第12話 動き出した恋!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
東部沿岸地方は、日ごとに寒さを増していた。朝練のランニングの息が白く弾む。
ミーシャ・フェル・ノアは、東部での三度目の冬を迎えていた。
メフト共和国の中では、比較的温暖なこの地方では、例年冬は極端な乾燥に気をつけるくらいで、東部沿岸防護隊・東部気象台の任務は落ち着いていた。
この時期、長めの休みを取って、里帰りする者も少なくなかった。
その日、ミーシャとノアは、冬の主要任務の一つ、地域防災教育のために、地区の学校を回っていた。
日頃の防災や避難行動について、地域防災士と連携して、子どもたちに分かりやすく教える活動だ。
国の定める基本教育のほかに、地域固有の気象を考慮して、毎年天気魔法使い・観測士・地域防災士が話し合い、内容の更新と充実を図っていた。
こうした活動で、地域防災士や住民たちと顔見知りになっておくことは、避難の協力体制を作る上でも、とても重要だった。
「今日は3校、けっこう回れたね!」
「はい、順調ですね!」
ミーシャとノアは、小学校の校庭を横切りながら、話していた。
「帰り、こっそりカフェ寄っちゃう?」
ミーシャが、いたずらな目で提案する。
「いいですね!ほうじ茶ラテ飲みたいです〜」
ノアは、もちろん賛成した。
夏の台風で、屋根を破損したあのケーキのおいしいカフェは、1ヶ月ほどで営業を再開していた。
季節ごとに変わるメニューは、とくに女性に人気で、いつも店内は賑わっている。
ノアがこの店を気に入っているので、ミーシャもよく一緒に来ていた。
「え?配属先希望のことで怒られた?」
ノアが驚いて聞き返す。
「うん、『とりあえず首都』って書いたら、ヒース副隊長に呼び出されて、お前は何がしたいんだ?って……」
たしかに、首都と言っても、具体的な仕事は思いつかなかった。
ヒース副隊長が示した、天気魔法師団の中央司令部異動、防災省や気象予報庁への出向に、ミーシャはまるで関心がない。
天気魔法使いとして、人を災害から守るために働きたい。その信念は揺るがない。
でも、首都にも帰りたい。
「だって、師匠と約束した。3年で帰るって」
「ミーシャは、そのために一度も帰省せずに、3年間頑張ってきたんですよね」
ミーシャは、自分を弟子として育て、家族のように慈しんでくれた、ルクスの甘い笑顔を思い出していた。
なんだろう、胸が痛い─。
「あ、帰省と言えば……年末年始、一緒にうちの実家に来ませんか?よかったら、フェルも。お母さんが、お友だちもどう?って言ってくれてるんです。三人で一緒に過ごせる機会も、この先あるか分かりませんし……」
「え!絶対行きたい!!」
今から長期休暇の希望を出せば、何とかなるかもしれない。
「フェルにも言っておくね!!」
「はいっ!」
二人は笑顔で、ホットドリンクを飲み干した。
その年の年末、ミーシャ・フェル・ノアは、東部沿岸地方の中でも、北のやや内陸寄りに位置する、ノアの故郷の村まで、乗合馬車で向かっていた。
「年末だけになっちゃったけど、三人揃ってよかったね!」
久しぶりの連続休暇に、フェルはテンションが高い。
「やっぱり年末年始は、お休み希望混み合いますよね……」
「3日合わせて取れたら、上出来だよ!」
「楽しみだなぁ!あたしたち、3年間ほぼ洋上要塞と陸上拠点の往復しかしてなかったもんね……」
「本当青春って何だろう……」
二人の天気魔法使いのブラック職場エピソードに、ノアはかける言葉がなかった。
丸一日、馬車に揺られながら、三人はこれまでの思い出をたくさん話した。
「新人のときに、一番できるようになってうれしかったことって?」
フェルの出したお題に、ノアが恥ずかしそうに告白する。
「わたしは、初めてこの核石で、立体天気図出せたことですかね」
今も常に身体に掛けっぱなしの金属球の核石を、ノアが握る。
「最初、苦労してたもんね」
「えぇ……暗黒時代が長かったです」
ノアが自虐的につぶやく。
「俺も魔道具使うけど、たまにアルマの銃借りたりすると、感覚違うもんなぁ。何かきっかけってあったの?」
「特別なことがあったわけじゃないんです。リアさんに言われて、常に身に着けて、毎日磨いて……そんなふうに過ごしてたら、そのうち自分の一部になったっていうか……」
初めてこの核石で、立体天気図が像を結んだときの感動を鮮やかにノアは思い出していた。
「ノアさん、出てる!ちゃんと立体天気図、投影されてるよ!」
先輩観測士が自分のことのように喜び、一緒に泣いてくれたことは、たぶん一生忘れない。
「フェルは?何がうれしかったですか?」
恥ずかしいけど……と前置きして、フェルは言った。
「船酔い克服したこと!」
隣で爆笑するミーシャの頭を、笑うな!とフェルが小突く。相変わらずの仲の良さに、ノアは胸があたたかくなった。
「ミーシャは?」
ノアがやさしく聞くと、ちょっとだけ照れたように、ミーシャは言った。
「……ノアが初めて街へ誘ってくれたこと」
仕返しとばかりに、今度はフェルがミーシャをからかう。
「ミーシャは魔法学院で、女の子の友だちいなかったもんね。ノアが初めてじゃない?」
「ミーシャ……!」
ノアは、ギューッとミーシャを抱きしめた。
夕方乗合馬車を降り、山際の細道を40分ほど歩いて、ノアの故郷の村に着くころには、空はオレンジよりも藍が濃くなっていた。
着いた途端、ミーシャとフェルは、村の景色に心を奪われた。
村の家々には、そこここにステンドグラスのランプが灯され、色とりどりの光に包まれていたのだ。
「わぁぁあ〜!めっっっちゃきれい!!!」
「俺もこんなの初めて見た!これは、年末年始限定なの?」
「そうでもないです。お祝い事のときに飾るんです」
「へぇぇえ〜!」
ミーシャとフェルは、光に包まれた村の細道を、ノアの後について、目を輝かせながら歩く。
「あ、ここです。わたしの家」
ノアは、広い庭付きの小さな戸建ての家の前で足を止めた。
「お母さん、ただいま!」
「ノア、おかえりなさい!」
玄関では、ノアが歳を重ねたらこうなるのだろうな、というくらいそっくりの女性が、笑顔で出迎えてくれた。
「お客様だよ。天気魔法使いのミーシャとフェル」
そう紹介されて、ちょっと緊張気味に、二人は挨拶した。
「お、お世話になりますっ!」
「遠いところをありがとう。寒かったでしょう?少しの間だけど、ゆっくりしていってね」
その声の包み込むようなやさしさで、二人の緊張はすぐにほぐれた。
ノアの家は、ミーシャにとって、初めてのことばかりだった。
「えっ!?テーブルが……あったかいよ!!?」
「あー、ミーシャはこたつ初めてか。都では使わないもんね」
「そうなのね。この辺は山際だから、冬は寒いのよ」
ミーシャがうれしそうに笑う。
「この床に直接座る感じ、あたし好き!故郷の島では、椅子に座ることなかったもん」
30分後─
「あぁ〜、もう一歩もここから出たくない〜」
「完全にこたつの魔力に呑まれてますね、ミーシャ……」
「そうだね……」
三人の会話に、お母さんが微笑んだ。
「そろそろ、ごはんにしましょうね」
「お母さん、わたし、手伝うよ」
ノアがテーブルを整えると、お母さんが湯気が立つ大鍋を持ってきた。
「わぁ、おでん!俺、好物」
「おでん……って何?」
「えっ、おでんも初めてですか!?」
「これが大根、これが白滝、こっちがさつま揚げ……」
お母さんの解説に、ミーシャは興味津々だ。
「えっ!この茶色いの、お魚のすり身なの!?」
「そうよ」
「あたし、お魚大好き!……って、うっま!めちゃくちゃうま!!!作り方知りたい!」
「お母さん、レシピ教えてあげて。ミーシャは、何でも作れるんだよ!」
「ノア、あなたにも、魔力じゃなくて、料理の才能が、ひとかけらでもあればねぇ……」
お母さんは、小さくため息をついた。
食後は、お母さんが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、まったりとおしゃべりの時間になった。
「あ、ミーシャ寝ちゃった」
「あんな敵無しの天気魔法使いなのに、こたつの魔力に激弱ですね……」
フェルとノアは、顔を見合わせて笑った。
お茶を淹れ直しに行ったお母さんが、ティーポットを持って戻ってくる。
フェルのカップにお茶を注ぎながら、お母さんが聞いた。
「お二人は、ご実家に帰らなくていいの?」
「俺は5歳から、首都の師匠のところでお世話になってたから、実家とは疎遠なんですよね。ミーシャは災害難民だから、家族はいなくて」
「まぁ、天気魔法使い様って、お国の宝だけど、少し淋しいわね……」
お母さんの表情が曇る。
「俺たち天気魔法使いは、国策で育てられてるので、みんなそんなもんですよ」
フェルは、淡々としている。
「それに、観測士のほうが貴重なんですよ。俺たち天気魔法使いは、観測士がいないと何もできないですから」
「まぁ、そうなの?ノアがそんな大事なお仕事をしてるなんて、とっても誇らしいわ!」
お母さんの表情に、明るさが戻った。
フェルは、ノアが目を潤ませているのを、見逃さなかった。
ちょっとだけ横になるわね、とお母さんが言って、こたつでうたた寝を始めると、フェルとノアだけが残り、ミーシャとお母さんの寝息が聞こえるくらい、部屋は静かになった。
「ノア、あの、さ……」
「何ですか、フェル?」
フェルは、遠慮がちに切り出した。
「ちょっと前の話になるんだけど……」
「はい?」
「……アルマと何かあった?」
「はいぃーーーー!!?な、何かって……なんでそんなことを……!?」
急に挙動不審になるノアに、フェルは確信した。
「いや、うみんちゅ食堂で三人でごはん食べたとき、なんかギクシャクしてたっていうか、ノアが妙にアルマを意識してたっていうか……」
真っ赤な顔で動揺するノアに、フェルはニヤリと笑って言った。
「俺は、脈アリだと思うよ!」
「な……何の話か分かりませんっ!」
ノアは、首まで真っ赤になって、そっぽを向いた。
「俺も、頑張らなきゃなー」
「え?」
「いや、こっちの話!」
翌朝、夜のうちに薄く積もった雪に、ミーシャは大興奮して、フェルと二人、庭で朝の自主筋トレをしたのだった。
年明け、まだ冬休み気分が抜けきらないある朝、ジル隊長が満面の笑みで、隊員たちに発表した。
「今日は、めでたい話があるぞ。ミーシャ!」
「はい!」
名前を呼ばれて、ミーシャが起立すると、ジル隊長がミーシャの両肩をガシッと掴んだ。
「18歳の誕生日おめでとう!成人だな。今夜は、飲むぞ!!!」
作戦会議室は、祝福と歓喜に包まれた。
その夜、ミーシャの成人祝いの宴の後、フェルはミーシャを夜の散歩に誘った。
東部沿岸防護隊の拠点からは少し離れた場所に、白い砂のビーチがあった。
初めてお酒を飲んだミーシャは、かなりの量を飲んでいたが、まだほろ酔いといったところだ。
「ミーシャ、お酒強かったんだね。俺のほうが弱いくらいかも」
「そうなのかな?でも、おいしかった!」
真冬にもかかわらず、ミーシャがご機嫌で、裸足で白い砂を踏む。
波打ち際に歩いていこうするミーシャの手を掴んで、フェルが止めた。
ミーシャが振り向く。
「ミーシャ、ずっと言いたかったことがある」
「うん、どうしたの?あらたまって」
ミーシャの手を握るフェルの手に、少しだけ力がこもる。
「これから先も、ずっとミーシャと一緒にいるには、どうしたらいいか考えてたんだ。俺たち、公私ともにパートナーにならないか?」
「どういうこと?」
波が3回寄せて返す間があってから、フェルは言った。
「ミーシャのことが好きだ。俺のお嫁さんになってください」
突然のことに、ミーシャは大混乱だった。
「え……!?あ、あたしたち、今までずっと親友で……お、お嫁さんって!!?」
お酒では大して赤くなっていなかった頬が、真っ赤に染まっている。
「俺のこと、そんなふうには好きになれない?」
「わ……わかんない!フェルは、いつから……!?」
素直すぎるミーシャの反応に、フェルは苦笑した。
「たぶん6年前から」
魔法学院の実技練習場で、ミーシャの虹色の瞳を見たときからもう、きっと自分はミーシャに惹かれ始めていたのだ─と、フェルは思う。
「これでも我慢したんだよ。6年分の俺の思いを、なかったことにはしないでほしい」
フェルの真剣な眼差しを、ミーシャは正面から受け止めることができなかった。
「でも、あたし都に帰ったら、師匠のお世話があるし……」
「ミーシャは、もう大人だろ?師匠と一緒に住む必要はないし、金糸の賢者様だって、そのうち結婚するかもしれないじゃないか」
「師匠が、けっこん……?」
ミーシャは、何も言えなくなってしまった。
「返事はすぐじゃなくていいけど、必ず聞かせて」
いつになく強い口調でそう言ったフェルを、ミーシャは泣きそうな顔で見上げた。
(いつからフェルを見上げるようになったんだっけ?魔法学院にいた頃は、おんなじ目線だったのに……)
目の前の精悍な顔つきの青年は、困ったように微笑んだ。
第12話をお読みいただき、ありがとうございます。
これまで匂わせてきたフェルの恋心を、真正面から描くことができて、大満足な回でした!
戦いの日々から少し離れて、ミーシャ・フェル・ノアには、束の間の青春させてあげたいと思います(笑)
天気バトルがなくて、物足りない読者さんがいたらごめんなさい。
次回以降も、しばらく胸キュン展開の予定です(笑)
お楽しみに♪




