第7話 新人たちの試練!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
東部気象台着任から、1週間。
女子寮の一室の隅にうずくまる新米観測士、ノア・マリスの苦悩は深かった。
「立体天気図が……出せない…………」
上司であるリアから与えられた黒い金属製の核石─どうしてもノアは、投影のイメージが湧かないままだった。
今まで胸の前で、ガラス製の核石を両手で包むように立体天気図を投影していたのだが、ずっしりとした重さが集中を乱すのか、像が結べないのだ。
先輩観測士からは、「慣れだから」と慰められたが、「いつでもどこでもどんな体勢でも、立体天気図を出せ!」というリアのオーダー以前の問題だ。
先輩曰く、「毎日磨かないと、海風で錆びちゃうから」ということで、なかなか仲良くなれない相棒を、ノアはオイルでキュッキュと磨いていた。知らず知らず、弱音がこぼれる。
「わたし、才能ないんでしょうか……」
そんなノアの悩みを知ってか知らずか、同室の超ド級の天才天気魔法使い、ミーシャがノアに声をかける。
「ノア、スープ作ったんだけど食べる?」
「あ、はい……いいんですか?」
おいしそうな匂いに釣られて、ついノアは返事をしていた。
「これね、師匠によく作ってあげてたんだ。師匠、よく胃を痛めてたから」
ミーシャの視線は、どこか遠くを見ているようだった。
手渡されたカップから立ち上る生姜の香りが、フワッとノアの鼻をくすぐる。具は、春キャベツと大根。ひとくち口にすると、塩だけのやさしい味付けに、ノアはなんだかホッコリした。
「気象台の人たちって、ごはんはどうするの?共同で作るの?」
ミーシャに尋ねられて、ノアは先送りして考えまいとしていた問題を思い出し、さらに憂鬱になった。
「え、あ……基本自炊みたいなんですけど、わたし料理全然できないんです」
「えっ、そうなの?魔法学院時代はどうしてたの?」
「寮母さんが作ってくれてましたから……」
若くして何でもできる天才で、ごく自然に人にやさしくできるミーシャに比べ、自分がひどく未熟な人間に思えた。
「そうなんだ。沿岸防護隊は、『食べるのも訓練のうち!』って言われたよ。たんぱく質多めとか、とにかくボリューム重視!とか、人によって好みの差が激しいから、各自自炊なんだって」
ミーシャと話していると、どんどん現実逃避している自分の課題が、重く積み重なってくる。
(うぅ、身体を鍛えろ!とも言われたけど、まずは立体天気図が最優先ですよね……?)
「ノア、パンも食べなよ。夜、お腹すくよ?」
差し出されたパンを、ノアはありがたい気持ち半分、申し訳ない気持ち半分で受け取った。
「これから勤務時間とか、洋上勤務とか、時間合わないときは仕方ないけど、一緒にごはん食べられるときは食べよ?あたし作るよ!……って、ノア!?なんで泣いてるの!?」
驚くミーシャに、ノアはやっと鼻声で答えた。
「なんでもないです〜……」
自分の無力さが恨めしい。
(お母さん、わたし、ここで頑張れるのでしょうか……)
ノアは心の中で、自信なくつぶやいた。
ミーシャとフェルが着任して2週間、洋上要塞に行っていたヒース副隊長率いる10名のうち、半数が陸上勤務に復帰した。
ジル隊長は、早速帰還した隊員たちに、ミーシャとフェルを引き合わせた。
「『魔弾の射手』フェル・クストです!」
「『銀糸の雷花』ミーシャ・カグラです!」
二人の短い挨拶と礼に、隊員たちからは、あたたかい拍手が沸いた─ただ一人を除いて。
副隊長と紹介されたヒース・コッド。その男だけは、ミーシャとフェルを一瞥しただけで、眉も動かさなかった。
切れ長の目が、その表情をいっそう冷たく見せる。
「ヒース、お前のリクルート活動が実って、魔法学院から勝ち取った首席と次席だぞ!その……二人とも筋肉の準備は、まだアレだが……」
最後はモゴモゴと口ごもったジル隊長の言葉に、ヒース副隊長は一つため息をついた。
「お話になりませんね」
一瞬、ピリッとした空気を、ジル隊長が取り繕う。
「まぁ、そう言うな。今日からわしが洋上要塞に連れて行ってくる」
「ジル隊長自ら?それくらいの雑用、私が行きます」
ジル隊長は、慌てて止める。
「馬鹿もん!とんぼ返りじゃないか。奥方に怒られても知らんぞ!」
ヒース副隊長は、涼しい顔だ。
「うちの家内は、そんな狭量な女ではありません。全く問題ない」
そのまま踵を返す。
ジル隊長は、やれやれという表情で、命令を出した。
「入れ替え要員6名、2時間後に洋上要塞へ出発する!準備を怠るな!」
ジル隊長はそのうちの一人、アルマの袖を引いて、小声で指示を出す。
「新人を頼んだぞ」
アルマは、コクリと頷いて見せた。
洋上要塞に向かって、夜通し船は進む。
ミーシャは、甲板で月明かりを見ていた。夜の海風はまだ少し肌に冷たいが、ミーシャには心地よかった。
甲板に上がってくる足音に気づいて、ミーシャは振り返った。
「ヒース副隊長、お疲れ様ですっ!」
ミーシャは元気に挨拶をする。
「お嬢ちゃんは、平気のようだな」
「何がですか?」
「お前さんの相棒は、船酔いだろう」
「フェルは、船乗るの初めてなんです。あたしは島の生まれだから、慣れてます!」
ふむ……とヒース副隊長は、ミーシャをジロリと見る。不思議そうな顔のミーシャに向かって言うでもなく、ひとりごとのように、ヒース副隊長はつぶやいた。
「お嬢ちゃんのほうが、いくらか見込みがありそうだ」
「……?」
「もう船室に戻りなさい。睡眠も、体調管理のうちだ」
「はいっ!」
ミーシャを甲板に残し、その足でヒース副隊長は、男性隊員の船室の一つに向かった。
「具合はどうだ」
ベッドに横たわるフェルの傍らで、アルマが答える。
「いくらか楽にはなったようで……」
「お前に聞いたわけではない、アルマ」
ヒース副隊長は、感情が全く乗っていない口調で、アルマの答えを遮った。
「自分で答えることもできないのか、坊主。とんだ甘ったれだな。お前には失望した」
フェルがゆっくりと上体を起こす。
ヒース副隊長の無言のプレッシャーに、アルマは静観するしかない。
「陸上勤務で何を準備してきたんだ。天才だ、称号持ちだと持ち上げられて、慢心したか。努力をしない天才と、努力を怠らない凡人なら、後者のほうが何倍も価値がある」
ヒース副隊長の厳しい言葉の連続に、フェルは怯まなかった。
「ミーシャや俺が、今まで努力をしてこなかったって言うんですか!?あなたが俺たちのこれまでの何を知ってるって言うんです!」
ヒース副隊長は、冷笑した。
「お前たちのこれまでなど知らん。私は、『今』『東部沿岸防護隊』での話をしている。自分に足りないものも見極められず、努力ができていないから、指摘しているまでだ」
冷たい目で見下ろすヒースを、フェルは気迫では負けまいと、必死に睨み返す。
ふっと口端に冷笑を浮かべて、ヒース副隊長はフェルに背を向けた。
「東部には即戦力しかいらん。悔しかったら、食らいついて来るんだな。アルマ、あまり坊主を甘やかすな。もう就寝だ!」
フェルは、腹の虫が治まらない思いで、ヒース副隊長の背中を見送った。
翌日、いくつかの点在する島で構成された洋上要塞の中心拠点、第二要塞に着いた頃には、昼を過ぎていた。
すでに滞在中のメンバー含め、すぐにブリーフィングが開かれる。同行した観測士のリアから、直近2週間の天気予報が一通り説明されたあと、注意事項が加えられた。
「予報の精度はまだ高くないが、5日以内にこの海域で、爆弾低気圧が発達する可能性がある。注意すべき点があるとすれば、それくらいだ」
ヒース副隊長が応じる。
「沿岸部は今、乾燥気味だ。海上で少し勢力を削ぎ、通常の低気圧に変えて、陸に雨を降らせられればベストだな。リア、引き続き、逐次報告を頼む」
爆弾低気圧発生の予報が強まったとの報告があったのは、3日後のことだった。接近まであと2日。要塞に作戦開始を知らせる赤旗が立てられる。
「1時間後から、作戦会議を実施する。新人!お前たちは哨戒艇で、沿岸の漁船に爆弾低気圧接近と作戦開始を伝えろ」
ミーシャとフェルは、アルマに教えられた場所に急いだものの、そこで顔を見合わせた。
「哨戒艇って、これ?」
「手漕ぎボートだね……」
「とりあえず、漁師さんに逃げてもらえばいいんだよね?」
「だと思う……」
二人は曇天の中、ボートを漕いで海に出た。まだ波は高くない。
周辺海域の漁師たちは慣れているのか、すでに作戦開始の赤旗を見て、続々と海域を離脱し始めており、ミーシャとフェルがやることは、それほどないように思えた。
一通り作戦実施予定の第二要塞から第三要塞方面に掛けて、見て回る二人だが、ボートを漕ぐだけで汗だくになる。
「あ、あそこの小島、船があるよ!」
ミーシャは、中型の船が小島の桟橋に着いているのを見つけた。何人かの船員が、忙しそうに近くの岩場から荷を運び、積み込んでいる様子が見える。
フェルが声を掛けた。
「おーい!嵐が来ますよー!離脱してくださぁーい!」
船員たちからは、何も反応がない。哨戒艇で近づきながら、今度はミーシャが声を掛ける。
「おーい!聞こえますかぁーーー!逃げてくださぁーーーい!!!」
すると、甲板に船長とおぼしき年配の男が出てきて、怒鳴った。
「やかましいわッ!!!今書き入れ時じゃ!黙ってろ!!」
「いやでも、嵐が……」
言い募るフェルの言葉を遮って、船長が怒鳴り散らす。
「こちとら、50年ここで漁師やってるんじゃ!嵐の前兆くらい分かるわい!!」
フェルは、呆れて言い返した。
「いやでも、今分かってないじゃないですか……」
「なんだとぅ!!?生意気なガキじゃ!その都訛りが気取ってて、またムカつくんじゃ!」
「今それ関係あります!?」
「え、ちょっと二人とも落ち着いて……」
ミーシャが間に入ろうとするが、不毛な言い合いは続く。
とうとうフェルがキレた。
「あーもう!!あなた死にますよ!!?嵐を甘く見るなんて、漁師の風上にも置けませんね!!!」
「何だとーーー!!?もう許さん!!」
「おい、何してる!」
ミーシャとフェルの後ろに、先輩隊員の哨戒艇が近づいていた。どうやらお目付役がいたらしい。
「あ、この船が退避してくれなくて……」
「おい、じいさん、勘弁してくれ。こいつの言うことは間違ってないぞ。2日もすりゃあ、この海域は大嵐だ。作戦も始まる。今のうちに陸へ戻ってくれ」
船長がブツブツ言いながらも、漁船は小島を離れていった。
ミーシャとフェルがお礼を言うと、先輩隊員はため息をついた。
「お前たち、哨戒任務を軽く考えるんじゃないぞ。魔法を使うことだけが、俺たちの仕事じゃない。この海域と沿岸の安全を守ることが、俺たちの任務だからな」
フェルは、拳をギュッと握った。
「分かってます……」
ちょっと言いにくそうに、頬を掻きながら、先輩隊員はフェルにアドバイスした。
「まぁ、ミーシャは仕方ないにせよ、フェル、お前はその貧弱な体格じゃ、ナメられるぞ。ちょっと鍛えろ。バディは補い合ってこそだぞ」
その日第二要塞に戻ったフェルは、悔しさに寝付けずにいた。
ボートを漕いだせいで、全身の筋肉が悲鳴を上げている。
船酔いの時も、アルマに言われた。
「体幹鍛えると、少し違うんだけどな」
ヒース副隊長の厳しい言葉がよみがえる。
2日後、爆弾低気圧が接近する中、直前の作戦会議が開かれた。
リアの立体天気図を見ながら、隊員たちが作戦立案をする。
「上空2,000m付近の空気を乾燥させて、勢力を削ぎましょう!」
先輩隊員の提案に、ヒース副隊長が頷く。
「うむ、セオリーだな。効果が薄ければ、1,000m付近も、軽く乾燥させるが、やり過ぎは禁物だ。我々が目指すのは、『ほどよい雨雲』だからな」
「はい!」
「作戦を承認する。総員配置につけ!」
先輩隊員たちの活躍で、作戦は成功し、東部沿岸地方には恵みの雨が降った。
要塞の中で待機を命じられたミーシャとフェルは、何の手出しもできないまま、見ていることしかできなかった。
第7話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、ノア・フェル・ミーシャの三人が、それぞれに自分の無力さに悩む、ちょっとストレスが溜まる回だったかもしれません。
ヒース副隊長の叱責は、作者が新人時代に受けていたら、即日辞表を提出していたことでしょう(笑)
この無力感や悔しさをバネに、東部で三人がどう成長していくかのか?
次回、東部での本格天気バトル開幕です!
どうぞお楽しみに♪




