アキトが自分の脚注にツッコミを入れる
それは、何の前触れもなく始まった。
「では次に、アキト本人による“補足確認”を行う」
隊長のその一言で、アキトの前に分厚い一冊の本が置かれた。
表紙には、無駄に立派な文字でこう書かれている。
『牢屋異聞録・初期編』
「……いや、俺、そんな話聞いてないんですけど」
「安心しろ、読むのは“お前の項目だけ”だ」
その言い方が一番安心できない。
アキトは嫌な予感しかしないまま、指定されたページを開いた。
第一章:パンツの呪いと青年アキト
彼は異界より全裸で落ちてきたとされる。
当初は錯乱状態にあり、衣服より尊厳を優先しなかった。
「ちょっと待て」
アキトは即座に声を上げた。
「優先しなかったんじゃなくて! 無かったんです! 選択肢が!」
隊長は視線を逸らした。
ラーデンはペンを走らせる。
「……脚注、追加しとくかの」
「やめて! これ以上増やさないで!」
脚注①:当人の証言について
なお本人は後に「選択肢が無かった」と主張しているが、その際も特に反省の色は見られなかった。
「してたよ!? 内心めちゃくちゃ反省してたよ!?」
「内心は史料に残らん」
ラーデンの一言が重い。
第二章:牢屋への適応
彼は驚くべき速さで牢屋生活に適応した。
寝相に関する逸話が多く、街では“動く災害”と呼ばれ始める。
「誰がそんな呼ばれ方してるんだよ!?」
アキトはページをめくる手が震えてきた。
脚注②:寝相について
夜間に発生する不可解な音、悲鳴、物損の多くが
彼の寝返りと関連している可能性が高い。
「可能性じゃない! 断定してないところが逆に怖い!」
エルミナが横でうんうんと頷いている。
「でもアキトさん、あの夜は壁が先に壊れましたよ?」
「フォローになってない!」
第三章:パンツ残響現象
パンツの消滅後も、彼は夜間に独り言を呟く癖がある。
これを“残響との対話”と解釈する学説が有力である。
「学説って何!? 誰が論文出したの!?」
ラーデンが胸を張る。
「わしじゃ」
「撤回してください!」
脚注③:精神状態に関する注釈
本人は「気のせい」と主張しているが、
周囲からは概ね否定されている。
「周囲って誰だよ!」
沈黙。
隊長、エルミナ、看守、ラーデン。
全員が視線を逸らした。
アキトは、そっと本を閉じた。
「……これ、俺の人生ですよね?」
「はい。現在は“参考史料A”扱いです」
「扱いが軽くない?」
ラーデンが満足そうに頷く。
「安心せい。脚注が多い人物は、だいたい後世で人気が出る」
「人気の出方が嫌すぎる!」
その夜、アキトは牢屋に戻り、天井を見上げて呟いた。
「……俺、知らない間に、だいぶ偉いことになってない?」
どこからともなく、微かな声が返ってきた。
『ご主人、脚注は愛されてる証ですよ』
「黙れ歴史的遺物」
今日も牢屋は……本文より、脚注のほうがうるさい。




