第2話 今日から師弟!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
魔法学院で、教師たちに捕まり、雷競争騒動の事情聴取をこってりされて帰ってきたルクスとミーシャ。
その夜、天気魔法師団団長、バリー・ルンドの家では、ある意味ミーシャの威力に匹敵する雷が落ちた。
「馬鹿もん!!!ルクス、お前がついていながら、何やってんだ!保護者じゃなかったのか!?」
目を逸らしたまま、ルクスが言い訳する。
「すみません。弟子を侮辱されて、つい頭に血が上りました……」
ミーシャがすかさず、擁護する。
「挑発してきたのは、あのブサイクだもん!師匠は悪くないよ!」
「ミーシャ、お前には反省ってもんがないのか……」
バリー団長は、深いため息をついた。しかし、熊のような髭面は、すぐに満面の笑みに変わる。
「だが、お前を馬鹿にしてきた小物どもを、コテンパンにしたのは、至極痛快だな!」
豪快に笑いながら、あご髭を撫でたかと思うと、ミーシャの華奢な両肩をガシッと掴んで言った。
「『銀糸の雷花』誕生おめでとう!」
ミーシャは、キョトンとした顔で聞き返す。
「『銀糸の雷花』……?」
「バリー団長、それはミーシャの称号ですか?糸の一門の後継者としての……」
ルクスの問いに、バリー団長が頷く。
「うむ!強くて美しい名だろう?ミーシャ、お前の師匠の師匠として、糸の魔法を継ぐ者が現れたのは、誇らしいぞ!」
天気魔法使いの名門・糸の一門の継承という重責など、まるで理解していないミーシャだったが、それが糸の一門の長であるバリー団長からの祝福であることは分かったようで、パッと顔を輝かせた。
「バリー団長、ありがとう!あたし、師匠が誇れるような立派な天気魔法使いになる!!」
ルクスが半ば呆れたように言う。
「バリー団長、称号はありがたいですけど、ちょっとミーシャに甘すぎませんか?」
「孫弟子ってのは、かわいくて仕方ないもんなの!」
「バリー団長、大好きー!」
ミーシャが無邪気に抱きついた。
隣のキッチンから、おいしそうな匂いが流れてきて、思わずミーシャの腹の音が鳴った。エレノア夫人が顔を出す。
「バリー、お説教は終わったの?ルクス、ミーシャ、今夜はこっちでごはん食べていきなさい」
「よし、みんなで飯にしよう!ルクス、お前は夜通し説教だ!師匠として、保護者としての心得を、叩き込んでやるからな!!!」
ぐうの音も出ないルクスだった。
その夜遅くまで、ルクスはバリー団長とエレノア夫人と、久しぶりに時間をかけて話し合った。
二人とも、ミーシャが学校でいじめられていたこと、読み書きが苦手なことに、ルクスが気づけなかったことを、重く受け止めていた。
ルクス自身も含め、多くの弟子を育ててきた親代わりの二人の言葉は、ルクスにとって重かった。口ばかりの師匠だった自分が、心底情けなくなった。
バリー団長の家の庭を横切り、離れにある自分とミーシャの家に戻る。秋口の夜は、思ったより空気が冷たい。
まだ灯りはついていたが、音を立てないよう、ルクスは静かに玄関の扉を開けた。
ルクスを待っていたのだろう。テーブルに突っ伏して、ミーシャが眠っている。
「銀糸の雷花」などという勇ましい称号とは無縁に見えるあどけない寝顔だった。
ミーシャを起こさないように、そっと身体を抱き上げて、ルクスは寝室に連れていく。
「おやすみ、ミーシャ。私の宝物」
ルクスは穏やかな寝顔を確認してから、静かにミーシャの部屋のドアを閉めた。
* * *
ルクスがミーシャと出会ったのは、1年前─ルクスが、17歳の時だった。
その頃のルクスは、駆け出しの研究者として、来る日も来る日も研究に打ち込み、一つ結果を出しても満足できず、もっともっと成果を出さなければと焦っていた。
それは、自分の所属する天気魔法使いの名門・糸の一門が、兄弟子の起こした国家を揺るがす事件により、反逆者の疑いを掛けられ、窮地に立たされていたからだ。
一門の後継者である自分が、一門を立て直すのだと、ルクスは強い信念を持って、仕事に打ち込んでいた。
そんな時、勤務先の国立気象研究所所長から、声をかけられた。
「今度チャリティーイベントに行かないか?」
「チャリティーですか?私は、そんなことよりも、今は研究を……」
誘いに困惑するルクスを、所長は半ば強引に言いくるめた。
「いいから、来なさい。災害難民の子どもたちを支援する会なんだよ。3年前に、南東の島々でひどい水害があっただろう。親を失った子どもたちに、プレゼントを持っていくんだ。君も選んできなさい」
そうは言われても、ルクスには何を贈ればいいか、皆目見当がつかない。けっきょく、イベントへ向かう途中の花屋で、店員に勧められるがままに、小さな花束を買った。
イベント会場は、郊外の孤児院だった。
ルクスの手元の花束を見て、所長が言った。
「ほぅ、花束か。明るい色で、元気が出そうだ」
「そうでしょうか……?」
「うん、渡してみなさい」
会場を見回して、うつむいて座っている黒髪のショートカットの女の子が目についた。
「こんにちは」
ルクスが声を掛けると、女の子が顔を上げる。瞳の色を見て、ルクスは息を呑んだ。
虹色にきらめく大きな瞳……高い魔力量の証!
同じ瞳の色の人物を、ルクスは知っていた。
糸の一門の裏切り者。
でも、自分にとっては、大好きだった兄弟子─。
「お兄ちゃん?どうしたの?」
不思議そうな顔で、少女がルクスの顔をのぞき込んでいる。
「あ、あぁ……これを」
ルクスは、小さな花束を差し出す。
「わぁ、きれいなお花!あたしがもらっていいの?」
少女は、七色の瞳を輝かせた。
「うん。君……天気魔法使いにならないか?」
気づいたら、ルクスはそう言っていた。
少女がキョトンとルクスの顔を見返す。
「天気魔法使い?あたしがなれるの?」
「なれる。君なら、誰より強い天気魔法使いに。私が君の師匠になる」
側で聞いていた所長は慌てた。
「ルクスくん、何を言い出すんだね!君はまだ17歳じゃないか。そんなこと、できるわけが……」
ルクスは、キッパリと言った。
「なんとかします。金糸の賢者に不可能はありません!」
「……で、あの子を連れて帰ってきたと。どうするつもりだ、これから?」
バリー団長は、仁王立ちで弟子の前に立ちはだかった。
ルクスは、悪びれもせず、淡々と言う。
「あの子と暮らせるようにしてください。私が師匠として、一人前の天気魔法使いに育てますから」
バリー団長は、思わず声を荒げた。
「ルクス、お前自身がまだ未成年なのに、弟子を取りたいだと?何を考えてるんだ。難民ってのはな、確かな身元の人間じゃないと引き取れないんだぞ!しかも、これから年頃を迎える女の子の子育てを、安易に考えすぎだ!」
「だから、バリー団長に後見人をお願いしてるんじゃないですか」
ぶっきらぼうにそう言ったルクスを、バリー団長は真正面から睨みつけた。
「お前……あの子の瞳を見て、ティルトに重ねただろう。まだ引きずってるのか」
その名を聞いて、ルクスは思わずカッとなった。
「バリー団長だって、引きずっているでしょう!あいつの裏切りのせいで、糸の一門は、こんな苦しい立場になったんだ!バリー団長だって……本来、天気魔法師団レベルに収まってる人じゃないのに!」
「もう言うな!言っても詮無いことだろう。俺たちは、一からまた信頼を積み重ねていくしかないんだ。一門をどうするかは、俺たち大人の仕事だ」
ルクスは、言い募った。
「あの子なら、素晴らしい天気魔法使いになれます。私が最強に育てます!そうすれば、糸の一門の再興だって……」
「子どもを利用するんじゃない!」
ルクスの頬が熱くなった。バリー団長の平手が打ち下ろされていた。
「すみません……そんなつもりじゃなかったんです。私たちが引き止めていたら……ティルトの力を正しく使えていたらって……今でもそのことが頭から離れないんです」
ルクスの空色の瞳から、大粒の涙がこぼれた。
「すまん、痛かったな……」
バリー団長の分厚い大きな手が、ルクスの頭を撫でる。
「私なら、絶対に間違えません!あの子を正しく導いて、必ず災害で苦しむ人を救います!」
急に服を後ろに引っ張られ、ルクスは振り返った。
「お兄ちゃん、大丈夫?ほっぺ痛いの?」
その一言に、ルクスは涙が止まらなくなった。
少女は臆せず、バリー団長を上目遣いに睨みつけた。
「ヒゲのおじちゃん、お兄ちゃんをいじめないで!この人は、あたしにお花をくれたやさしい人なのっ」
「お、おぅ……すまなかったな、お嬢ちゃん。でも、お前さん、本当に天気魔法使いになりたいのか?つらい修行もたくさんあるんだぞ?」
うーん……と考え込んで、少女が答えた。
「わかんない!でも、お兄ちゃんが絶対なれるって言ったから。あたし、お兄ちゃんを信じる!」
どうして……この子は、会ったばかりの自分を、こんなに真っすぐに信じてくれるんだろう。
ルクスは、涙を拭った。
「『金糸の賢者』……」
ルクスはつぶやいた。
「え?」
少女が聞き返す。
「『金糸の賢者』は、最強の天気魔法使いの称号だから、覚えるんだ、ミーシャ。君の師匠である私、ルクス・アルスーンのね」
「金糸の賢者!カッコいい!!」
晴れ渡った青空のように、一点の曇りもない無垢な笑顔で、ミーシャは笑った。
バリー団長は、諦めのため息をついた。
ルクスはこの子を守り、導くつもりでいるが、この子が傷ついたルクスを癒やし、守ってくれるのかもしれない。
バリー団長には、そう思えた。
「ルクス、明日休暇取ってこい。三人で役所へ住民登録に行くぞ!」
一緒に暮らし始めると、ミーシャは驚くほど手のかからない子だった。逆に、極めて的確にルクスの図星を突いてきた。
「あたし、分かったよ!師匠って、なんにもできないんだね。これから、お料理とお洗濯とお掃除は、あたしがやるから!」
「な……ミーシャ、お前は弟子として、学ぶことが山ほどあるのだから……」
ミーシャは、得意げに胸を張る。
「あたしのこと見くびらないで。家事なんて、ちょちょいのちょいだよ!だいたい、師匠はお仕事が忙しくて、全然帰ってこないじゃん。お家のことをしてないと、退屈で仕方ないもん」
「ぐっ……」
言い返したくても、言い返せない。実際、ルクスは、ミーシャの作ったパンとスープを食べ、ミーシャが洗い、アイロンを掛けた服で、出勤しているのだ。
エレノア夫人はため息混じりに言った。
「ルクス、あなた、この子をハウスキーパーにするつもりじゃないでしょう?天気魔法使いに育てるなら、いいかげん仕事人間は卒業して、時間を作ってあげなさい」
ミーシャが、無邪気に笑った。
「師匠、あたし早く虹が出せるようになりたいなぁ!」
そうは言っても、平日は仕事で、ほとんどミーシャのための時間が作れないことに変わりはなかった。
早く基礎を身につけて、魔法学院に入れられればいいのだが、その受験勉強の時間すら確保できそうにない。
「これは、あの人に家庭教師を頼むか……」
ルクスは、依頼の手紙を書くため、ペンを取った。
第2話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、ルクスとミーシャ師弟の原点を描いてみました。
こじらせ天才少年だったルクスが、ミーシャにどう癒されていくか?
ミーシャがどう最強の弟子に育っていくか?
師弟を見守っていただけるとうれしいです。
第3話は引き続き過去編で、ミーシャの天気魔法使いの修行が始まります。
お楽しみに♪




