パンツの亡霊・第三形態(気のせい……で済まない)
翌日。
アキトは、昨夜の光景を思い出して深いため息をついた。
「もうパンツはこりごりだ……」
訓練場の片隅では、エルミナがまた杖を構えている。
「アキト、今日は違うのよ!
ちゃんと“原因特定の魔法”を持ってきたわ!」
「その言い方が一番怖いんだが?」
「だ、大丈夫! 今回は完全に安全な」
毎回聞いてるセリフである。
「でも……昨日助けてくれたから、その、お礼も兼ねて……
今日は絶対に迷惑かけないようにするから!」
エルミナが決意にみちた目で照れながら言う。
アキトは、少し胸が温かくなる。
「……分かった。じゃあ、慎重にな。絶対にな?」
「任せて!
今日の魔法は“物質の発生源を可視化する魔法”よ!」
「もうフラグにしか聞こえないんだが!!!」
エルミナが深呼吸し、杖先に光を集める。
「《源流探査・視覚展開》!」
ぱああぁっ……!
訓練場に透明な波紋が広がっていく。
砂、木人形、石……何もかもが薄い光の線となって浮かび上がり——
「……おい、エルミナ」
「なに?」
「なんか……“空中に一点だけ、強烈に光ってる場所”があるんだが」
「え? どこ?」
「あそこ」
二人の視線が、訓練場中央の“何もない空間”に向く。
光の点が震え、形を変え……
ゆらり。
「……あれ、線が……生地の輪郭みたいになってない?」
「いやいやいやいや、そんなわけ——」
光は“布の形状”へと収束し、
ぐにゃ……
ぐにゃぐにゃ……
ぴんっ!
「パンツじゃねぇかぁぁぁ!!!!!」
第三形態、降臨である。
ただし、今回は違う。
めちゃくちゃスタイリッシュだ。
光の粒子をまとい、ゆっくり回転しながら浮遊している。
まるで神性を帯びた聖遺物のように。
「な……なんで前よりオーラ出てるの!?
エルミナ、なにした!?」
「な、なにもしてないわよ!?
ただ源流を見ようとしただけで……!」
パンツの亡霊は、
ゆっくりと二人の方へ向きを変える。
「……おい、エルミナ」
「なに?」
「なんか、怒ってない?」
「怒ってたらどうするのよ!」
「どうもしねぇよ! パンツ相手に交渉とか無理だろ!」
パンツ、急接近。
「きたああああああああ!!」
アキトはエルミナの手をつかみ、反対方向へ全力で走る。
だが、パンツは速度を上げて追ってくる。
「なんで追跡性能上がってんだよ!!」
「し、知らないわよ!?
探査魔法で“こっちが追った”って勘違いされたのかも!」
「亡霊パンツに誤認すんな!!!」
そのとき、パンツの周囲に光の粒が集まった。
「アキト……なんか魔力反応が!」
「パンツが魔力使うなぁぁぁぁぁ!!」
光が強まり
ぱあんっ!!
衝撃波。
砂煙。
二人は地面に転がる。
「げほっ……な、なんだ今の……」
エルミナが震える声で言う。
「……パンツの……範囲攻撃……?」
「パンツに範囲攻撃スキルとか要らねぇぇぇ!!」
砂煙の向こうで、光輝くパンツがゆらりと揺れている。
だが次第に光が弱まり、形も薄れていき……
すぅぅ……と完全に消えた。
沈黙。
「……第三形態、消滅?」
「たぶん……いや、本当に消えてくれるなら助かるけど……」
「……」
エルミナがそっとアキトの袖をつまんだ。
「アキト……その……
わたしが原因だったら……ごめんね?」
「いや、まあ……原因はお前の魔法だろうけど、
お前が悪いわけじゃない」
「アキト……」
「ただひとつ確かなのは——」
「?」
「俺はこれでもうパンツに追われる人生を歩みたくねぇ!!」
「ご、ごめんなさいぃぃ!!」
二人の叫びが、静かな訓練場に響いた。
そしてその足元では
誰にも気づかれないほど小さな布の欠片が、そっと震えていた。
——第四形態、準備中。




