第9話 弟子からの手紙!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
第二要塞司令部─
降りしきる雨の中、ミーシャとフェルは、ハイタッチして喜び合っている。
東部沿岸防護隊副隊長、ヒース・コッドは、一つ深い呼吸をして、自らに落ち着け!と言い聞かせる。ヒース副隊長は、たった今目の前で見た光景を、忠実に思い出そうとしていた。
ミーシャが、台風の目の中心に向かって繰り出したと思われる魔法は、おそらく空を垂直に昇った細い光と、その後遥か上空にわずかに射した虹色の光。
そこから5分、上空に雲が生じ、台風の目の中で降るはずのない雨が、当たり始めたかと思うと、10分後には強さを増した。
そして今、30分後─空はやや明るさを取り戻し、柔らかい小雨が降るのみとなった。
常識では考えられない。
だが、ベテラン観測士、リアの予測どおり、台風が消滅したとしか説明できない光景が、ヒース副隊長の目の前にあった。
雨の中、思う存分じゃれ合ったミーシャとフェルが、屋内に戻ってくる。
ヒース副隊長は思わず、二人に迫り、問いただしていた。
「お前たち、何をした……!?」
ヒース副隊長の剣幕に、二人はポカンとしている。
先に、フェルが口を開いた。
「え?作戦どおりですよね?」
ミーシャが、叱られた子どものような表情になる。
「ゲッ!あたし、間違った……!?熱帯低気圧に変えればいいと思ったんですけど」
ヒース副隊長は、力が抜けた。
「本当に、高度8,000mで、気圧上昇を起こしたのか……」
そんなものは、新人が机上で思いついた、ただの理論。
実戦でそんなこと、あり得ない─。
フェルが、ペロッと舌を出した。
「すみません、俺デカいこと言っちゃったけど、出番なしでした。ミーシャが全部やっちゃって!」
呆然とするヒース副隊長の肩を、後ろからリアが叩いた。
「アンタの気持ちは分かるよ。アタシたちのほうに、現実を受け止める度量が必要なようだ」
訳が分からず、バタバタと持ち場から戻ってきた、第二要塞の冷却作戦担当の先輩隊員たちに向けて、ヒース副隊長は棒読みで指示した。
「作戦完了だ。赤旗を降ろせ……」
「は……はいっ!」
ミーシャとフェルの初陣が終わった。
同じ頃、第一要塞・第三要塞─
暴風域の中で、未だ冷却作戦を実行中の先輩隊員たちは、感じたことのない奇妙な感覚に襲われていた。
つい先程まで冷却の魔法をぶつけていた台風の目周縁の外側に広がる雲と雨の帯「レインバンド」に、まるで手応えが感じられないのだ。
そして、彼らは信じられない光景を目の当たりにする─。
レインバンドだけではない。その奥にある台風の目周縁もろとも、雲がほどけ、台風の渦が消えていく。
「なんだ、これは?何が起きてる……!?」
2つの隊は、それぞれ波が落ち着くのを待ち、第二要塞へ帰還することを決めた。
すでに冷却作戦の実行を終えていた第四要塞からも、遠目にこの奇妙な現象は観察できた。
しかし、誰一人として、それを説明できる者はいなかった。
翌日、全ての部隊が、第二要塞に無事帰還した。
全員が揃った大会議室でのブリーフィングで、ヒース副隊長とリアから、謎の現象が「中心気圧上昇による台風崩壊」だったことを聞かされた隊員たちは、絶句した。
誰もが実現不可能と思っていた、フェルとミーシャの作戦が完遂された結果だった。
大会議室の一番後ろに座るミーシャとフェルに、肩越しのごく控えめな視線が向けられる。
先輩隊員全員が、無言で同じ思いを共有していた。
(規格外新人…………ッ!!!)
ミーシャとフェルの最初の伝説が、刻まれた瞬間だった。
これ以後、東部沿岸防護隊では、この伝説が代々隊員たちに語り継がれていくこととなる。
陸上勤務に復帰したヒース副隊長は、船を降りていの一番に、ジル隊長のところへ行き、司令室で二人だけで膝を突き合わせた。
ヒース副隊長の報告を聞いたジル隊長は、台風崩壊の報をにわかには信じがたかったが、長年の戦友のヒース副隊長が、こんな突飛な作り話をするような男でないことは、もちろんよく知っている。
それは陸上拠点で、責任感の強い若い観測士が、泣きそうな表情で、ジル隊長に報告してきたトラブルとも、事象が一致していた。
「もしかして、気象台の魔法陣に、不具合が出たかもしれなくて……。台風のデータが突然取れなくなったんです。もしも、洋上要塞で台風対応しているリアさんとノアにも影響して、沿岸防護隊の皆さんが危険に晒されてたらって……!」
東部気象台で、魔法陣のメンテナンスをできるほどの技術者はいない。
万一に備えて、東部気象台から首都の気象予報庁本部に、報告と修理技師派遣要請の早馬を出したところだった。
「そりゃあ、立体天気図がおかしい!って考えても、不思議はないわなぁ……」
ジル隊長が苦笑した。
しかし……と、事実を受け止めた今では、ヒース副隊長は思う。
「台風の目の中から、中心を叩くというのは、フェルの言うとおり、合理的な作戦です」
既存のセオリーである冷却作戦は、暴風域で作業しなければいけない。風雨を防ぐ防護魔法陣は配備するものの、隊員たちを危険に晒すことになる。
暴風域を通すことで、魔力の減衰も大きい。
しかも、20人がかりで勢力を削る効果しかない既存の作戦に比べ、ミーシャとフェルの作戦の効果は歴然だった。一撃で、台風そのものを消滅させられるのだから。
「惜しむらくは、上空8,000mに魔法を撃ち込める人材は、現状ミーシャとフェル以外、いないということです」
ジル隊長が異論を唱えた。
「あと二人いるじゃないか」
「は?」
「お前とわしだ」
ジル隊長は、白い歯を見せて笑った。
ヒース副隊長は、呆れてため息をついた。
「指揮官を数に入れて、どうするんです。だいたい私は高度8,000mなんて無茶、したことありませんよ!」
「可能性の話だよ。わしも腕は錆びついちゃいるが、鍛錬し直せば、あるいは……な!」
根っからの現場好きのジル隊長に、あの二人は、変に火をつけてしまったかもしれない……と、また悩みの種が増えたヒース副隊長だった。
しかし、と二人の思いは一致した。
「ミーシャとフェルが加わったことで、作戦の選択肢が増えました」
「あぁ、安全で強力な、な!」
急に笑顔になって、ジル隊長が言う。
「これは、尊敬してやまない天気魔法師団団長、バリー・ルンド閣下にも、ご報告しなければ!報告書の作成は……」
急に子犬のような目で、自分を見つめてくるジル隊長に、ヒース副隊長はまたか……と、諦めの境地で応じた。
「はいはい、事務作業は私の仕事ですね!」
来たる本格的な台風シーズンに向けて、東部沿岸防護隊は、強力な武器を手にしたのだった。
* * *
都の国立気象研究所で、「金糸の賢者」ことルクス・アルスーンは、早る気持ちで、手紙の封を切った。
手紙を読むルクスの表情を見て、助手のジョシュアが、気味が悪い……とばかりにツッコむ。
「どうしたんですか?金糸の賢者様。急にニヤニヤして」
「愛弟子の手紙に笑みがこぼれて、何が悪い!」
あー……と、ジョシュアは納得した。
「東部からの便、お弟子さんからでしたか」
これまでも何度か届いていた下手くそ……いや、個性的な字の手紙を、ジョシュアは思い出した。
ミーシャの手紙─
「師匠、元気ですか?
ちゃんとごはん食べてますか?
あたしは元気に任務に励んでます。
この前、フェルとバディ組んで、無事初任務を終えたよ!
朝の筋トレと訓練は厳しいけど、毎日海を見て暮らせるのはうれしいです。
師匠にも見せてあげたいなぁ」
「師匠、元気ですか?
身の回りのことで、エレノア夫人に迷惑かけてないですか?
東部沿岸防護隊は、台風シーズンが本格化して、すごく忙しいです。
でも、誰かの役に立ててると思うと、すごくやりがいがあるよ!
この前、濡れた船の甲板で転んでケガをしたら、フェルに心配されて、泣かれました。
大げさだなぁ。
労災申請?っていうのが難しかった。
でも、東部ではみんな一度は書くんだって」
「師匠、お誕生日おめでとう!
今年は、ごちそうを作れなくてゴメンね。
この前、ヒース副隊長の奥さんに教えてもらって、シーグラスと貝殻でピアスを作ったので、贈ります。
使ってね!」
「師匠、元気ですか?
東部沿岸防護隊に配属されて、1年経ったよ。
この1年で、あたしは身長が7cm伸びました。
フェルが12cm伸びたのがくやしい!」
「師匠、元気ですか?
あっという間に今年の台風シーズンが過ぎました。
めちゃくちゃハードだったけど、東部はチームワークが良いので、気になりません。
この前、同室のノアに髪を切ってもらいました。
ノアは料理はできないけど、わりと手先は器用みたい」
たまたま私用で来ていたエレノア夫人が、ジョシュアに出されたお茶を飲みながら、緩みきったルクスの笑顔を見て言った。
「あなた、いつもミーシャにお返事書いてるの?」
ルクスの目が途端に泳ぐ。
「あの……ちょっと忙しくて、その……」
ゴニョゴニョと口ごもったルクスに、エレノア夫人は心底呆れたといった様子で言い放つ。
「あなたって、顔は良いけど、マメさが足りないのよ。女の子と長続きしないわけね!」
「な……急に何の話ですか!」
エレノア夫人が、大きなため息をつく。
「本当はお嫁さんでもいてくれたほうが、バリーとわたしとしては安心なんだけど……あなた、ミーシャを待つんでしょう?任期明けまで」
ルクスは、大真面目な顔で言った。
「ミーシャには、私しかいませんから」
果たしてそうだろうか?と思ったのは、エレノア夫人だけでなく、ジョシュアも一緒だったが、口にはしないだけのやさしさが、二人にはあった。
「だったら、手紙の返事くらい書きなさい!他の男に攫われても知らないわよ!!」
ルクスの背中を思いっきり平手で叩いて、ジョシュアにお茶のお礼を言い、エレノア夫人は去っていった。
ルクスの手紙─
「ミーシャ、任務お疲れ様。
元気でやっているようで安心している。
研究で忙しく、なかなか返事が書けず、すまない。
食事はできるだけ取っているので心配するな。
ケガに気をつけて」
ミーシャ、東部沿岸防護隊勤務2年目。
1年と10ヶ月越しで届いたルクスの手紙を、 ミーシャは、宝物のように抱きしめた。
几帳面な字と簡潔な文面が、なんともルクスらしい。
ミーシャは、早速返事を書いた。
冬晴れの夕方、日が落ちるかどうかという時間帯に、靴を引っ掛け、女子寮を出る。少し坂を登ったところにあるポストまで、ミーシャは歩いて手紙を出しにいった。
もうすっかりなじんだ潮風が、夏の任務で日に焼けたままのミーシャの頬を撫でた。
途中、坂道を降りてくるアルマ、フェル、ノアに出くわした。
三人とも、いつもの食堂に行ってきたのだろう。
ミーシャは、明日の夜は女子寮で一緒にごはんを食べようねと、ノアと短い会話を交わして、すれ違った。
手紙を投函した帰りに、坂の上から海を見渡したミーシャは、胸がいっぱいになった。
日が沈んだ直後、わずかな時間だけ見られるオレンジと群青のグラデーション─胸が詰まるほど完璧なマジックアワー。
「師匠と一緒に見たいなぁ……」
それは、淋しさや切なさとは違う─おそらく「幸せ」と呼ぶ感情だったが、17歳のミーシャは、まだそれを知らない。
「師匠、お手紙ありがとう!
すっごくすっごくうれしくて、何度も読み返して、大事にしています。
この前、隊員のみんなに、あたしの17歳の誕生日祝いをしてもらいました。
あと一年、早く大人になりたいなぁ」
第9話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、ミーシャとフェルの初陣の種明かしと、久々のルクス師匠の登場でした!
ルクスファンからこの物語に入ってくださった読者さんには、楽しんでいただけたのではないでしょうか?
今回しっかり東部の戦力と認められたミーシャとフェルが、東部最後の3年目で、どんな集大成を迎えるのか?
さらなる伝説をお楽しみに♪




