第11話 嵐のあとの誓い!
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・気象現象とは関係ありません。
※気象や魔法の描写は、作者独自の設定・解釈を含みます。
洋上要塞から帰還する船は、もう肉眼で見えるところまで戻りつつある。
夕暮れ一歩手前の時間帯、海岸線の防護壁の上から、ノアは海を眺めていた。
(昨日ここで、あの壮絶な戦いがあったんですよね……)
恐ろしく厚い雲の内側から、虹色の光が漏れて30分足らずで、東部沿岸の上陸にかかっていた凶暴な台風は、中心気圧が急激に上昇したことで消滅した。
ノアの投影する立体天気図で、完全に台風が消え去ったことを確認した沿岸防護隊隊員たちは、小雨の中、光を取り戻し始めた空に向かって、歓喜の雄叫びを上げた。
安心した途端、フェルが倒れ込むのを、マッスル隊隊員が支える。
ミーシャが泣きそうな顔で、ずっとフェルの名前を呼んでいた。
「ノア、どうした?ボーっとして」
ノアは、ハッと声の主を見上げる。
隣に立っていたのは、アルマだった。
「あ、いえ……昨日のこと、思い出してて」
「すごかったなぁ、ミーシャとフェル」
「はい……」
わずかにノアの声が沈んだ気がして、アルマはノアの顔をのぞき込んだ。
「どうした?」
「い、いえ……二人とも、元々天才なのに、この3年でどんどん進化してて、全然追いつけないなって。昨日も、わたし何もできなくて……」
「おいおい!勘弁してくれよ」
隣にドカッと座り、アルマがノアの言葉を遮った。
「全然自覚ないんだな」
「え……?」
「ノアの立体天気図見て、俺らがどんだけ安心したか!」
アルマが大きな手で、ノアの頭をポンと叩いた。
「あんたたち観測士が……いや、ノアがいないと、俺たちは何もできないって、いいかげん気づいてくれ」
ノアが顔を背ける。
「え、泣いてんのか?」
「泣いてません……」
ノアの明らかな鼻声に、アルマは笑った。
「変なやつ!」
昨日からは嘘のように凪いだ海に、夕日が映えるのを、二人は何も言わずに眺めていた。
その夜帰還した船から、ジル隊長が足早に降りてきた。
出迎えた隊員に、すぐさま報告を求める。
洋上要塞でも、リアの立体天気図を見ながら、上陸後間もなく台風が消滅したことは確認していた。
しかし、陸上から何をすればそんなことが起こり得るのか、洋上要塞の誰も、皆目見当がつかなかった。
陸上組の司令役の隊員から、昨日の作戦行動の詳細な説明を受け、ジル隊長は絶句した。
「やはりあの二人がやってくれたか……!」
「ただ……二人とも、今医務室で治療中というか……」
「何っ!!?」
隊員の報告を最後まで聞く余裕もなく、ジル隊長は医務室に走っていた。
「ジル隊長、お疲れ様です!」
「無事の帰還、何よりです!」
ジル隊長が駆けつけたとき、マッスル隊2名が、医務室のベッド脇に待機していた。
「ミーシャとフェルは!!?」
「寝てます」
「二人揃ってスヤスヤと」
「は……?」
ベッドの近くに寄ると、赤い顔をしたミーシャと青ざめた顔のフェルが、隣り合うベッドで眠っていた。
「目覚めたら、すぐにお知らせしますので、ジル隊長も、どうか少しでもお休みを!」
「あ、あぁ……すまんな。二人を頼んだぞ」
ジル隊長は、拍子抜けして戻っていった。
「すまん!!!」
翌日、目を覚ました二人に、ジル隊長は深々と頭を下げた。
まだ頭が働いていない様子のミーシャとフェルは、ボーっとしている。
「わしの作戦ミスのせいで、二人にはとんでもない負担をかけた!このとおりだ!!」
左側のベッドで、ただの風邪でまだ熱があるミーシャは、額の濡れタオルを外しながら起き上がる。
「ジル隊長?おかえりなさい……」
「え、ジル隊長……!?」
右側のベッドで我に返ったフェルが、ガバっと上体を起こした……と思った瞬間、背中を丸めて悶絶する。
「あったまいってぇーーーーーー!!!」
医務室中に響く声で、フェルが叫ぶ。
「フェル、バカ!急に起きるヤツがあるか!」
「お前、魔力切れだったんだぞ!!?」
マッスル隊隊員が、交互に世話を焼く。
「魔力切れって、こんな感じなんですね……。俺初めてで。頭痛が痛いです……」
「もう少し寝てろ」
「はい……」
とても本調子ではない二人を見て、ジル隊長は、胸が痛んだ。
マッスル隊隊員が、心配して尋ねる。
「ミーシャ、お粥でも持ってくるか?何も食べてないだろ?」
「お願いします!唐揚げもっ!」
鼻水をすすりながら、ミーシャが答えた。
マッスル隊隊員が用意したお粥を、あっという間に平らげ、唐揚げをパクつきながら、ミーシャが話し始めた。
「ジル隊長、あたしね、ちょっと勘違いしてたかも……」
「ん?何をだ?」
「天気魔法使いって、災害から人を助けて、すごく感謝される仕事だと思ってたんだ。でも、あたしたちの仕事は、災害を未然に防ぐこと。防いだ災害について、知ってる人は仲間しかいないんだよね。でもさ、今回フェルと台風消した時……すっっっっっごい気持ちよかった!!!」
「そうか……」
ジル隊長は、胸にこみ上げるものを感じた。
「誰かに感謝されなくても、あたし、これからもずっと天気魔法使い続ける!」
ミーシャは、白い歯を見せて、太陽のような笑顔で笑った。
その頃、東部沿岸防護隊兼東部気象台の建物前では、ちょっとしたトラブルが発生していた。
都の中央司令部からの応援部隊が乗った馬車が、建物前に横付けされたのである。
ジル隊長が駆けつける前に、応援部隊の隊長と、東部の中堅隊員たちの間で、すでに嫌味合戦の火蓋は切られていた。
元々仲が悪い中央と東部だったが、今回東部の隊員たちは、腹に据えかねるものがあった。
今回ミーシャたち陸上組に15名の援軍があれば、もう少し安全に作戦が実行できたはずだったからだ。
「ほぉ~、都から皆さま、ちんたら馬車でねぇ?てっきり馬で駆けつけられるものと思ってましたよ!間に合わないわけですよねぇ?」
「道中、道が悪かったのだ!そちらこそ、都からわざわざ我々エリートが来てやったというのに、二日前に台風が消滅とはどういうことだっ!?」
「お宅の部隊がノロノロなさってる間に、うちの若手が見事に消しちまいましてねぇ〜!無駄足ご苦労様でしたぁ!」
「何が見事にだ!暴風域が陸上に掛かっただろう!被害が出ているのは、確認済みだぞ!中央司令部に報告させてもらう!」
その時、建物の入口から、10名ほどの隊員を従えて、ジル隊長が姿を現した。
「中央司令部の皆さま、お疲れ様です。バリー・ルンド団長閣下の命で駆けつけていただき、感謝致します」
ジル隊長の威厳ある態度に、応援隊は気圧される。
「う、うむ、ジル隊長殿、ご苦労!貴殿の部下たちは、礼儀がなっておらんな。我々への敬意が……」
ジル隊長は、しおらしく言った。
「それは、大変失礼致しました。皆、丁重にもてなして差し上げろ!」
「はい!!」
突然、屈強な東部の隊員達が、中央の応援隊隊員たちを後ろから羽交い締めにする。
「なっ!何をする!離せ!」
中堅隊員が、笑顔で応じる。
「エリート様方にご迷惑をお掛けしたお詫びに〜、共同訓練として、東部沿岸防護隊名物、マッスル体操、いかがでしょーかっ!!?」
応援隊隊員たちがザワついた。
「た、隊長、これは筋肉痛必至と噂の……」
「やめろ、東部の脳筋どもめ!天気魔法使いに、筋肉などいらん!」
応援隊隊員たちは暴れるが、マッスル隊隊員はビクともしない。
「そうおっしゃらず〜。共同訓練ですから!我々にお任せください。はーい!全員スマイル、マッスル!マッスル!」
「やーーめーーてーー!!!」
その後、強制筋トレは1時間続いたという。
「え、しばらくお休み?」
店の前で、ノアは女性店主と立ち話をしていた。
「うちの商品を気に入って買いに来てくれたのに、悪いねぇ。ただ、見てのとおり、一昨日の台風で、屋根が一部飛んじまってね」
ノアは、先日ミーシャとお茶しに来たケーキのおいしいカフェに、ミーシャとフェルへのお見舞いのプリンを買いに来ていた。
たしかに、木造の屋根の一部が吹き飛ばされて、穴が開いている。
「さっき地域防災士さんが被害状況を確認に来たから、国から修理費はすぐ出ると思うけど。ただ、仕入れ先も被害を受けたみたいでね」
「そうですか……大変でしたね」
「復旧したら、また来ておくれよ」
ノアは、店主に一礼して店を後にした。
自分たちのできる範囲で、ギリギリで食い止めたつもりでも、やはり先日の台風の暴風域に巻き込まれた海岸線近くの地区は、被害を受けていた。
「ノア先生、ご無事でよかった!」
帰る道すがら、顔なじみの若い地域防災士と数人の住民から、声を掛けられた。
「皆さんもご無事で!」
ノアが駆け寄る。
「はい、今回は突然の大きな台風で驚きましたけど……。うちの地区は、避難時にこの子が転んで、膝を擦りむいたくらいで済みましたよ」
地域防災士がそう笑うと、隣で10歳くらいの男の子が、ちょっと恥ずかしそうに、鼻をこすった。
「建物の被害は、多少ありますけどね。なーに、家は直せばいいことですから!」
台風に慣れている沿岸の住民たちは明るい。
「まだまだ沿岸防護隊と気象台の皆さんは、繁忙期が続きますでしょう?どうかご無事でお務めくださいね」
一昨日避難指示がギリギリ間に合ったのは、沿岸防護隊の機転ととっさの判断あってのことだったが、もっと気象台が予測を迅速に正確に出せていたら……と、ノアは悔しくなった。
(わたしだって、成長するんだ!リアさんみたいに頼られる観測士になるんだ……!)
ノアは、拳を握りしめた。
過酷な台風シーズンを乗り越えて、11月に入り、東部沿岸防護隊の任務は落ち着きを見せていた。
その日、ミーシャとフェルは、洋上要塞への移動日だった。
東部に来たときから変わらず、夜の海を見るのが好きなミーシャは、甲板で風に当たっていた。
隣には、フェルがいる。
19歳になったフェルは、この3年で見違えるほどたくましくなった。
背が伸びて、マッスル隊に鍛えられたからというだけではない。
元々高かった作戦立案能力は、隊員たちからの信頼が厚く、今やジル隊長やヒース副隊長も一目置いていた。
もちろん、天才天気魔法使い「魔弾の射手」としての個の力も揺らがない。ミーシャとのバディは、もはや東部の生ける伝説だった。
「ミーシャ、任期満了後の配属先希望出した?」
「え、そんなお知らせあった!?」
フェルは、呆れ顔だ。
「もう……ちゃんと掲示板見なよ。どうするの?」
「首都へ帰るよ!」
ミーシャは迷わず言った。
フェルは、意外そうだった。
「えっ、そうなの?ミーシャは海が好きだから、ここに残るんだと思ってた」
「だって、師匠に3年で帰るって、約束したもん!」
「でも、首都じゃ、こんなに天気魔法で暴れられる仕事ないよ?ミーシャ、ストレス溜まるんじゃない?」
「うっ……」
言葉に詰まって、ミーシャは話題を変えた。
「そういうフェルは、どうするの?」
「俺は……迷ってる。ジル隊長やヒース副隊長とは相談中で、残ってほしいって言われてるんだ。隊のこと考えたら、離れがたいとも思うけど、将来に向けて、他の部隊を経験したい気持ちもあるし……」
でも、とフェルはミーシャの目を見て言った。
「ミーシャとバディ解消するのは嫌だ!俺、ミーシャのこと、す……好きだし」
「あたしも、フェルのこと大好きー!」
いつものようにギューッとハグしてきたミーシャの身体を受け止めて、フェルは小さくため息をついた。
「ミーシャ、あのさ、ミーシャが成人したら、伝えたいことがある」
ミーシャは、フェルから少し身体を離して、首を傾げた。
「うん?今じゃダメなの?」
「ちゃんと大人になったミーシャと約束したいんだ」
「うん?分かんないけど、楽しみ!!」
フェルとミーシャは、元どおり並んで、おしゃべりに興じた。
一瞬急に海風が強く吹いて、ミーシャの長く伸びた黒髪を揺らす。
「おーい、そろそろ就寝だぞー!」
「はーい!」
先輩隊員の声に答えて、二人は甲板を後にした。
第11話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、ミーシャの天気魔法使いとしての誇り、ノアの成長への思い、フェルの秘めた約束など、三人の今後に繫がる誓いを描きました。
お気づきかと思いますが、マッスル隊の活躍が、描いてて一番楽しかったです(笑)
次回は、閑話休題。懐かしいキャラクターやエピソードも含めて、たっぷりお届けします!
お楽しみに♪




