それでもエルミナは“裏帳”を書き始める
隊長は、机に突っ伏していた。
正確に言えば、
机と一体化していた。
「………………」
部屋には静寂。
ただ一つ、紙の束だけが異様な存在感を放っている。
山。
それは
エルミナの《牢屋見習い記録帳》正本・続編・追記・訂正・追伸・念のため版で構成された、
いわば紙の災害だった。
「……読んだ」
隊長は、かすれた声で呟く。
「全部……読んだ……」
・仮出所騒動
・防音改修地獄
・隔離提案二回
・面会待機時間(感情多め)
・再会(字が滲んでいる)
・抱きつき事件(注釈多すぎ)
・ラーデンの余計な一言(三倍尺)
全部、逐一、情緒たっぷりに。
隊長の胃は、もう限界だった。
その時。
コンコン、と扉が鳴る。
「し、失礼します!
えへへ……記録帳の件で……」
入ってきたのは、
満面の笑みのエルミナ。
隊長は、反射的に叫んだ。
「もう書くな!!」
「えっ!?」
「いや、書くなとは言ってない!
ただ!
公式に提出する分はもう十分だ!!」
エルミナは一瞬きょとんとして
次の瞬間、ぱっと表情を明るくした。
「あっ! じゃあ!」
嫌な予感が、部屋を満たす。
エルミナは、胸元から
もう一冊取り出した。
サイズは小さめ。
だが、表紙に書かれた文字は重い。
《裏・牢屋見習い記録帳》
キラキラした文字。
ハート付き。
「こっちはですね!」
「提出しない用です!」
「個人的な感想とか!」
「その日の気分とか!」
「アキトさんが静かだった日とか!」
「静かじゃなかった日とか!」
「目が合った回数とか!」
隊長の視界が、白くなる。
「……用途は」
「自己研鑽です!」
即答だった。
「……誰にも見せるなよ?」
隊長は、震える声で言った。
「はい!
ラーデンさん以外には!」
「見せるなと言った意味が分かるか!?」
「えっ?」
その夜。
牢屋。
アキトがくしゃみをした。
「……なんか嫌な予感する」
エルミナは、机に向かってペンを走らせている。
「えへへ……今日は静かだった日、★三つ!」
ラーデンはそれを見て、にやにや笑った。
「ほう……裏が始まったか」
「これは長くなるぞぉ」
アキトは聞かなかったことにした。
今日も牢屋は……記録されない方が、だいたい大事だ。




