました!!」
エルミナだった。
手には見覚えのある帳面が二冊ある。
「反省帳と追記帳です!!
あと、裏帳もあります!!」
三冊だった…。
「増やすなと言ったはずだ……!」
「善意です!!」
即答。反省ゼロ。
ラーデンは隅で楽しそうに笑っていた。
「ほっほ。歴史とは、こうして積み重なるものじゃ」
「積み重ねるな! 削れ!」
隊長の叫びをよそに、観光客の声が外から聞こえる。
「あっ、ここが例の牢屋!」
「パンツの人がいた場所よ!」
「脚注の多い英雄だ!」
「英雄じゃない!!」
アキトは頭を抱えた。
「俺、何もしてないですよ……?」
「してないのが問題なんだ」
隊長は深いため息をついた。
「働けない。
出すと問題が起きる。
だが、ここにいると街が回る」
「最低の理由じゃないですか!」
そのとき、耳元で、あの声が囁く。
ご主人。今日も、よく売れております。
「黙れ!!」
エルミナがきょとんと首を傾げる。
「アキトさん、今なんて?」
「いや、何でもない……」
沈黙。
そして、隊長が書類に判を押した。
「よし。決定だ」
「何がですか」
「仮雇用継続。
勤務地:牢屋。
役職:そのまま」
「役職って何!?」
「“いるだけ”だ」
アキトは天井を見上げた。
「……俺、ここから新しい人生始めてません?」
「始まっておるな」
ラーデンがにやりと笑う。
「では、今日の牢屋メシは何にする?」
「反省スープです!!」
エルミナが元気よく手を挙げた。
「反省してないだろ!!」
騒がしい声が、今日も牢屋に響く。
「今日も牢屋は出られないが、なぜか一番平和だった。」




