第15話 恋空は曇り模様!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
「師匠、あたし、自分で歩けるよ!」
ルクスに抱き上げられて、晩餐会の会場を出てたミーシャだったが、ルクスは降りるのを許さない。そのまま、二人は馬車へと乗り込んだ。
馬車の中でも、ルクスはミーシャを自分の太ももに座らせたままだ。
ミーシャは、ルクスの端正な横顔を見つめるが、表情はない。けっきょくルクスは、家に帰るまで、一言も話さなかった。
家に着くと、ルクスはため息をつきながら、盛装の首元を緩めた。
ミーシャが、困惑した顔でこちらを見て、立っている。
感情を抑えた声で、ルクスはミーシャに尋ねた。
「婚約というのは、何の話だ?なぜ私に何も言わなかったんだ」
ミーシャがおずおずと答える。
「だって、師匠……フェルの話題出すと、なんか機嫌が悪くて、言い出せなかった……」
「……あいつとは、ずっと恋人同士だったのか?」
ルクスの声音に、苦々しさが滲む。
「ずっとってわけじゃないけど……18歳の誕生日のときに、『ずっと一緒にいたいから』って、プ、プロポーズされて……」
「受けたのか?」
思わず目線が鋭くなったルクスとは対照的に、ミーシャは俯いて、ドレスの布を両手でギュッと握りしめた。
「……師匠に許してもらったらって……答えた」
「私が許さないと言ったら……?」
ルクスの言葉に、ミーシャは身体をこわばらせる。
次の瞬間、急にルクスが、ミーシャの細い腰に手を回し、抱き寄せた。
吐く息の熱が伝わる距離で、ルクスはミーシャの耳元に吐き出した。
「あんなガキに、お前を渡したいはずがない!お前は、私が見つけて、私の手で育てたんだ!何よりも、誰よりも大事な弟子で、家族以上に、この世で一番愛しい存在で……3年間、待ち焦がれていたのは、私だけか!?」
戸惑うミーシャの身体を離して、ルクスは顔を背けた。
「無様な姿を見せて、すまない。身勝手な嫉妬だ。しばらく、バリー団長の家にいてくれないか」
部屋を出ていくルクスを、ミーシャは追えなかった。
バリー団長の家で、ミーシャはパジャマに着替えて、エレノア夫人の淹れてくれたあたたかいお茶を飲んでいた。
パーティーのときに結っていた髪をほどいて、エレノア夫人が梳いてくれる。
ミーシャは、ついさっきルクスに言われたことを、ポツポツと話した。
ミーシャの話を、エレノア夫人は複雑な表情で聞いていた。
「あんな師匠、初めて見た……」
ミーシャの目は少し赤い。エレノア夫人がやさしく語りかける。
「なるほどねぇ…。ルクスって、いつも言葉が足りないのよ。あの子があなたに言いたかったのはね、嫉妬や独占欲なんかじゃなくて、『ミーシャは、自分の特別な大好き』ってこと。分かる?」
ミーシャは、エレノア夫人の顔を見上げて、自信なさげに答えた。
「たぶん……なんとなく……」
「あなたの『特別な大好き』は?ルクス?フェルくん?ゆっくり考えてみなさい」
その夜、遅くまでミーシャは思いをめぐらせたが、まるで答えは分からなかった。
ティーカップの中の冷めた水面が、ミーシャの手の中で揺れた。
「金糸の賢者様、いい加減にご帰宅なさってください!もう3日目ですよ!?」
始業前、研究室の来客用ソファーで寝るルクスから、ジョシュアが毛布をはぎ取った。
「無理……万が一にも、弟子と顔を合わせたくない」
ジョシュアは、盛大なため息をついた。
「ずいぶんと噂になってますからねぇ。晴れの場で、お弟子さんカップルの婚約を、金糸の賢者様が大人げなく却下して、お弟子さんを攫ったって」
ルクスの顔は暗い。
「そんなクソみたいな外野の噂はどうでもいいが、今さらどんな顔してミーシャに会えばいいか、分からん……」
ジョシュアは、完全に呆れている。
「何があったか、詳細は知りませんけど、あの女たらしの金糸の賢者様が、弟子の女の子一人のことで……こんなヘタレとは思いませんでした」
ルクスは、ぐうの音も出なかった。
その時、ノックもなく扉が開き、エレノア夫人がつかつかと入ってきた。
寝たふりを決め込もうとしたルクスに、エレノア夫人の堪忍袋の緒が切れた。
「ちょっとルクス!あなた、引っ叩かれたいの!?」
往生際悪く、渋々肩越しに視線だけエレノア夫人に向けて、ボソッとルクスがつぶやく。
「……何の用ですか?」
「耳の穴かっぽじって、よーく聞きなさい。ミーシャなら、フェルくんと今日から旅行に出たわよ。本来、あなたの許可なんてなくたって、二人は婚約も結婚も、できるんですからね!」
再び視線を逸らしたルクスに、エレノア夫人はいら立ちを募らせる。
「あなたは、ちゃんと自分の気持ちを、真っすぐミーシャに伝えないままでいいの?この先、一生後悔しないって言える!?わたしは、たしかに伝えたわよ!」
乱暴に扉を閉めると、エレノア夫人は、足音荒く帰っていった。
たっぷり30分の逡巡ののち、ルクスは起き上がった。目には光が戻っていた。
「……ジョシュア、明日から3日間有休を取る」
ジョシュアは、注いでいたお茶をこぼしそうになった。
「えぇっ!?仕事人間の金糸の賢者様が、有休取得!?……っていうか、私が死ぬ思いで日程調整した会議の数々、ぜんぶリスケじゃないですかぁっ!!?」
助手の正当な抗議には耳をかさず、ルクスはすぐさま積み上がった仕事の山に取りかかったのだった。
「わー、かわいい町だね!」
乗合馬車を降りると、湖畔の町の景色が、ミーシャとフェルの心を弾ませた。
ここは、都から馬車で半日ちょっとの距離にある景勝地。湖面の青が美しい湖の周りに点々と白い家々と緑の街路樹が並ぶ。
昨年末のノアの村への旅行で、すっかり旅に目覚めてしまったミーシャとフェルは、この褒賞休暇を利用した小旅行も、楽しみで仕方なかった。
湖の背後には、小高い山があり、トレッキングもできるらしい。
「都に着いてから、運動不足で、身体鈍っちゃったもんね。明日の山歩き楽しみ!」
ミーシャが満面の笑みで言った。
「じゃ、宿探そっか!」
フェルがミーシャの手を取って歩き出す。
平日なこともあり、人出は多くなさそうなので、宿が取れないということはなさそうだ。
二人は湖畔を歩いて、テラス席のレストランがある宿を選んだ。
入口で声を掛けると、受付に女将と思われる女性がすぐに顔を出す。
「2名様ですね。新婚さんかしら?いいお部屋、空いてますよ!」
微笑む女将に、赤い顔で訂正しようとしたミーシャを、フェルが笑顔で遮った。
「案内お願いします」
「ちょ、フェル!新婚さんって……!?」
小声で抗議したミーシャに、フェルはニヤリと笑った。
「似たようなもんでしょ」
日に日にエスカレートしていくフェルの甘いいたずらに、ミーシャはペースを乱されっぱなしだった。
「わー、湖見えるよ!ベッドフカフカ!」
案内された部屋で、フェルがはしゃいでいる。
一つしかないベッドを見て、ミーシャは今は考えまいと、目をつぶった。
その日の夕食は、1階のレストランで取ることにした。テラス席で、湖を眺めながらの食事に、少しお酒も入り、二人の気分は高揚していた。
いざ寝る時間になると、フェルはさっさと布団に潜り込んだが、ミーシャは嫌でも意識してしまう。
「どうしたの、ミーシャ?入りなよ」
フェルに掛け布団をめくって招き入れられて、ミーシャはため息にも似た深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
ミーシャとフェルは、並んで天井を眺める形になった。
「学生の頃さー、よく実技練習場で、二人で空見て寝転んでたよね。ミーシャは、ひたすら糸の修行しててさ。その横でボーっと空眺めてる時間が、俺大好きだったんだ」
「そうなの?」
フェルがそんな気持ちで一緒に自分といたことは、全然知らなかったな……とミーシャは思った。
「あの頃みたいに、これからもずっとミーシャと一緒にいたい」
「うん……」
ミーシャを見つめるフェルの翡翠色の瞳が、水面に浮かんだ月のように潤み、きらめいている。
フェルがそっとミーシャの身体を抱き寄せると、フェルの胸にミーシャが顔を埋めるような格好になった。
手が触れ合ったかと思うと、指を絡めるように握られて、ミーシャの鼓動が速くなる。フェルの体温を感じた。
「今夜は、ずっとこうしてよ?」
フェルの甘い囁きの息遣いが、ミーシャに伝わってきた。
どれくらい二人でそうしていたのだろう。
ミーシャは、小声で尋ねた。
「フェル……寝ちゃった?」
「起きてるよ。完全に失敗した」
「え?」
フェルのぼやきの意味が分からず、ミーシャは聞き返す。
「こんなんじゃ、ドキドキして眠れない」
そう言ったフェルの胸を、ミーシャは空いている方の手で小突いた。
「バカ……!」
「うん、バカかも」
フェルが笑うと、ミーシャも吹き出し、二人で笑い合った。
砂糖菓子が口の中で、柔くほどけていくように、旅先の夜が甘く更けていった。
「あちゃー……橋が落ちちまってる」
ミーシャとフェルから一日遅れで、湖畔の町へ向かっていたルクスは、到着目前で思わぬトラブルに見舞われていた。
御者が言うには、町の手前の川を渡る唯一の橋が、流されてしまっているというのだ。
「迂回すると、あと一日は余計にかかるぜ。どうする?兄ちゃん」
「川を渡る船はないのか?」
「この辺は、流れが激しくてな……」
たしかに目の前の川は、川幅が狭い急流だった。
休みは、週末を合わせて5連休。時間は十分ある。
「構わない。すまないが、先を急いでくれないか?礼は弾む」
「そうかい、それじゃ……。一昨日来たときは、何事もなかったんだけどなぁ」
馬車は、迂回路へと進み始めた。
その頃、湖畔の町にも、橋が流された知らせは届いていた。
山歩きを終えて帰ってきたミーシャとフェルに、宿の女将が伝える。
「この町へ入る唯一の橋が落ちてしまったっていうんですよ。長引くとわたしたちも困るけれど、お客さん、お帰りの予定は延びても大丈夫ですか?山側を回って帰ると、都まで一日半はかかるんですよ」
ミーシャとフェルは、顔を見合わせた。
「一日延びるくらいならまぁ……」
「褒賞休暇、まだまだあるもんね」
「今のところ、大きな問題はないですけど、ご不便お掛けするようなら、またお知らせしますね」
「分かりました。お願いします」
このとき、まだ二人は知る由もない。
この町に、重大な危機が迫っていることを─。
翌日、ミーシャとフェルは、湖の周りを歩いていた。
「今日は、お天気イマイチだね。昨日は山の上、気持ちよかったけど」
「まぁ、こうやってのんびり歩くのもいいじゃん」
あいにくの曇り空の下、ミーシャとフェルは、歩きながら配属先の話を始めた。
褒賞授与のご褒美に、ミーシャとフェルは、好きな配属先を選べることになっていた。
「実はさ、俺、防災省を希望しようと思ってるんだ」
「えっ、それって、ヒース副隊長が言ってた『出向』っていうやつ?」
「いや、天気魔法師団を退職して、防災省の官僚になろうと思う」
ミーシャが急な話に、不安そうな顔になったのを見て、フェルはミーシャの頭をポンと叩いた。
「ちょっと前から考えてたんだけど、俺たちの作戦って、観測士の予測の精度にかなり左右されちゃうだろ?観測士の人数を増やしたり、予測の精度を上げることで、現場の天気魔法使いは、もっと安全で確実に仕事ができると思って。そのために、観測士の育成や予測の質の向上に関する仕事を、防災省でしたいんだ」
「天気魔法使い、辞めちゃうの!?フェルには、せっかく魔弾を使える才能があるのに、それを活かしたいと思わないの?」
「うーん……魔弾の使い手は、兄弟弟子の中にもいるし、『魔弾の射手』の称号は、返上してもいいと思ってるんだ。魔弾の一門と糸の一門って、仲悪いでしょ?金糸の賢者様が、ミーシャと俺のこと反対するのも、称号が一因かもしれないし」
「でも、ずっと修行してきたのに、もったいないよ!」
ミーシャの言葉に、フェルは少し困った顔をした。
「別に俺の鍛えた魔力が消えるわけじゃないでしょ。称号がないと、ミーシャは嫌?俺は周りに祝福されて、ミーシャと一緒にいられることのほうが大事なんだけど」
ミーシャは、ちょっと俯いて答えた。
「フェルがそれでいいなら……」
「ミーシャは、なんだかんだ東部に戻りたいんでしょ?あと何年くらい、向こうにいたいの?そのうち、都に来るでしょ?」
フェルにズバリと言い当てられて、ミーシャはドキッとした。
「何年って、今は分からないよ。でも、お互いの目標が違うのに、どっちかが無理に合わせるのは、違うような気がするんだけど……」
ミーシャがなんとなく感じた違和感を口にすると、フェルはまた困った顔になる。
「でも、好きならそばにいたいって思うでしょ?お互い歩み寄りは必要じゃない?それに、子どもができたら、東部の厳しい任務をこなすのは難しいよ。ミーシャも、都で仕事する方向も考えておいたら?」
フェルは、自分よりずっと二人の将来のこと、もっと先の家族のことまで、考えてくれている。
たぶん、フェルが正しい。
でも、心の底では割り切れない気持ちを、ミーシャは拭うことができなかった。
ふと空に目を向けたミーシャは、ハッとした。
「フェル……雲がやけに低くない?」
たしかに、とフェルも思う。
昨日登った山の峰がほとんど見えないくらい、灰色の雲が低く垂れ込めている。
ただの低気圧かもしれないけど、でも─。
「ミーシャ、一度戻ろう!」
二人は、宿のほうへと走り始めた。
第15話をお読みいただき、ありがとうございます。
タイトルどおり、ちょっとモヤる展開が多かった中、ラノベ定番イベント「一緒に泊まることになったけど、ベッドが一つしかない!」を書けて、めちゃくちゃ満足です。
フェル……このあざと男子めっ(笑)
次回、久々の天気バトルにご期待ください!
お楽しみに♪




