6.昼食時、避けられない誘い
地獄のような(小春にとって)午前の授業が終わり、ようやく昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。待ってましたとばかりに、教室内は途端に活気づく。思い思いに席を立って友達のところへ行ったり、購買や学食へ向かう生徒で廊下は賑やかだ。
小春はほっと一息つき、机の中に入れていたお弁当箱を取り出した。母が作ってくれた、ほんのり甘い卵焼きが入っている。これで少しは落ち着ける、と安堵したのも束の間だった。
「小春ちゃーん! お昼、一緒に食べよ!」
視線を感じて顔を上げると、結愛が目をキラキラさせて小春の机に顔を近づけている。その手には、色とりどりのおかずがぎっしり詰まった、いかにも手作りらしいお弁当箱が握られていた。
「え、あ…」
小春は、反射的に言葉に詰まった。誘われた場合の心の準備が出来てなかったのだ。もちろん、友達と一緒に食べるのは嬉しいけれど、相手が結愛では話は別だ。朝からあの調子では、まともに食事ができる気がしない。
「ね、いいでしょ? 私、小春ちゃんと一緒に食べたいな! ほら、せっかくだから、お互いのおかず交換とかもしよ?」
結愛は完全に小春の返事を待つ気がないらしく、すでに自分の席から椅子を引っ張ってきて、小春の机の横にぴたりとくっつけようとしていた。その積極的な行動力に、小春はただただ圧倒されるばかりだ。
周りのクラスメイトも、やはり好奇の目を向けている。特に、午前中の自己紹介を聞いていた女子たちは、ひそひそと「やっぱり狙ってるんだ」「面白い展開になりそう」といった囁きを交わしていた。
(どうしよう…断ったら、また何か変なこと言われそう…でも、一緒に食べたら…)
小春の頭の中では、天使と悪魔が激しく議論を始めた。しかし、結愛はそんな小春の葛藤などお構いなしに、すでにニコニコしながらお弁当の蓋を開けている。
「わーい、美味しそう! 小春ちゃんのお弁当も開けて開けて!」
もはや拒否権はないとばかりに、小春は観念したように小さくため息をつき、ゆっくりとお弁当の蓋を開ける。自分のお弁当は、今まで通りの卵焼きにブロッコリー、それに鮭フレークを混ぜたご飯。ごく普通の、どこにでもある学生の昼食だ。
結愛は、そんな小春のお弁当を覗き込むように身を乗り出した。
「わぁ! 小春ちゃん、卵焼きだ! 私、お母さんの卵焼き大好きなんだよね!」
そう言うと、結愛は自分の弁当から大きな鶏のから揚げを一つ、小春のお弁当箱へと差し出した。
「ね、これあげる! 私の特製から揚げ! 小春ちゃんの卵焼きと交換しよ?」
「えっ? い、いいよ、そんな…」
小春は慌てて手を振るが、結愛は「いいのいいの!」と言って、有無を言わさずにから揚げを小春のお弁当箱にポンと置いてしまった。そして、まるで当然のように小春の卵焼きを一つ、自分の箸でつまんでパクリと食べる。
「うん! 美味しい! 小春ちゃんのお母さんの卵焼き、優しい味がするね!」
満面の笑みで感想を述べる結愛に、小春はただ呆然とするばかりだった。初対面の人と、しかもこんなに自然に、おかずの交換をするなんて経験が今まで一度もない。周りのクラスメイトたちが、二人の様子を面白そうに眺めているのがわかる。
(この人、本当にマイペースすぎる…!)
小春は居心地が悪くて、俯き加減で自分のから揚げを小さくかじる。結愛がくれたから揚げは、衣はサクサクで中はジューシー、確かにとても美味しい。
「ねえ小春ちゃん、休みの日は何してるの?」
「えっ…? あ、その…本を読んだり…」
「へぇー、本! どんなの読むの? あ、私ね、最近はまってる漫画があってさ! 今度貸してあげるよ! でもさ、せっかくだし、今度一緒に映画とかどう? 私、小春ちゃんと行きたい映画あるんだ!」
質問攻めにあいながら、次から次へとデートのお誘いをぶっこんでくる結愛に、小春は「うう…」と唸るしかなかった。映画に誘われたのはもちろんのこと、今まで同性の友達と二人で映画に行くこと自体、ほとんど経験がない。
結愛は小春の反応など気にせず、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「あ、そうだ! 小春ちゃん、部活何にするの? 私、まだ決めてないんだけど、小春ちゃんが入る部活に私も入ろうかな!」
「え…っ!?」
これにはさすがの小春も顔を上げた。部活まで一緒に入ろうとする結愛の熱意に、小春はもはや恐怖すら感じていた。自分はただ静かに高校生活を送りたいだけなのに、このままでは結愛にペースを掻き乱されっぱなしになってしまう。
小春は、この強引で天真爛漫なクラスメイトから、一体どうやって距離を取ればいいのか、全く見当もつかないのだった。