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第5話 天才弟子の旅立ち!

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。

※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。

 その夜、バリー・ルンド天気魔法師団団長の家では、ミーシャの魔法学院(アカデミー)卒業祝いの宴が開かれていた。

 テーブルには、所狭しとエレノア夫人のあたたかい手料理が並ぶ。


 ミーシャは、料理を頬張り、顔を綻ばせている。ルクスはめずらしく、バリー団長と少しワインを酌み交わした。

 皆笑顔が絶えない幸せな夜だった。



 夜も更け、ルクスとミーシャは、離れの自分たちの家に戻り、ミーシャが淹れたあたたかいお茶を飲みながら、幸せの余韻に浸っていた。

 ルクスは、ずっと話さなければと思っていたことを切り出した。


「ミーシャ、大事な話がある。糸の魔法を継ぐ者として、知っておいてほしい話だ」


 ミーシャは、ちょっと不思議そうな顔をしたが、すぐにコクンと頷いて、ルクスのほうに向き直った。


「ミーシャ、天気魔法があれば、自分の故郷が救えたと思うことはないか?」


「え?」


「昔、そう考えた男が、糸の一門にいたんだ。私の大好きな兄弟子だった。お前と同じ黒髪で虹色の瞳の」


 ミーシャの瞳の光が揺れた。


「その人……今はどこでどうしてるの?」


「……もうこの世にはいない」


 ミーシャが息を呑む。


「処刑された。国家反逆罪で、7年前に─」


 ルクスは、心の古傷がまだ痛むのを感じたが、ポツポツと話し始めた。



 その男─ティルトは、ルクスが糸の一門に6歳で弟子入りして以来、いつも世話を焼いてくれる10歳年上のやさしい兄弟子だった。

 とくに周囲とのコミュニケーションが決して得意とは言えないルクスを、陰日向にかばってくれていた。


 ルクスは、ティルトのやさしい笑顔と声、そして虹色の瞳が大好きだった。

 ティルト自身は、膨大な魔力を宿していたものの、それをコントロールするだけの才がなく、糸の魔法を習得することはできなかった。


 一門の後継者ではないものの、プライベートでは弟弟子たちの面倒をよく見て、公には当時政府の中心である防災省長官を務めていたバリー・ルンドの懐刀として、重要任務を任されていた。

 災害調査委員会─国内外の災害状況を調査する防災省長官直轄の組織。ティルトは、バリーの命令で、海外に調査に出ることが多かった。


 たぶんそこでティルトは、地獄を見過ぎてしまったのだ、と今ならルクスにも想像がつく。


 水害で海に沈んだ島々の周りに浮かぶ損傷のひどい遺体、逆に干ばつにあえぐ砂漠の国の惨状、塩害による不作で食糧難に苦しむ痩せこけた人々。


 次に訪問したとき、その国が残っているかすら分からない。

 海に呑まれ続ける世界で、わずかに人に残された陸地では、こんな残酷な現実ばかりだ。


 対照的に、天気魔法という技術で、かろうじて保たれている実り豊かな小さなユートピア。それがここメフト共和国なのだ。


 心やさしいティルトは、他国の惨状に胸を痛めたに違いない。

 そして、決心したのだ。

 他国にも天気魔法の技術を輸出しようと─。


「え、それって……」


 ミーシャが眉をひそめる。


「そう、魔法学院(アカデミー)でも、一番最初に習うだろう。『天気魔法の国外持出は禁忌』『天気魔法は国と国民のために使うべし』と。なぜか分かるか?」


 当たり前に習ってきたことの意味を問われ、ミーシャは戸惑った。


「天気魔法の魔力を持つ者も、天気魔法に使われる技術も有限で、かろうじてこの国を支えることしかできないんだ。たぶんティルトは、そこにこの国の身勝手さ、傲慢さ、矛盾を感じたのだと思う」


 ティルトは、志を同じくする者を集め、密かに地下組織を作っていた。

 糸の一門ですでに頭角を現していたルクス自身も、一度組織に誘いを受けた。


 当時13歳、天気魔法使いとして、英才教育を受けてきたルクスが、ティルトの考えを肯定できるはずはなかった。

 やさしかった兄弟子は、ルクスの前から去った。


「このことを漏らせば、僕は君を殺す」と言い残して─。


 しかし、国も馬鹿ではない。

 ティルトの企みは、国家公安委員会の知るところとなり、天気魔法の輸出自体は未遂だったにもかかわらず、組織のメンバーは、秘密裏に行われた形式的な裁判の末、速やかに全員処刑された。

 天気魔法という技術の独占を、あらためて強固にするための国の判断だった。


 首謀者のティルトの直属の上司であり、糸の一門では師匠でもあったバリー・ ルンドは、事件への関与を疑われ、一時自宅軟禁され、防災省長官の職を解かれた。

 バリーの弟弟子だったジーンも、防災省官僚の職を失った。

 糸の一門は、名門としての名誉を大きく傷つけられたのである。


「ミーシャ、私は国に絶望したわけじゃない。天気魔法は、国内に留めておく。これは、正しい判断だと、当時も今も考えている。天気魔法は、万能でも無限でもないのだから。糸の一門を貶めたティルトを恨んでいるのだと、自分自身思い込んでいる時期もあった。でも、そうではなかった。私は……彼を引き止められなかった、無力な自分が許せなかったんだ……!」


 ルクスがうなだれて、嗚咽を漏らす。

 ミーシャは、ルクスの悪夢の正体は、これだったのだと、今ようやく理解できた。

 ミーシャが、そっとルクスの手に自分の手を重ねて話し始める。


「師匠、話してくれてありがとう。あたしね、この国が好きだよ。穏やかな気候で、食べ物に困ることもなくて、子どもはみんな教育を受けられて、仕事をしなくても、最低限の生活はできて。災害難民のあたしのことも助けてくれて……とってもやさしい国だと思う」


 ミーシャが一呼吸置いて言った。


「あたしね、天気魔法使いになる前から、知ってたことがあるよ。人間は自然に勝てないってこと。故郷の島で暮らしてた人たちは、みんな知ってた。おじいちゃんがよく言ってたの。あたしたちは、自然に、海に抱かれて生きてるんだって。あたしの島が沈んじゃったのは、この国の天気魔法使いが、助けてくれなかったからじゃないよ。ぜんぶ自然の中のことだから」


 ミーシャの顔を見上げたルクスの頬には、幾筋も涙が流れていた。

 ミーシャの瞳に力がこもる。


「ティルトさんはやさしい人だったかもしれないけど、絶対に間違ってた。だって、師匠を一人にしたもん。あたしは、絶対間違えない。師匠のこと、一人にしない」


 出会ったときから、真っすぐに自分を信じ続けてくれたミーシャ。

 その言葉で、ルクスは全てを赦された気がした。


「師匠、待ってて。天気魔法師団での3年の任期が終わったら、絶対にこの家に帰ってくるから」


 ルクスは無言のまま、ミーシャをきつく抱きしめた。



 卒業式から2週間後、春休みに入った魔法学院(アカデミー)は、卒業生でにぎわっていた。

 この日、掲示板に卒業後の正式な配属先が貼り出されたからだ。


 観測科卒業生のノア・マリスは、ほっと胸をなで下ろしていた。

 

「東部気象台配属ですね。忙しい部署とは聞きますけど、実家からもそう遠くないし、よかったわ」


 安堵するノアの背後から、卒業同期の友人から声がかかる。


「ノアー!東部気象台だってね。あんた、すごい運だよ!」


「え?それはどういう……?」


 ノアがポカンとしていると、友人は興奮気味に話し出す。


「総合科の掲示板見てないの?『銀糸の雷花(らいか)』ミーシャ・カグラと『魔弾の射手(しゃしゅ)』フェル・クスト、ダブルで東部沿岸防護隊配属だってさ。天才様とお近づきになれるじゃん!」


「えぇぇえ……!!?そんな……どうしましょう……!」


 聞いた途端に、青ざめて、オロオロし始めたノアに、友人は戸惑っている。


「え?うれしくないの?」


 ノアは今にも泣きそうな表情だ。


「わたし、今まで目立たないように、静かに真面目に生きてきたのに。そんな派手な人たちと一緒に働くなんて、一体どうなってしまうんでしょう……」


 ノアの胸には、不安が渦巻いて止まなかった。



「ミーシャ、東部沿岸防護隊配属おめでとうー!」


 大人たちのグラスがぶつかる音が響く。


「わが天気魔法師団の花形部署への配属、うれしいぞ!さすがわが弟子の弟子だ!」


 熊のような顔を緩ませて、バリー団長が祝福した。


「東部沿岸防護隊って、どんなとこなの?魔法学院(アカデミー)の先生からは、厳しいところって聞いたけど……」


 ミーシャが、バリー団長に尋ねる。


「うむ、台風の最前線で戦う屈強な猛者たちの隊だな!だが、この部隊の素晴らしいところは、10年間一人の殉職者も出していないことだ」


 「殉職者」という言葉に、ルクスはドキリとする。ミーシャの実力なら、どこの隊でも問題ないと思っていたものの、前線はそれだけ過酷なのだ。


「それよりミーシャ、バリー団長はお前の上司になるんだ。公の場で、抱きついたりするんじゃないぞ」


 ルクスが注意すると、エレノア夫人がからかった。


「あら、ルクス。師匠らしいこと言っちゃって」


「エレノア夫人、これでもこの春で、私は社会人6年目ですよ。上級フェローへの昇進も決まったのですから」


「あら、また最年少記録かしら?金糸の賢者様!」


 ほろ酔いのエレノア夫人のからかいは続く。


「でも師匠、お家のことは何もできないじゃん!」


 ルクスがミーシャにグサッと図星を刺されたところで、バリー団長とエレノア夫人が爆笑した。

 すると、突然ミーシャが身体を乗り出して訴えた。


「バリー団長、エレノア夫人、お願い!師匠をこの家に置いてよ!」


「ミーシャ……何を言い出すんだ?」


 ルクスはポカンとするが、ミーシャは大真面目だ。


「だって!師匠は忙しいと、すぐごはん抜くし、過労で胃を痛めて、スープしか飲めなくなるし、洗濯物は裏返したまま出すし、靴下の片方はどっか行っちゃうし、掃除なんてしたことないし……本当になんにもできないの!あたしが東部に行っちゃったら、暮らしていけないに決まってるよ!」


 ひと息に言ってのけたミーシャに、エレノア夫人がつぶやいた。


「ミーシャ、ルクス、息してないわよ……」


 図星すぎて瀕死のルクスが、ようやく一言発する。


「私は、離れのあの家で……お前と暮らした家で、お前を待ちたいんだ、ミーシャ」


 エレノア夫人がため息をつく。


「ミーシャがいない間は、わたしが最低限の面倒は見るわ。ルクス、この機にあなたも自立しなさい!弟子にこんなに心配されて、どうするの!?」


「エレノア夫人、ありがとう!師匠をよろしくね!!」


「ミーシャ、あなたは何の心配もせずにいってらっしゃい!」


 母娘のように抱き合う二人を見て、ルクスは苦笑するしかなかった。


 春先のまだ寒さの残る日、ミーシャは東部沿岸地方へと旅立った。

第5話をお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、ルクスの過去からの解放と、ミーシャの旅立ちが大きなテーマでした。

当初は「完璧な超人的天才師匠」になるはずだったルクスですが、ふたを開けてみれば、人としてのポンコツさが際立つ結果に……これはこれで人間らしくていいかな(笑)

次回からは、いよいよ東部編が開幕!

天気バトルが加速するので、ご期待ください♪

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― 新着の感想 ―
師匠に寄り添うなんていい子、と思いきや、そのすぐ後に地に叩きつけるとかなんて振り幅(笑) いや、ミーシャはどっちも善意なんですけどね。 ルクス、魔法で家事出来ないのかなぁ?と思ったけど、今回の魔法は…
話し終えた師匠に対する第一声がいい子すぎますね…! 話を聞いた後のミーシャの決意も、「この子なら確かにこう言うだろうなぁ」と納得感がありました! 全体通して違和感のない展開で、ともかく主人公がいい子…
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