第16話 天才たちの共同戦線!!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
ミーシャとフェルが走って戻った宿泊先の受付には、思いがけない人物の姿があった。
「ゲッ……師匠!!?なんでここにいるの!?」
気まずさ全開のミーシャと警戒心あらわのフェルに、ルクスも思わず視線を逸らした。
「まさか同じ宿とは思わなかった。別に、お前たちの邪魔をしにきたわけじゃない。ミーシャ、お前と少し話がしたかっただけだ」
宿の女将が目を丸くする。
「あら、お客さん方、お知り合い?」
「あ、はい、まぁちょっと……」
フェルが曖昧な返事をする。
「お客さん、大変でしたね。橋が落ちて、遠回りされてきたんでしょう?」
女将がルクスに話しかけたところに、ハッとしてフェルが割って入った。
「すみません、この町の観測士と地域防災士はどちらに!?すぐに確認したいことがあるんです!」
女将が戸惑ったように答えた。
「あら、ここは小さな町ですから、観測士の先生は常駐されてないんですよ。地域防災士さんなら、小学校の近くに住んでますけど……何かあったんですか?」
「俺たち、天気魔法使いです!もしかしたら、もうすぐ嵐になるかもしれなくて……」
ミーシャがフェルの袖を引っ張る。
「フェル、でも観測士がいないんじゃ、判断できないよ」
「あ、そうか……」
ルクスが口を挟んだ。
「ここなら、何かあれば中部平野防護隊から、人員が派遣されるだろう。旅行で来ているお前たちが、動く必要はないんじゃないか?」
女将がハッとする。
「でも、今は橋が……」
全員が顔を見合わせる。
中部平野防護隊で、嵐の予測が出ていたとしても、事前に橋の崩落が伝わっていなければ、間に合わない。
湖畔の町は今、陸の孤島と言っていい状況だった。
突然、ルクスが手のひらから、直径30cmくらいの小型魔法陣を展開した。そこから、ミーシャとフェルが見慣れた、立体天気図が投影される。
「へっ?なんで師匠が、立体天気図出せるの!?」
「ちょっと研究開発中でな。精度は、初級の観測士程度のものしか出せないが……」
フェルが立体天気図を凝視している。
「これ、急速に気圧が下がってきてる……!」
町全体を覆う低気圧を見て、ルクスも眉間にしわを寄せた。
「あぁ、2時間後には、爆弾低気圧になるな。暴風雨では済まないかもしれない。最悪竜巻や土砂崩れが発生するぞ……!」
湖畔の町では、すでに風が吹き荒れていた。地域防災士の呼びかけで、緊急避難が開始されていた。
「お年寄り、子ども、妊婦を優先して!協力し合って、迅速にお願いします!」
地域防災士の必死の誘導の声が響く。
町唯一の小学校に慌ただしく集まってきた住民や観光客は、皆一様に不安な表情だった。
空にはいよいよ暗い色の雲が重く垂れ込め、地上を圧迫しているかのようだった。
ルクス・ミーシャ・フェルの三人も、小学校に移動していた。
中部平野防護隊の到着は、期待していられない。
「作戦を立てるぞ」
ルクスが先ほどの立体天気図を投影する。
「爆弾低気圧は、この町一帯をのみ込むだろう。この小学校も例外じゃない。私がドーム型防護魔法陣で、ここを守る」
「え、この建物全体ですか!?魔法陣の強度は、問題ないんですか?爆弾低気圧ですよ?」
「この広さなら、全く問題ないな」
ルクスの自信に、フェルは驚きを隠せなかった。
そもそも、ドーム型防護魔法陣は、均一に魔力を維持するのが難しく、難易度が高い技だ。加えて、範囲が広くなればなるほど、強度を保つのは難しい。
東部沿岸防護隊の隊員が使うときは、せいぜい5人入れればいい方だ。200人以上集まる小学校全体を守るなんて芸当は、とても並みの天気魔法使いにはできない。
「お前たち二人の役割だが、ミーシャ、お前は爆弾低気圧本体を狙え。分かっていると思うが、この低気圧は上層の冷たい空気と下層の暖かい空気が接する境界面を崩さないかぎり、何度でも発達する」
フェルが難しい顔をする。
「面で叩くってことですね。でも、どうやって?」
「糸の魔法なら可能だ。ミーシャ、上空5,000〜8,000m付近、爆弾低気圧の範囲全体に糸を張り巡らせろ。上層と下層の空気を撹拌して、温度差をなくす。ただし、ダウンバーストには注意だ」
「分かったよ、師匠」
師弟の会話に、フェルは驚愕する。
「範囲が広すぎる!いくらミーシャの魔力が無尽蔵だからって……しかも、これ、何時間続けるんですか!?」
「少なくとも2時間。ミーシャ、できるか?」
「いけると思う」
ミーシャは、冷静に頷く。
「魔弾の射手、お前は竜巻が発生したら、狙い撃て。中心に、高度1,500mから一気に冷気を吹き下ろせば、竜巻は沈黙する。あっという間に来るぞ。撃ち漏らすなよ。それと……」
ルクスが向き直って、フェルに言った。
「ミーシャを守れ」
二人の視線が交差する。
フェルは、力強く頷いた。
「はい!」
ルクスは続ける。
「陣を敷くとしたら、この辺りか」
小学校からは約7km離れた、湖と山の間の狭い平地を、ルクスは指差した。
フェルが懸念を示す。
「金糸の賢者様は、こちらでドーム型防護魔法陣を張るんですよね?そうすると、ミーシャと俺が、立体天気図の確認ができないんじゃ……」
「問題ない。私も同行する。ここの防護魔法陣は、金の糸で遠隔展開だからな」
「遠隔って……そんなこと可能なんですか!?」
ルクスは、不敵に笑った。
「私を誰だと思っている。天才天気魔法使い『金糸の賢者』だぞ?」
かつてない作戦の幕が上がろうとしていた。
ルクス・ミーシャ・フェルは、住民に避難の呼びかけをしつつ、作戦実行地点へと移動した。現地に着く頃には、三人は爆風と豪雨に襲われていた。
ルクスの立体天気図でも、爆弾低気圧の発生は明らかだった。
「金の糸……」
ルクスが呪文を唱えると、金色の魔力の糸は瞬時に7km後方の小学校上空へ飛ぶ。糸の先端はこれから描くドーム上端中心の位置を正確に捉えていた。
「防護魔法陣、展開!」
小学校は、瞬く間に金色に輝くドーム型防護魔法陣で包まれた。
ルクスの詠唱は止まない。
「防護魔法陣、展開!」
今度は、三人を囲む半径5mのドーム型防護魔法陣が出現する。
「金糸の賢者様、いくらなんでも、無茶です!立体天気図と合わせて、3つも魔法陣を同時展開・維持するなんて……」
フェルの言葉にも、ルクスは揺らがない。
「問題ない。自分の持ち場を守れ!ミーシャの撹拌が進まないうちは、竜巻の発生確率は高いぞ。収束線を見逃すな!」
ミーシャの呪文詠唱が始まる。
「銀の糸……」
真っ白に荒れ狂う暴風雨の中でも、ミーシャの糸は力強く上空へと上っていく。
ミーシャは、冷気と暖気の境界面を探っていた。
ミーシャの魔法であれば、冷気と暖気を丸ごと入れ替えることも可能だが、そんな乱暴なことをすれば、冷気が一気に地上に落ち、強風が吹き下ろすダウンバーストが発生してしまう。
境界面をとらえて、慎重に、しかし着実に空気の温度を均していく必要がある。
「見つけた!」
ミーシャは、冷気と暖気の間を縫うように、銀の糸を展開し始めた。
まだ準備段階にすぎないその時点で、ミーシャは敏感に、ある予兆を察知していた。
「フェル、来るよ!」
フェルは、立体天気図を確認する。
湖の方角に、一つの竜巻が発生していた。さらに風が激しくぶつかり合う収束線沿いにもう一つ─。
しかし、暴風雨のせいで、竜巻は肉眼でハッキリと確認できない。
「計算で打つしかない……!」
フェルは、仰角56度で魔道具の銃を構えた。
一つ目の竜巻、狙うは1km先、上空1,500m。迷っている暇はない。竜巻は、秒速30m以上で迫ってくるのだ。
「魔弾!」
フェルの銃から、光の軌道が暴風雨の中に飛び出していく。すぐに手応えがあった。
(竜巻の外側を突破した!いける!)
フェルは、ただちに魔法発動の呪文を唱えた。
「破!!!」
竜巻の中に、上空から一気に冷気が吹き下ろす。これで、竜巻は消滅した、はずだが、相変わらず視界は暴風雨で遮られている。
フェルはすぐさま、立体天気図を確認した。
「よし!一つ撃破!!」
フェルは拳を握った。
「油断するな、次が来るぞ!」
ルクスの檄が飛ぶ。
「一つも撃ち漏らしません。俺は、『魔弾の射手』ですから!」
フェルは、再び銃を構えた。
上空の境界面で、ミーシャの空気の層の撹拌が始まっていた。
糸を張り巡らせた面に、魔力を行き渡らせていく。ミーシャが静かに魔法発動の呪文を唱えた。
「開」
境界面全体が、ほんの数秒虹色の光に染まる。
強すぎず、弱すぎず─絶妙な強さで風を起こし、空気を混ぜていく。これを繰り返すしかない。
ふだんなら、魔法発動とともに、ミーシャの糸は消滅するが、今回に限っては、いちいち広範囲に糸を張り直している時間はない。
糸を維持しながら、魔法の発動を繰り返すのは、相当な魔力の消費を伴うはずだが、ミーシャに消耗の色は見られない。
(相変わらず、おそろしい集中力だな……!)
ルクスは、わが弟子ながら感嘆していた。
作戦開始から1時間、ミーシャの撹拌は、確実に効いてきた。
雨風はピークを過ぎ、空にわずかに光が戻ってきた。
地上の気温が少し下がったのは、ミーシャがかき混ぜた冷気が、降りてきている証拠だった。
「竜巻発生の確率は下がったな」
魔弾で、4つの竜巻を沈黙させたフェルに、ルクスが声を掛けた。
フェルが頷く。
「金糸の賢者様、俺たちの防護魔法陣を解いてください。これくらいの風雨なら、俺が張り直します。賢者様は、遠隔防護魔法陣の維持と、立体天気図を見ながら、ミーシャの作戦のサポートをお願いします」
「これくらい何ともない」
ルクスが言うが、フェルは譲らない。
「俺に言ったじゃないですか、ミーシャを守れって。あと1時間、俺にやらせてください」
数秒の間があって、ルクスのドーム型防護魔法陣が消えた。
一つ頷いて、フェルが平面の防護魔法陣を頭上に張り直す。
(頑張れ、ミーシャ……!)
心の中でそうつぶやくことしかできない歯がゆさを、フェルは感じていた。
ルクスたち三人が作戦を終えて、小学校に戻ってきた頃には、避難していた人たちはほぼ帰っており、人影はまばらだった。
フェルの背中に、ミーシャが背負われているのを見て、三人のところに、地域防災士の男性が、慌てて駆け寄ってくる。
「どうされました!?もしや、どこかケガを!?」
ルクスとフェルは、顔を見合わせる。
「お腹すいた……」
ミーシャのつぶやきに、ルクスとフェルは苦笑する。地域防災士は、胸を撫で下ろした。
「あれだけの魔力消費で、お腹すいただけって!」
「わが弟子ながら、お前は大物だよ、ミーシャ」
地域防災士は、目尻に涙を滲ませながら、ルクスの手を握った。
「ありがとうございます……!あなた方のおかげで、誰一人ケガすることもなく、この町は救われました。本当にありがとうございます」
地域防災士は、何度も何度もお礼を繰り返した。
三人で首都へ帰る馬車の中、ルクスとフェルの会話は弾んでいた。
「金糸の賢者様、あの立体天気図を出す魔法陣って、どういう仕組みなんですか!?」
ルクス曰く、あの開発中の小型魔法陣は、「観測士の魔力のメカニズムを自動化したもの」らしい。
「……とは言え、観測士の魔力のメカニズムは、50%程度しか解明できていないんだ。天気魔法使いにはない、観測士固有の適性というのも、謎が多いしな」
単純に魔力量で比較すれば、天気魔法使いのほうが多いのに、立体天気図の投影はできない者がほとんどだ。
「ごく稀に、立体天気図を投影できる天気魔法使いもいるぞ、ジーンさんとか」
懐かしい名前を聞いて、ミーシャは驚いた。
「えっ、ジーン先生、そんなことできるの!?」
「あの人は、魔力量は普通だけど、器用っていうか……。一度研究に協力してほしいと頼んだら、タカられたからやめたが」
「ジーン先生らしい!」
ミーシャは笑った。
フェルが真面目な顔で尋ねる。
「あの魔法陣が完成したら、魔力があれば、誰でも観測士になれるってことですよね!?」
ルクスが小さくため息をつく。
「そんなに単純じゃない。たしかに立体天気図の投影能力は、誰でも使えるようになるが、天気の予測は、過去のデータの蓄積や観測士の経験から導き出すものだ。そこを自動化するのは、何段階も先の話だな」
「そうなんですね……」
フェルは、ちょっと残念そうにつぶやいた。
「あと、あの遠隔のドーム型防護魔法陣って?あんなことできる人、俺初めて見ました!」
「あぁ、あれは、昔やったことがあったからな」
ミーシャが尋ねる。
「昔って?」
「魔法学院時代に、ドーム型防護魔法陣を練習していたら、たまたま首都上空に線状降水帯が発生したんだ。できるかな?と思って、都の中心に金の糸を伸ばして、都丸ごとドーム型防護魔法陣で覆ってみたら、案外すんなりできてな」
「え……!?」
「都丸ごと!!?」
ミーシャが目を丸くする。フェルは、驚きを通り越して、もはや引き気味だ。
「都には何の被害もなかったんだが、バリー団長に『あまり天気魔法師団の出番を奪わないでくれ』とぼやかれたな。最終的に『だが、良くやった!』と言われて、『金糸の賢者』の称号をもらったんだが」
(この師にして、この弟子あり……だな)
何もかも規格外な二人に、フェルは心の中でこっそりつぶやいた。
「それにしても、師匠とフェル、仲良くなったねぇ!」
ミーシャがうれしそうに笑う。
「仲良くなど……」
ルクスが否定する一方、フェルは照れたように笑った。
馬車は三人を乗せて、都へと近づいていた。
第16話をお読みいただき、ありがとうございます。
久しぶりの天気バトル、いかがでしたでしょうか?
最近ヘタれてばかりだったルクスの「金糸の賢者」様らしい活躍を書けてよかったです(笑)
物語は、いよいよラストへ─ミーシャ・ルクス・フェル、三人の恋の嵐の行方は!?
お楽しみに♪




