仮雇用案
その日、牢屋は妙に静かだった。
いや、正確には嵐の前の静けさだった。
隊長は鉄格子の前に立ち、分厚い書類束を抱えたまま、深くため息をつく。
「……結論から言う。
アキト、お前は」
アキトは壁にもたれ、乾いた笑みを浮かべた。
「ですよね。
“働いてない主人公が、働けない主人公でした”ってオチですよね」
「まだ何も言っていない」
横でエルミナがぴしっと姿勢を正す。
なぜか胸を張っている。
「だ、大丈夫です!
アキトさんは“だいたい無害”ですし!」
「フォローになっていない」
ラーデンはベンチに腰掛け、リンゴをかじりながら楽しそうだ。
「ほっほ。
さてさて、今回は“首”か“爆弾処理”かのどちらじゃな?」
「爆弾処理は却下だ」
隊長は書類を一枚抜き取り、読み上げる。
「魔力検査係、魔道具保管所補助、隔離同行員、騒音源
……どれも正式雇用は不可能」
アキトは肩をすくめた。
「知ってました」
そこで、隊長は一度言葉を切る。
そして珍しく、少しだけ声の調子を落とした。
「だがな。
“仮雇用”なら、可能だ」
「……は?」
エルミナが勢いよく身を乗り出す。
「え!?
仮ですか!? え!? それって働いていいってことですか!?」
「条件付きだ」
隊長は指を立てる。
「一、給与は最低限
二、魔力暴発時は即業務停止
三、勤務場所は原則“牢屋周辺”」
アキトは数秒、黙ったまま考え
「……それ、
働いてるのか、監禁されてるのか、どっちです?」
「両方だ」
即答だった。
ラーデンが吹き出す。
「ははは!
ついに“公認・働けない主人公”じゃな!」
エルミナはなぜか目を輝かせる。
「す、すごいですアキトさん!
牢屋付き公務員です!」
「聞こえが最悪だよ!」
隊長は最後に書類へ判を押し、こう締めた。
「正式雇用ではない。
期待もしていない。
だが」
一瞬だけ、視線が和らぐ。
「“放っておくよりマシ”だ」
アキトは苦笑した。
「……相変わらずですね」
その夜。
牢屋には、いつも通り三人が揃っていた。
何も変わっていない。
でも、ほんの少しだけ
“働いていない主人公”は、
“働けないなりに、席をもらった主人公”になった。
エルミナは記録帳を開き、勢いよく書き込む。
「仮雇用一日目!
アキトさんは牢屋で、特に何もしてません!」
「それ、仕事記録として大丈夫?」
ラーデンは満足そうに頷いた。
「うむ。
実に順調な社会復帰じゃ」
そして。
今日も牢屋は、ちゃんと働いていないのに、なぜか前に進んでいた。




