夜ご飯に舌鼓
カン、と軽い音を立てて、牢屋の前に木製の盆が置かれた。
「晩ごはんだぞ」
看守の声が去ると同時に、牢屋の中の空気が一変する。
「……今日は、いい匂いがします」
エルミナが目を輝かせた。
鍋から立ちのぼる湯気は、どこか香草の匂いがして、いつもの“反省用スープ”とは明らかに違う。
「ほほう」
ラーデンが覗き込み、満足そうにうなずく。
「昨日より塩が効いとる。これは進歩じゃな」
「領主様の朝食改善の影響、まだ続いてるんですかね……」
アキトは匙を手に取りながら、ぼんやり言った。
昼間
公式監修だの、歴史書だの、脚注だの、会議室だの。
あまりにも多くの“知らない間に起きていた偉いこと”を聞かされすぎて、頭が完全に疲れ切っていた。
「……まあ、今はいいか」
スープを一口。
「あ、美味い」
「ですよね!?」エルミナが勢いよくうなずく。
「アキトさん、これ絶対記録帳に」
「やめて」
「えっ」
「今は書かなくていい」
ラーデンがくつくつと笑う。
「ほれ、こういう時間も史料になるんじゃぞ」
「それをやめてほしいんです!」
アキトは思わず叫び、慌てて口を押さえた。
外に聞こえたら、また何か始まりかねない。
しばし、三人で黙々と食べる。
木の匙が器に当たる音。
遠くで巡回の足音。
牢屋にしては、妙に穏やかな夜。
「……今日、変な会議ありましたよね?」
エルミナが唐突に言った。
「あったね」
「なんか、アキトさんの名前、いっぱい出てましたよね?」
「出てたね」
「でも、今は牢屋でご飯食べてますよね?」
「食べてるね」
三人の視線が、同時にスープに戻る。
「……まあ」
アキトが小さく息を吐いた。
「お腹が満たされてるうちは、たぶん大丈夫」
「その理屈は雑すぎるぞ」
ラーデンはそう言いながらも、最後の一滴まできれいに飲み干した。
牢屋の夜は、今日も平和だった。
少なくとも、本人たちの中では。
今日も牢屋は……世界が燃えていることを、夕飯の湯気だけが知らなかった。




