新人衛兵訓練場・朝
訓練場の空気は、妙に張りつめていた。
整列した新人衛兵たちは、全員が一冊の分厚い本を抱えている。
表紙には厳かな文字。
『牢屋事変史 第一巻(公文書)』
隊長が腕を組み、偉そうに顎を上げて言った。
「よし。では確認する」
「本文ではない。脚注だ」
新人たちが一斉に息をのむ。
「脚注こそが現場の真実であり、余白にこそ歴史は宿る」
「異論は認めん」
アキトは端の方で立たされていた。
完全に部外者の顔だ。
(なんで俺、立ち会わされてるんだ……)
暗唱開始
隊長が一人の新人を指名する。
「第十二章、脚注三。暗唱」
新人衛兵は背筋を伸ばし、叫んだ。
「はっ!」
そして、淀みなく読み上げ始める。
「脚注三。
この日、被記録者アキトは『何もしていない』と主張したが、
周囲の被害状況から判断するに、
本人が“何もしていない時ほど事態は悪化する”傾向が見られる」
アキト「待て待て待て」
新人は止まらない。
「なお、この傾向は本人の自覚と反比例し、自覚がゼロに近い場合、被害規模は“展示・観光・商品化”にまで発展する可能性がある」
アキト「それもう予言書だろ!」
次の新人
隊長は満足そうに頷く。
「よし。次」
別の新人が続く。
「第十五章、脚注七!」
「被記録者アキトは、自身が“何も知らない状態”を最も危険とする存在であり、周囲が説明を省いた場合、
事後的に本人が一番驚く結果となる」
アキト「それ俺の感想じゃん!」
新人はさらに声を張り上げる。
「補足。この脚注は、被記録者本人のツッコミを予測して書かれている」
アキト「脚注が先読みしてくるな!」
牢屋側の見学席で、ラーデンがニヤニヤしている。
「いやあ、脚注だけで人物像が立体的じゃのう」
「わし、筆が冴えすぎたかもしれん」
アキト「冴えすぎた結果、俺が教材になってるんだけど!?」
隊長は咳払いし、威厳たっぷりに言い放つ。
「よいか新人ども」
「本文は状況説明だ」
「脚注は、犠牲者の心の叫びだ」
新人たち「はっ!!」
アキト「俺、いつ犠牲者になった!?」
アキトは分厚い歴史書を見下ろし、震える声で呟いた。
「……これ、脚注だけで一冊作れるだろ」
ラーデンが即答した。
「もう第二巻の草稿はあるぞ?」
牢屋の外で、今日も歴史が積み上がっていった。




