第8話 天才バディの初陣!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
東部気象台着任から10日目。
新米観測士、ノア・マリスは、医務室のベッドで目を覚ました。
「あれ……わたし……?」
「起きたか」
最恐上司、リア・ベルンが枕元にいることに、ノアは縮み上がった。
必死に記憶をたどる。
(えっと……たしか新しい核石と格闘してるときに呼び出されて、「報連相がない!」って怒られて……)
「勤務中に倒れたんだよ。アンタ、ろくに食事してなかったらしいじゃないか?仕事以前の問題だよ!」
リアの強めの口調に、ノアは思わず目をつぶった。
「あと……核石、まだ慣れないようだね?」
観測士の最大の使命である、立体天気図投影のための魔道具・核石。それがまともに扱えない。
一番痛いところを突かれ、ノアは恥ずかしさで赤くなればいいのか、恐ろしさで青ざめればいいのか分からなくなった。
少しだけリアの口調が柔らぐ。
「……アタシがこういう性格だから、言いづらいのは悪かったよ。ただね、社会人として最低限必要なことは共有してもらわないと」
「すみません……」
ノアは、消え入りそうな声で謝った。
それから、リアにこれまでのことを根掘り葉掘り聞かれ、ノアは小さな声を振り絞って、正直に答えた。
「なるほど、料理が一切できない、ね。人間には向き不向きってもんがある。できないもんは仕方ないよ」
リアの意外な言葉に、ノアは驚いた。てっきり甘えるな!と怒られるかと思っていたのだ。
リアが胸元からメモ帳を取り出し、サラサラと何か書いて、ノアに差し出す。そこには、簡単な地図が描かれていた。
「ここ、行ってみな。アタシの旦那がやってる24時間営業の食堂!沿岸防護隊隊員の御用達だから、ちょっとむさくるしいけどね。アンタなら、量が少なくて済むだろうから、少し負けるように言っとくよ」
「あ……ありがとうございます!」
リアは腕組みをする。
「問題は、核石だね。重さに違和感があるんだったら、常に身に着けて慣らしな!それこそ自分の一部みたいに、違和感がなくなるまでね」
「はい!」
「身体を鍛えるのは、無理に運動しようってことじゃなくてもいいんだよ。勤務中、足に砂袋を付けるとか、アンタの先輩たちも工夫してたもんだよ。相談に乗ってくれるから聞いてみな!」
なるほど、とノアは頷いた。
「とにかく!」
リアが拳でノアの胸を、トンと小突く。
「一人で悩むんじゃないよ!何のためのチームだい」
(お母さん……わたし、この方のことを誤解してたかもしれません)
心の中でそうつぶやいて、ノアはリアが差し出したホットミルクのカップを両手で包み、ひとくち飲んだ。
1週間の短い洋上勤務研修を終え、ミーシャとフェルは陸上勤務に戻った。
ミーシャが一旦女子寮に荷物を置いて、作戦会議室に戻ってくると、中は男たちの歓喜の雄叫びに包まれていた。
「フェル!よくぞ言った!!」
「俺らは、お前のことを信じてたぞ!!」
次の瞬間、フェルの身体が宙に舞う。
「えっ……ちょ、なんで胴上げ!?」
フェルの戸惑いをよそに、先輩隊員たちは、男泣きしていた。
「アルマ、どうしたの?これ」
ミーシャは、フェルの兄弟子に尋ねた。
「あー、フェルがマッスル隊に入りたい!って志願したんだよ。アイツは泥臭いタイプじゃないから、どうかなぁ……って思ってたんだけど」
アルマの表情も明るい。
先輩隊員ことマッスル隊隊員たちが、安堵のコメントを口にする。
「今回は、ジル隊長のアメよりも、ヒース副隊長のムチが効いたなぁ!」
「ヒース副隊長、かっけえっす!」
それを聞いていたミーシャが、突然挙手した。
「はいっ!あたしもやりたい!」
一同がどよめく。
「つ、ついにわが隊に、女子隊員が!?」
「臆するな!筋肉に性別の壁はない!」
「ミーシャ向けに、細マッチョメニューを作成するのはどうだ!?」
フェルが控えめに手を挙げる。
「あのー……俺は、取り急ぎ何をすれば?」
「よくぞ聞いてくれた!!」
マッスル隊隊員が、次々にアドバイスを口にするのを、フェルはメモ帳に書き留めていく。
「筋肉とは、筋トレのみで作るにあらず!」
「まずは食事!そして、十分な睡眠!」
「そして、充実の朝練だ!」
マッスル隊隊員の白い歯が光る。
「俺、まずは体幹を鍛えたいんですけど……」
「素晴らしい心掛けだ!フェル隊員!!」
「我々がトレーニングメニューを作ろうじゃないか!」
マッスル隊隊員たちの熱いアドバイスは、途切れることがなかった。
* * *
ミーシャ・フェル・ノアが東部に着任して、3ヶ月─東部沿岸地方は、いよいよ台風シーズンを迎えた。
その日洋上要塞の司令室で、東部沿岸防護隊副隊長のヒース・コッドと、東部気象台責任者のリア・ベルンは、リアの投影する立体天気図を見ながら、意見交換をしていた。
「今回の台風は、東部沿岸地方に上陸することはないよ。洋上要塞を通過したあと、海上を北上して逸れるだろうね」
「ふむ、ここに来るまでに、多少勢力は落ちそうか?」
「あぁ、おそらく中心気圧980hPa前後、最大風速20〜25m/s程度。アンタんとこの新人には、いい練習台になるんじゃないか?」
ヒース副隊長は、立体天気図を睨んで考え込む。台風としては、並の勢力。勢力が落ちてくる段階であれば、リアの言うとおり、練習台としては申し分ない。
最初こそ、マイペースで心配されたミーシャとフェルは、東部の任務に適応して、着実に成長してきている。
今は基礎練・自主練レベルでしか天気魔法は使わせていないが、元々都の魔法学院で天才天気魔法使いと呼ばれた二人だ。
「そうだな、そろそろ頃合いだ。そのつもりで準備を進める。リア、今回同行している気象台の新人は、どうなんだ?」
「スロースターターだったけどね、まずまず立ち上がってきたとこだよ」
苦笑気味ながら、上司としての愛情も見せつつ、リアは笑った。
洋上要塞への台風到達3日前、ブリーフィングで、ミーシャとフェルの作戦参加が発表された。
先輩隊員たちから、祝福と激励の声が上がる。
「やったな、フェル、ミーシャ!いよいよ初陣だぞ」
「しっかり頼むぞ!」
「はいっ!」
二人は興奮気味に返事をした。
ヒース副隊長が、一同に釘を刺す。
「今回は、あくまで本格的な台風シーズンに向けた訓練の位置づけだが、気は抜くんじゃないぞ!作戦立案を始める。リア、立体天気図を頼む」
台風の勢力、風速、進路について、リアからの説明を受け、全員の目の色が変わった。
台風対応のために増員されたメンバーを含め、総勢20名の隊員が、真剣に議論を戦わせる。そこに、訓練という油断はない。
「やはり台風の目周縁に吸い上げられる海水を冷却して、勢力を削るのがセオリーだろう」
「高度500〜1,500mがターゲットだな」
「問題は、人員の配置位置だ。3隊に分けるのはどうだ?いや、4隊もありか」
「展開位置は、第二・第三・第四要塞か?」
「第一にも配置すれば、他で勢力を十分に削れなかった場合の安全策になる」
フェルは、じっと作戦会議を聞いていた。先輩隊員たちの議論は、常套作戦を前提として、どう戦力を振り分けるかに終止している。
フェルが挙手すると、一斉に全員の視線が集まった。
「何だフェル、言ってみろ」
ヒース副隊長に促され、一つ頷いて、フェルは提案を始めた。
「今回、進路予測がかなり限定されていますよね?第二・第三要塞を台風の目が通過する見込みです」
「それで?」
「台風の目の中心気圧を一気に上げて、台風消滅を狙う作戦を提案します!」
フェルが投じた一石に、周りが一瞬無言になった。すぐに疑問と否定の声でザワつくのを、フェルは感じていた。
ヒース副隊長の口調は厳しい。
「お前、それを高度何メートルでやるつもりだ?」
ミーシャが、フェルを援護射撃する。
「はい!高度8,000mです」
「おいおい、さすがに非現実的だろう!魔力放出は、3,000mが限界だ」
懐疑的な声を上げた先輩隊員に、ミーシャが平然と返した。
「8,000mなら余裕です」
周りのザワつきは収まらない。フェルが、ミーシャに小声で囁いた。
「ミーシャ、無駄に煽らないでっ」
フェルが少しトーンを柔らかくして、改めて訴えた。
「いつでも打てる策じゃないのは分かってます。ただ、今回に限れば、台風の目の中心を狙い撃つほうが、合理的且つ確実じゃないですか?既存の作戦と二本立てにすれば、より確実性も増します」
ヒース副隊長が、鋭い目で問う。
「お前たちにできるのか?」
「ミーシャと俺ならできます!」
フェルは、言い切った。
「リア、進路予測はブレないのか?」
ヒース副隊長の念押しに、リアは確信を持って答える。
「今回に限っては、ブレないよ」
「フェルの作戦、気象台としてはどう見る?」
ヒース副隊長に意見を求められ、リアはドライに返した。
「可能だ。理論上はね」
数秒の間があってから、ヒース副隊長は決断した。
「フェル、ミーシャ、そこまで言い切るなら、やってみろ」
「はいっ!」
ミーシャの顔がパッと明るくなる一方、フェルの表情は引き締まった。ヒース副隊長から許可は出たものの、この場の誰も期待も納得もしていないことは、痛いほど感じていたからだ。
「ヒース副隊長、本当にやらせるんですか!?」
先輩隊員が慌てた様子で確認する。
「いつも通り、あくまで冷却作戦が主軸だ。既存作戦と二本立てなら、リスクはない。一度痛い目を見て学べと言っているだけだ。理論と実戦の差をな」
先輩隊員たちの表情は、一様に複雑だった。
せっかくのフェルとミーシャの初陣を、苦い思いで終わらせたくはないという思い。
常套作戦を学んで、今後の台風対応の戦力になってほしいという思い。
しかし、ヒース副隊長の言葉を聞いて、誰も二人に声は掛けられずじまいだった。
その日のうちに、冷却作戦を担当する先輩隊員たちは、各要塞に移動した。
第二要塞には、副隊長のヒース、先輩隊員5名、ミーシャとフェル、リアとノアが残った。
「すまないね、本来は観測士を二手に分けたいところだろうが、まだうちの新人を一人で現場に出すわけにはいかなくてね」
リアが、ヒース副隊長に詫びる。
「この規模の台風なら、司令部にいてくれれば問題ない」
気にするな、とヒース副隊長は応じた。
それにしても……とリアは笑った。
「アンタんとこの新人二人、とんだじゃじゃ馬だ!あそこまで自信満々に大口叩かれると、いっそ清々しいよ。うちのノアにも、あのくらいの自信がほしいねぇ」
カラカラ笑うリアの隣で、ヒース副隊長は笑う気にもならない……という表情で、ため息をついた。
3日後、リアの予測どおりの進路で、台風は洋上要塞に接近した。
朝には南寄りの第三・第四要塞が暴風域に入った。順次冷却作戦が始まっていた。
その1時間後には、第二要塞も暴風域にかかった。先輩隊員たちが、冷却作戦に向かうのを傍目に、大会議室にポツンと残されたフェルは、なんとなく落ち着かない。
ミーシャは、大粒の雨が激しく打ちつける窓辺で、外を見ていた。
「こうしてると、島で暮らしてた頃を思い出すなぁ」
ミーシャがつぶやく。その横顔は、どこか楽しげだ。
「それって、故郷の島のこと?」
フェルが聞くと、ミーシャは頷いた。
「うん、嵐が来ると、村のみんなで洞窟に籠もって、待つしかないんだ。でも、その時間が、あたし嫌いじゃなかった。みんなでいろんなこと話したなぁ。村に戻ると、家がペチャンコになってたりするんだけどね!あはは」
フェルもつい釣られて、笑ってしまった。
「あははって……ミーシャは強いなぁ」
やがて、窓に打ちつけていた暴風雨が、嘘のように止んだ。灰色の厚い雲に覆われていた空には、晴れ間すら見える。
第二要塞司令部が、台風の目の中に入ったのは明らかだった。
ヒース副隊長とリア、少し後ろについてノアが、大会議室に入ってくる。
フェルは立ち上がった。
「立体天気図を見せてください」
リアに頼んだつもりだったが、リアはノアに指示した。
「ノア、上空の立体天気図出しな!」
「はいっ!」
ノアの手元の核石から、立体天気図が像を結ぶ。ノアが緊張で、黒い核石を力いっぱい握りしめているのが、フェルとミーシャにも伝わってきた。
第二要塞の半分は、すでに台風の目の中だった。
「台風の目の中心付近がここを通るのは?」
フェルの問いかけに、またリアがノアを促す。緊張した面持ちで、ノアが回答した。
「約30分後ですっ」
リアも頷く。
「ミーシャ、そろそろ準備しよう」
「うん!」
ヒース副隊長に向き直って、フェルは宣言した。
「一瞬で終わりますから。見逃さないでくださいね!」
ヒース副隊長が眉間にしわを寄せた。その隣で、リアが笑いを堪えきれず、吹き出す。
ミーシャとフェルは、ひとときの静寂を取り戻した外へと踏み出した。
そして、伝説の瞬間は訪れた。
フェルが魔道具の銃口を、真っすぐに空に向ける。
「ミーシャ、何かあれば、俺が援護するから、リラックスして」
「うん!」
ミーシャは、フェルの絶対的な信頼を背中に感じながら、すぅっと息を吸い込んだ。
ミーシャの呪文詠唱が、静かに始まる。
「銀の糸……」
きらめく光の糸が、瞬く間に空ヘ突き刺さる。
灰色の湿った雲を突き抜け、束の間の青空を貫き、さらに上の冷たく乾いた空気の層─上空8,000m、狙いどおりの高度に到達したのを確信して、ミーシャは魔法発動の呪文を唱えた。
「開!!!」
静かな空に七色の花のような光が広がる。
瞬時に、台風の目の中心で、急激な気圧上昇が発生したことを、ミーシャとフェル以外、まだ誰も知らない。
二人が「何か」したような気配があってから、5分─晴れ間がのぞいていた空に雲がかかり始めた。
「ん……?雨?」
要塞の窓に雫が当たるのに気づいて、ヒース副隊長は眉をひそめた。その雨は、10分もたたないうちに、スコールのような強さに変わる。
「どういうことだ?台風の目の中で、なぜ雨が降る!?」
リアがノアに立体天気図を出すよう指示する。それ見て、三人は息を呑んだ。
ノアが混乱してつぶやく。
「台風の目が消えてる……?」
リアが言い直した。
「いや、この台風自体が─あと30分もすれば、消える……!」
「有り得ん……」
ヒース副隊長は、愕然とつぶやいた。
第8話をお読みいただき、ありがとうございます。
ずーーーっと構想を練っていたミーシャとフェルの東部初陣を、ようやく書けて大満足です!
気象学的には多少デフォルメしてあるので、天気バトルは雰囲気で楽しんでもらえればうれしいです(笑)
第9話では、東部の皆さんが感じたミーシャとフェルの偉業を詳報しますね。
お楽しみに♪




