知らない間に、えらいこと
朝、牢屋の扉がやけに静かに開いた。
「アキトさん、おはようございます」
エルミナの声が、いつもより妙に丁寧だ。
その時点で嫌な予感はしていた。
「……何かあった?」
「いえ! 特に! 何も!」
目が泳いでいる。
後ろではラーデンが茶をすすりながら、なぜかにやにやしていた。
「ほう、今日は“主役”の自覚はないのかの」
「主役?」
聞き返した瞬間、外が騒がしいことに気づく。
牢屋の外、通路の向こうから
「……いま、拍手聞こえなかった?」
「うむ」
ラーデンが他人事のように頷いた。
扉が完全に開く。
そして、俺は見た。
人だかり。
案内板。
なぜか花。
「ようこそ! 特別展示へ!」
知らない案内係が、元気よく頭を下げた。
「……特別展示?」
「はい! “例の牢屋”です!」
例の、とは何だ。
観光客らしき人たちが、わくわくした目でこちらを見ている。
誰かが囁いた。
「本物だ……」
「思ったより普通……」
「パンツは?」
パンツはやめろ。
「ちょっと待って。何で俺が展示されてるの」
「展示じゃありません、“見学”です!」
違いがわからない。
振り返ると、エルミナが胸を張っていた。
「安心してください、アキトさん! ちゃんと非接触です!」
「何の話!?」
「アキト、人気者じゃの」
ラーデンが肩をすくめる。
「説明すると長いが……短く言うと」
「?」
「パンツが売れた」
理解を拒否した。
「……は?」
「しかも、よく」
その瞬間、通路の奥から隊長の怒鳴り声が聞こえた。
「だから誰が責任者だと聞いている!!」
足音が近づく。
書類の束。
血走った目。
隊長は俺を見て、ぴたりと止まった。
「……お前、何も聞いてない顔だな」
「はい。今起きました」
「そうか……」
隊長は深く、深くため息をついた。
「安心しろ。これはお前のせいじゃない」
その言い方は、まったく安心できない。
「じゃあ、誰のせいなんですか」
隊長はゆっくり視線を逸らし
エルミナと、ラーデンと、書類の山と、なぜか展示用の台座を見た。
「……街全体だ」
俺はその日、
自分が知らないところで“名物”になっていたことを知った。
しかも、主役なのに、説明を受けていない。
今日も牢屋は……本人不在のまま、勝手に有名になっていた。




