第3話 天才師弟、はじめの一歩!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
ミーシャを弟子に迎え入れて、約半月。
金曜の夜に、ミーシャと食卓を囲みながら、ルクスは切り出した。
「ミーシャ、お前の修行なんだが、平日は私はなかなか教えられない。3ヶ月だけ家庭教師の先生に習うのは嫌か?」
「新しい先生?楽しみっ!」
師匠じゃないと嫌!と言われなくて、ちょっと複雑な気持ちにはなったが、ルクスはホッとした。
「私が信用している先生だ。人柄は……ちょっと破天荒だが、あの人の天気魔法は、誰より基本に忠実だ」
その男は、バリー団長の弟弟子で、ルクス自身も幼い頃、よく天気魔法の練習に付き合ってもらった。今は気楽な農村暮らしの身の上だった。
「明日、一緒に会いに行こう。都からは少し離れたところだ。朝早いから、今日はもう寝なさい」
「はぁい!師匠とお出かけ、楽しみ!」
翌日二人は、乗合馬車を何度か乗り継いで、中部の農村へと向かった。
外の景色は、何もかもミーシャには新鮮だった。都から離れるにつれ、街道の周りには畑が広がる。野菜や果樹の収穫期を迎えて、忙しそうに働く人たちの姿が、多く見られた。
今はもう海に沈んでしまったミーシャの生まれ故郷の島とは違う、豊かな実りの風景だった。
「ミーシャ、もうすぐ下りるぞ」
たっぷり半日馬車に揺られてから、ルクスに手を引かれて、ミーシャは馬車を下りた。
そこから小高い丘を登り、小さな石造りの家へと向かう。
ルクスが玄関の扉を叩くと、ほどなく家の主が顔を出した。ボサボサの頭に無精髭。
ルクスは、顔をしかめる。昼間なのに、明らかに酒臭い。
「ご無沙汰してます、ジーンさん」
「おう、来たか、ルクス。あの生意気で無愛想なクソガキが、ずいぶん立派になったもんだねぇ。今や、糸の一門の後継者で、出世頭!よっ!金糸の賢者様!」
「やかましいです。ミーシャ、ご挨拶を」
半分ルクスの陰に隠れていたミーシャが、ぴょこっと顔を出す。
「はい!あたし、ミーシャ。先生よろしくお願いします!」
ミーシャが元気に挨拶すると、ジーンはミーシャの頭をクシャッと撫でた。
「おー、よろしくな、ミーシャ!まぁ、二人とも中に入れよ」
テーブルの上には、案の定酒のグラスが置かれていた。相変わらずの自堕落な生活らしいと呆れながら、ルクスは切り出した。
「それで、ミーシャの教育カリキュラムなんですけど……」
すぐさまルクスの言葉は遮られる。
「無粋な奴だな。そんなことの前に、出すもん出してもらわないと」
「……」
ルクスはずっしりとした包みを差し出す。
「3ヶ月分の報酬と、先日大統領主催のパーティーで出されてた最高級ワインです」
ジーンの瞳が輝いた。
「おー!そうこなくっちゃ!さすがお上にツテがあると違うねぇ。他には?」
内心イラついたルクスだったが、ミーシャのために、背に腹は代えられない。
「ミーシャが魔法学院に合格した暁には、成功報酬もお支払いしますから、一般的な天気魔法の基礎と糸の一門の基本魔法は叩き込んでほしいんです」
「そりゃ、俺としてはありがたい話だけど……今、11歳だったか?天気魔法使いの修行を始めるのに、5年は遅れてる。別に魔法学院にこだわる必要はないんじゃないか?私立の学校でも、そこそこの天気魔法使いにはなれるぜ?のびのびやらせても……」
二人の話を黙って聞いていたミーシャが、初めて口を挟んだ。
「それじゃ、ダメなの!あたし、最強の天気魔法使いを目指してるから!!」
一瞬ポカンとしたジーンだったが、すぐに吹き出した。
「そうか、最強なぁ。夢はデカいなぁ」
「とりあえず、あたし、虹を出してみたいの。師匠は全然教えてくれないんだもの」
今日一番の柔らかい笑顔を見せて、ジーンは言った。
「いいぞ、ミーシャ。そういうやりたいことが、上達の第一歩だ!」
ルクスの方に向き直って、ジーンが確認する。
「それじゃ、ミーシャは、こっちで預かるんだな?」
「いえ、ジーンさんが、しばらくバリー団長のところに住み込んでください」
ジーンは、あからさまに不満げだ。
「はぁ!?なんでだよ?」
ルクスが、真顔で応じる。
「私が毎日、ミーシャの顔見れなくなるじゃないですか。3ヶ月も耐えられません」
ジーンは、完全に呆れ顔だ。
「お前……性格変わったな。弟子大好きすぎだろ。しかし、バリーの兄貴の家は、窮屈なんだよなぁ。お前も知ってんだろ?あそこの嫁が、俺に当たりがきついの」
ミーシャが当たり前のように言う。
「師匠とあたしのお家に来ればいいじゃん。あたし、ごはんも作れるし、お洗濯もできるよ」
ルクスがダメ押しの一言を放った。
「首都での遊興費は、別途弾みましょう!」
「乗った!!」
取引は、あっさり成立した。
「そうと決まれば、マリナが帰ってくる前に出発するぞ!」
ルクスは呆れて言った。
「奥さんに黙って出るんですか?」
「書き置きぐらいするさ。金のことがバレると、こえーんだよ。家空けるなら、地域防災士は代理を頼まないとな。ちょっと村長と話してくる」
その日の午後、三人は首都へ向けて発った。
ジーンの特訓は、翌日から始まった。
「気持ちいい天気だねぇ!さーて、まずは師弟の儀式だな!ほらほら、お二人さん、両手を合わせて」
ジーンに促され、ルクスとミーシャは、向かい合って両の手のひらを合わせる。
「ミーシャ、今は魔力を使うなんて、ありもしないしっぽを動かすようで分からないだろう。でも、一度魔力を身体で感じれば、すぐに魔力を使うって感覚が身につく」
ルクスが呪文の詠唱を始めた。
「金の糸……」
ミーシャは、ルクスの指先にエネルギーが集まるのを感じていた。
それは、一本の金色の糸に集約されるが早いか、遥か上空へと真っすぐ昇っていく。
突如、ミーシャの頭の中に空の映像が流れ込む。青空を昇ると、濃い霧が光を呑み、白い氷の層を抜ける─その先で、まぶしい青空が再び開けた。その間、一瞬。
「師匠……あたし、なんか遠くまで行ってきたみたい……」
不思議そうな顔で、ミーシャがつぶやいた。
「そう、お前は今、私の金の糸の魔法で、上空10,000mまで行ってきたんだよ」
「ミーシャ、ルクスの魔力が手に伝わっただろう?お前も、ルクスに自分の魔力を伝えてみな!」
「魔力を伝える……」
「イメージだよ、イメージ!」
少しの間考えて、ミーシャは目をつぶった。
ルクスの手に、温度が伝わる。
二人の合わせた手のひらを包むように、フワッと七色の光の花が咲いた。
あたたかく、やさしく、強い光。
「これが、お前の魔力か、ミーシャ」
「え?うまくいったの?……って、師匠!?」
ルクスは、胸にこみ上げるものを抑えきれず、思わずミーシャを抱きしめた。
その後のミーシャの実技指導は、極めて順調に進んだ。
「いいか、ミーシャ。天気ってのは、気圧・湿度・温度で決まる。まずは、基本中の基本、気圧の操作だ」
そう言うと、ジーンは紙飛行機を飛ばす。
「俺と手を合わせて。魔力の流れを感じるんだ。気圧が高い方から低い方に、風が流れる。それを利用して、この飛行機を落とさないようにするんだ」
ジーンは器用に風を起こし、飛行機を一定の高さでキープしている。
「どうだ、できそうか?」
「うん!」
ミーシャは、元気に頷いた。
2時間後、ルクスの隣で、ジーンはつぶやいた。
「ありゃ、天才だわ。気圧の操作を2時間でマスターした奴なんているか?しかも、あの集中力。ミーシャの奴、大物になるぞ!」
ミーシャは楽しそうに、飛行機をスイスイ飛ばし続けていた。
しかし、課題もすぐに浮き彫りになった。
午後、ジーンが天気図を見せ、等圧線の説明を始めたところ、途端にミーシャの頭から湯気が上がったのだ。
「これが気圧?さっき、あたしが使ってたのが気圧じゃないの?ぜんぜん分かんない……」
ジーンとルクスは、顔を見合わせた。
「あー、ミーシャは体験して学んでいくタイプだな。よし、来週末は体験学習だ!」
「……というわけで、今日は2,000m級の山を制覇するっ!」
「おーーーっ!でも、ジーン先生、お山のてっぺんが見えないよ?」
「あぁ、雲の中だからな」
「えっ、雲の中に行けるの!?」
「そうだぞ、楽しみにしてろ!」
ジーンとミーシャが盛り上がる中、ルクスは青白い顔でため息をついた。
「なんだなんだ、テンション低いぞ、ルクス」
「この日のために、3日徹夜して仕事を片付けてきたんです……」
ジーンは呆れ顔だ。
「おいおい、別にお前は来なくてもよかったのに……無理すんなよ」
「師匠の私が、ミーシャとの思い出づくりに参加しないなんて、ありえません!!」
「いや、体験学習な……」
登り始めて30分もすると、ルクスの息が上がり始めた。
「師匠、大丈夫?お顔が真っ白だよ!?」
「ちょ……ちょっと過労で、動悸息切れが……」
ジーンが解説する。
「空に近くなるにつれて、空気が薄くなるんだ。人によっちゃ、呼吸が浅くなる。これが気圧が低いってことだ。ミーシャ、覚えたか?」
「はぁい!」
一行は、山の中腹に差し掛かった。
「ジーン先生、すごい霧だよ」
「霧っていうか、これが雲だな」
ミーシャは、目を丸くした。
「えっ、あたし今雲の中にいるんだ!すごく空気がひんやり、しっとりしてる……」
「そう、雲ってのは、湿った空気が冷やされたものだからな」
山頂に近づくと、眼下には絶景が広がっていた。
「雲が下に見える!海みたいだね!」
ミーシャが虹色の瞳を輝かせた。
「これは、積雲。わた雲のことだ。雲が流れてるのが分かるか?気圧の高い方から低い方へ。それが風だ。登り始めと比べて、気温はどうだ?」
「すごく涼しくなったね。寒いくらい」
ミーシャは、途中で羽織った上着の袖をつまんで言った。
ジーンは頷く。
「そう、標高が100m上がるごとに、気温は約0.6℃下がる。それにしたがって、できる雲の種類も変わるんだ」
「へぇー!」
その時、にわかに空が暗くなり始めた。
ミーシャが、ジーンの背後を指差す。
「ジーン先生、あのモクモクした黒い雲は?」
振り返ったジーンは、背筋が凍った。
「積乱雲……!!」
山の天気は変わりやすい。発生した積乱雲は、みるみるうちに成長して、山頂を覆っていく。
雷が落ちれば、危険だ。ジーンは周りを見回すが、辺りはゴツゴツした岩肌が見えるだけだ。避難できそうな場所はない。
その時、ルクスの声が響いた。
「ミーシャ、ジーンさん、伏せて!」
ルクスは、即座に呪文詠唱を始める。
「金の糸!」
細い金色の光の糸が、遥か上空、積乱雲の最上部を、一瞬で突き刺す。
「照!!!」
ルクスが魔法を発動する。黒い雲の隙間から、金色の光が漏れたかと思うと、雲はみるみる白くほどけ、一瞬で霧散した。
さっきまで暗かったはずの山頂には、明るさが戻り、辺りにはほのかな冷気が漂っている。
ミーシャは、目を丸くした。
「黒い雲がなくなっちゃった!師匠すごい!!」
ジーンは、胸を撫で下ろした。
ルクスが天気魔法で、積乱雲の最上部から、大量の冷気を吹き下ろし、積乱雲の上昇気流を止めたのだ。
「積乱雲を崩壊させるとは、相変わらず規格外な奴だよ……って、おい、ルクス!!?」
ルクスが、膝から崩れ落ちる。
「チョット……タイリョクノ……ゲンカイデス……」
ルクスは岩場に倒れ込み、完全に沈黙した。
「過労のくせに、弟子の前でカッコつけすぎたな」
自宅に戻り、ベッドに横たわったルクスの横で、ジーンは笑った。
「まぁ、お前がこんな弟子溺愛の師匠になって、おじさんはうれしいよ。ちょっと前まで、ナイフみたいなガキだったからなぁ」
「やかましいですよ……」
口ではそう言っても、ルクスは立つ瀬がない。倒れたあと、ジーンに背負われて下山したのだから。
「ミーシャの奴、ティルトに似てるのは、見た目だけだなぁ」
見透かすように、ジーンが言った。
「あいつの話はやめてください……」
ルクスが顔を背ける。
「4年経ったんだ。もうそろそろお前も前を向け」
頭を撫でようとしたジーンの手を、ピシャリとはねのけて、ルクスは苦々しげに吐き出した。
「あなたは、田舎に引っ込んで、自分の能力を活かすこともなく、地域防災士なんかで満足して……それで、前を向いたって言えるんですか!?」
ジーンがいつになく真面目な顔になる。
「ルクス、成功と幸せはイコールじゃない。国の中枢にいなくたって、都暮らしじゃなくたって、幸せだって思える暮らしはあるんだ。お前にもいつか分かるさ」
キッチンでは、コトコトとスープを煮込む音がしている。
「師匠、カッコよかったなぁ。あたしも、あんな天気魔法使いになりたい!」
ミーシャは、くるりと鍋をかき回した。
第3話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、ミーシャの天気魔法使いとしての第一歩でした。
ミーシャと一緒に、読者の皆さまにも、天気魔法の基本が、すこーし伝わったんじゃないかと思います。
相変わらずのルクスの弟子溺愛ぶりや、ジーンとの軽妙な会話は、書いていて楽しかったです。
第4話では、いよいよミーシャの魔法学院での生活がスタートします。
お楽しみに♪




