エルミナが本気で善意を主張する地獄
会議室の空気は、重かった。
いや、正確には、エルミナ一人だけが軽かった。
「ですから! これは全部、善意です!」
胸の前で拳をぎゅっと握り、エルミナは力強く断言した。
アキトは隣の椅子で、静かに天井を見上げていた。
(あ、これ俺、今いない方がよかったやつだ)
隊長は机に肘をつき、額を押さえている。
その指の隙間から、赤くなった目だけがこちらを睨んでいた。
「……エルミナ。
君の言う“善意”を、最初から順を追って説明してくれ」
「はいっ!」
元気よく返事をして、エルミナは一歩前に出た。
「まず! 牢屋が見学コースになりましたよね?」
「なったな……」
「次に! 観光客の方が増えました!」
「……増えたな」
「それで! アキトさんが有名になりました!」
「そこまでは、まあ……」
エルミナは満足そうに頷き、両手を広げた。
「つまり!
アキトさんの存在は、街に“元気”と“話題”を与えているんです!」
「……それで?」
「なので私は思いました!
“ちゃんと説明があった方が、誤解が減るのでは?”と!」
アキトの背筋が、嫌な予感で固まった。
隊長が低い声で問い返す。
「……説明とは?」
エルミナは、にこっと笑った。
「展示解説です!」
その瞬間、会議室が完全に沈黙した。
「えっ」
アキトの声だけが、間抜けに響いた。
「え、展示?」
「はいっ!」
エルミナは即答した。
「牢屋見学の際に、“アキトさんコーナー”があるので、
そこに説明文をつけました!」
「待て待て待て」
アキトが身を乗り出す。
「俺、そんなコーナー聞いてないんだけど」
「だってアキトさん、いつも牢屋にいますし!」
「理由になってない!」
隊長が、ゆっくりと顔を上げた。
「……その“説明文”とやらは、誰が書いた?」
「私です!」
誇らしげな返事。
「内容は?」
「はい!
“異世界から来た謎の青年。
魔力が強すぎて、道具が壊れる。
本人は無自覚。
パンツに関する事件多数”です!」
「最後いらないだろ!!」
アキトのツッコミが虚しく響く。
だがエルミナは止まらない。
「あと、“基本的に無害ですが、近づくと壊れます”とも!」
「俺、魔道具か何か!?」
隊長は、深く、深く息を吸った。
「……エルミナ。
それを“善意”だと思った理由は?」
エルミナは少しだけ考えてから、真剣な顔で答えた。
「だって……
アキトさん、いつも誤解されるじゃないですか」
アキトが、はっとする。
「なので、最初から説明しておけば、
“あ、そういう人なんだ”って、
ちゃんと理解してもらえると思ったんです!」
少し照れたように、でもまっすぐな目で。
「だから……善意です!」
沈黙。
隊長は、しばらく何も言えなかった。
ラーデンが、隅の椅子で喉を鳴らして笑う。
「ほっほ……
悪意がない分、始末が悪いのう」
アキトは、ゆっくりとエルミナを見た。
「……エルミナ」
「はい、アキトさん!」
「その善意、方向だけ間違ってるからな?」
「えっ」
本気で驚くエルミナ。
隊長は、ついに机に額をぶつけた。
「……今日も、報告書が増えるな……」
その呟きは、誰にも否定されなかった。
今日も牢屋は……善意が全力で暴走し、誰も悪くないのに全員が疲れていた。




