第13話 恋の嵐の予感!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
その日、ジル隊長の発表に、東部沿岸防護隊一同からは、歓喜の雄叫びが湧いていた。
「ビッグニュースだ!フェルとミーシャの褒賞授与が決まった!!」
筋肉隆々の隊員たちが、突然ミーシャとフェルの胴上げを始めるが、肝心の本人たちは、事態が飲み込めていない。
「褒賞……?」
「って、何ですか?」
「簡単に言うと、国がお前たちの働きを認め!讃え!ご褒美をくれるってことだな!」
ジル隊長によると、昨年8月に台風上陸阻止作戦の詳細報告と、褒賞の推薦文を、ヒース副隊長が作成し、都に送ってくれたらしい。
トントン拍子に、バリー天気魔法師団団長→防災省長官→共和国議会の承認を受け、大統領が決定したそうだ。
「大統領……?って、見たことある?フェル」
「あるわけないでしょ……」
ミーシャとフェルには、まるで現実感がなかった。
ミーシャが挙手する。
「はい!ご褒美って何ですか?」
「うむ、通常は、大統領府での褒賞授与式と晩餐会だな。今回は特別にもう一つ、バリー・ルンド団長閣下が、お前たちに希望どおりの配属先を約束してくださるそうだ!」
ミーシャはその重さを、まるで理解していないが、フェルは目の色が変わった。これは、自分のキャリア、いや人生にとって、間違いなく大きなチャンスだ─。
ジル隊長は、二人の肩を叩いて、誇らしげに言った。
「フェル、ミーシャ、これはお前たちだけの名誉ではない。東部沿岸防護隊全体の働きが認められたんだ。皆の分まで胸を張って、都での褒賞授与式に行ってきなさい!」
隊員たちの盛大な男泣きは、止むことがなかった。
褒賞授与式のために都へ発つ前夜、ミーシャとフェルは、海岸線の防護壁上の小道を、並んで歩いていた。
「なんか……あらためて、すごいことになっちゃったね」
「大統領とか、晩餐会とか、別の世界の話みたいだよ……」
「それにしても、準備バタバタだったね!」
二人は笑い合った。
……というのも、褒賞授与式に着るための天気魔法師団の制服のサイズが、まるで合わなくなっていたからだ。
そもそも、東部の任務はいつも動きやすい隊員服でこなしており、制服を着る機会は皆無だった。
3年前の東部着任日に着たのが、最初で最後、クローゼットの奥にしまわれていたのだ。
この3年で、二人とも背は大幅に伸びた上に、マッスル隊で鍛えて、ひと回りもふた回りもたくましくなった。
久しぶりに引っ張り出した制服は、まるで子ども服で、二人で笑っていたら、ヒース副隊長に怒られた。
「笑い事ではない!すぐに都の天気魔法師団事務局に発注を依頼しなければ、褒賞授与式に間に合わんぞ!」
都に着いたあとで聞いたところによると、ヒース副隊長からの至急の依頼で、事務局勤務のエレノア夫人が手配してくれたらしい。
春に差し掛かり、昼間の寒さは少し緩んでも、夜の海風はまだ冷たい。ミーシャが小さく肩を震わせたのを見て、フェルは自分のマフラーを外し、ミーシャの首元に巻き直した。
「ありがと……」
どこか照れたように、ミーシャが小さな声で言う。
その表情にいたずら心をくすぐられて、フェルは無防備なミーシャの左手を取って、軽く口づけた。
「フェ……フェル……!!?」
顔を赤く染めて動揺する姿が、期待どおりかわいい。冗談半分、真面目半分で、フェルは聞いた。
「考えてくれた?俺とのこと」
ミーシャの誕生日─フェルの告白の夜から、ひと月以上経っていた。
フェルの翡翠色の瞳に見つめられて、ミーシャが不器用に、でも素直な気持ちを、一生懸命紡ぐ。
「……あたし、フェルのこと、大好きだよ。恋人とか、お嫁さんとかは、正直よく分かんないけど、どう考えても好き!これまでこの国でやってこれたのは、フェルのおかげだし。あたしも、ずっと一緒にいたいよ。でも……」
「……でも?」
「師匠に許してもらってからじゃないと!」
フェルは、困惑する。
「え?師匠の許可は、必要ないでしょ?ミーシャは、大人になったんだから……」
ミーシャは、譲らない。
「それでも!あたしがここにいるのは、師匠が拾ってくれたおかげだから……都でちゃんと話したい!」
そんなところも、ミーシャらしい。
「うん、分かった。ミーシャが俺と、ずっと一緒にいたいって思ってくれただけで幸せ……」
いつもの親友のハグとは違う、やさしい仕草で、フェルがミーシャの身体を引き寄せる。視線が近づいて、二人は自然と目を閉じた。
そっと5秒間─夜空の下で、二人は恋人のキスをした。
さかのぼること1ヶ月半─
ルクスは、都の高級店街にある落ち着いたカフェの個室で、待ち合わせをしていた。
平日の真っ昼間、本来は勤務時間中だが、優先せざるをえない特殊事情があった。
「お待たせしたわね、ルクス!」
待ち合わせ相手の女性は、ボリュームのあるロングコートを店員に渡すと、ルクスの向かいの席に座った。
仕立ての良いワインレッドのスーツが目を引くが、女性本人は決して派手な感じではない。
ルクスは、意識して感情を抑えながら言った。
「困りますね、大統領閣下。こんな平日に呼び出されては。私も、国家公務員として、研究に励む義務がありますので……」
目の前にいるちょっとふくよかでお茶目なおばちゃんは、メフト共和国第65代大統領、リリー・ローレンその人だった。
「あら、アナタの上司の許可はもらってるわよ?」
「職権濫用は、いかがなものかと存じます……!」
ルクスは、不覚にも語尾にいら立ちが滲むのを抑えられなかった。このご婦人は、いつも突然なのだ。
「今日は、半分公務なのよ。今年の褒賞授与の件で、ちょっと急ぎでハンコを押さなきゃいけないんだけど、話を聞きたくてね。本人に会えたらよかったんだけど、東部にいるっていうから」
「全く話が見えません……」
「今年褒賞授与の推薦があった、東部沿岸防護隊『銀糸の雷花』ミーシャ・カグラ、アナタのお弟子さんだっていうじゃない?」
まさか大統領の口から、ミーシャの名前が出るとは思わず、ルクスは驚くばかりだった。
「ミーシャが、褒賞を授与されるのですか……!?」
「えぇ、東部からもう一人『魔弾の射手』フェル・クストも。アナタのお弟子さんが、史上最年少の18歳ね!」
ミーシャの東部での活躍は、ときどきバリー団長から聞いてはいたものの、成人と同時の褒賞授与は、異例中の異例だった。
「ワタクシの性分で、議会が承認したからといって、そのままサインするのは憚られてね。どれだけすごい功績なのかしら?」
ルクスは、渡された推薦文に目を通す。
「台風崩壊の理論は至ってシンプルですが、並外れた魔力と大胆な実行力がなければ、できない作戦だったのだろうと推察します。ただ、私は研究者ですので……災害現場の詳細は、天気魔法師団のバリー・ルンド団長にお聞きになったほうが良いかと」
「なるほどねぇ。本当は本人の熱量を知りたいのよ。アナタのときは、ワタクシ、それが決め手だったの!」
「アナタのとき」というのは、実はルクス自身も、研究の功績が認められて、昨年褒賞を授与されたのだ。
ルクスが研究開発した護岸魔法陣が実用化され、この5年間で中部の川の氾濫が劇的に減ったことが評価されたのだ。昨年当時は最年少22歳での授与だった。
褒賞授与の最終決定前に、大統領府に呼ばれ、ルクスは自分の研究を説明するように言われた。
その時のことはよく覚えていないが、大統領の前で、柄にもなく熱く研究の意義を語ってしまったらしい。ルクスは、今になって少し気恥ずかしかった。
記憶が薄れているのは、他に忘れもしない強烈な出来事があったからだ。
秘書に促されて、大統領の執務室に入ると、大統領その人が、ルクスの方を見て、肩を震わせているではないか。
何か失礼があったのだろうか……と、ルクスが困惑していると、大統領府全体に聞こえるほどの大声で、大統領が言い放ったのだ。
「アナタ……ワタクシ好みの美青年じゃないのーーーー!!!」
それ以来、ただの一研究者のルクスが、大統領に呼び出されて、気まぐれに付き合わされる、という奇妙な関係が続いていた。
推薦文をバッグにしまって、大統領は言った。
「この件は、他に何人かに聞いてみるわ。ありがとう。ところで……」
急に大統領が、ニヤリと微笑む。
「ルクス、アナタ最近どうなの?いい恋愛してるかしら!?」
ルクスは、大統領の定番の質問に、言葉を濁す。
「まぁ、それなりに……」
「…………嘘をつくんじゃなくてよ!」
ひと呼吸間があってから、突然大統領の短い腕で鉄拳、もとい丸い拳がルクスに飛ぶが、ルクスは上半身を捻って、余裕で避けた。
「なかなかやるわね、ルクス。でも、ワタクシの情報網をナメてもらっては困るわ!」
大統領は、スーツのポケットから、サッとメモを取り出す。
「昨年10月3日夜、待ち合わせ場所の噴水前で、交際3週間の彼女に『愛されてるって思えない』と泣かれる。当日破局。
10月14日、パーティーで出会った女性に『ドレスより、内面の美しさが素敵ですね』と発言。即日、交際開始。
12月21日、都内某カフェで、彼女から『本当にわたしのこと好き?』と問い詰められ、『あなたを不安にさせた私が悪い』と回答。当日破局……あっ、何するの!?」
ルクスにメモを取り上げられて、大統領が抗議した。
「国家権力を使って、くだらない調査をしないでください!」
心底呆れて、ルクスはメモをクシャクシャに丸めて、ポケットに突っ込んだ。
大統領がじれったそうに、ふくよかな身体を揺する。
「だって、『それなり』じゃダメなのよ!ワタクシ好みの美青年が、心の底から震えるような恋をして、幸せになるのを見守るのが、ワタクシの唯一の趣味なの!!」
「大統領閣下、ご趣味は、再考されたほうがよろしいかと……」
ルクスの言葉を完全にスルーして、大統領は言った。
「ルクス、アナタって、女の子に少しも本音を見せないんだもの!上辺の賛辞ややさしさで、乙女の心は動かないものよ?もっと本当の自分で愛せる人とお付き合いなさい!」
嵐のようなおしゃべりを終えて、大統領は公務に戻っていった。
(私の研究時間を、返してほしい……!)
ルクスは、疲労困憊してカフェを出た。
帰りの馬車が捕まらず、ルクスは高級店街を少し歩く羽目になった。冬の街は色が乏しく、どこか味気ない。
この辺りは、よく女性を連れて歩く場所だったが、ルクスには別に思い出もない。
大統領から見せられた推薦文を、ふと思い出す。天気魔法を駆使して、自然の脅威と戦うミーシャの日々が、少しだけ垣間見えた。
それに比べ……と、ルクスは己を省みる。日々気象の研究をしているのに、ちゃんと空を見たのは、いつだっただろうか?
金の糸の魔法を使う機会も、ほとんどない。
自分は今、ミーシャに胸を張れる師匠だろうか?
ようやくつかまった馬車の中、ルクスの頭には、やたらと愛弟子の笑顔が浮かんで離れなかった。
* * *
その週末、ルクスは仕事の疲れで、カーテンを閉めたままの部屋で、昼を過ぎても眠っていた。
執拗にドアをノックする音で目を覚ましたルクスは、ぼんやりしたまま、渋々玄関に向かう。
「エレノア夫人ですか?私、残業明けでちょっと疲れてて……」
乱れた金髪をかき上げ、言い訳のようにつぶやきながら、扉を開けると、来客の予想は外れた。突然、訪問客に抱きつかれ、ルクスは面食らった。
「師匠!師匠……!あたし、帰ってきたよ!ただいま……!」
自分をそう呼ぶ人は、世界に一人しかいない。一旦身体を離して、ルクスはまじまじとその姿を見つめた。
「本当にミーシャなのか……?」
目の前にいるのは、スラッとした長身に、長い黒髪の美しい女性。肌は海辺の日差しで焼けたのだろう。人懐っこい笑顔と七色の瞳は、変わらない。
すっかり大人になったミーシャが、ルクスの頬に手を伸ばす。
「師匠……やっぱりやつれてる。お仕事無理してたんでしょう?……って、わっ…!!?」
今度は、ルクスがミーシャをきつく抱きしめる。
「私のミーシャ……よく帰ってきたな!」
ミーシャが抱きしめ返す力が、ルクスの背中に伝わる。
「うん、師匠。ただいま……!」
春先の光の中で、ルクスとミーシャは、約束の再会を果たした。
第13話をお読みいただき、ありがとうございます。
フェルとミーシャの初恋、大統領に翻弄されるルクス、ルクスとミーシャの再会……胸キュンも笑いも、盛り盛りでお届けしました!
舞台は、東部から再び都へ─。
次回、とうとうルクスとフェルの直接対決か!?
お楽しみに♪




