第96話 それを知ってどうする自分
お盆までの期間、宇月さんはそこそこの頻度でバイトに来てくれた。
俺は夏休みにする事がなかったため、家事全般を担うには十分な時間があったのだが。それでもうちの母親が宇月さんに依頼をしていたらしく、彼女は言われた通り度々松村家に顔を出していた。
たぶん母に気に入られてしまっているのだろう。家事を手伝ってもらうというもの、今となっては体のいい文句でしかない。……しかし本人には申し訳ないが、自分も家事負担が減る事に不満などないため異議申し立てる事はなく。
彼女も「楽しいし稼げるから!」と、毎回手の込んだ料理を振る舞ってくれ、俺の胃袋は完全に彼女の手料理の虜になっていた。
そしてこの日常は、お盆休み前夜でも変わらない。
俺と宇月さんと凛は、前日の夜ご飯を食べながら今日も3人で話していた。
「ねぇ2人とも、今までの料理の中で一番好きなのなんだった?」
さりげなく凛のお茶を注いであげながら、宇月さんは俺たちに向かって質問してきた。
「私はハンバーグ! ハンバーグって結構難しいんだよね?さすがにあれはお兄でも作れないと思うんだよ~」
「たしかに。ハンバーグって焼く前も大変なんだよね。焼き加減も難しいし、凛の言う通り俺では宇月さんのレベルにはほど遠いと思う」
「え、ほんと~っ? 自分で聞いておいてなんだけど、すっごく嬉しい! ちなみに松村くんは何の料理が好きだった?」
上機嫌な宇月さんが眩しい笑顔でニコニコと見つめてくる。
一方、隣にいる凛からはニタニタと生ぬるい笑顔と視線が飛ばされてきた。
「お兄、どうなの~?ふふっ」
「え、なにその笑い。……俺は……なんだろ。全部美味しかったけど、うーん……」
「ふふっ。お兄、この質問はね、即答しなくちゃダメなやつなんだよ~。あと、"全部美味しかった"とか、手間のかかってない料理を挙げるのもダメだね。女心が分かってない人はそういうことしちゃうだろうけどね~。もしそんなことしたら、これまでの蓄積された好感度が半減なんだよ。ね~?明澄ちゃん」
「そ、そうだねっ! いくら私より賢くたって、これぐらい答えられないとダメだからね~!」
最初はたぶん興味本位で質問してきていた宇月さんも、いつの間にか凛に便乗して俺を攻めてくる。
しかし本当に全部美味しかったから、何が一番かと言われると難しいな……。
「……いやっ、うーん……」
「はいお兄、タイムアップね~。お兄の明澄ちゃんからの好感度は半減しちゃいました~。……ということで、今日は私が明澄ちゃんの持ってきてくれたチーズケーキを食べる権利を獲得で~す」
「えっ、宇月さんチーズケーキ持ってきてくれたの?」
「うんっ。昨日の夜に家で焼いたやつ、持ってきたんだぁ」
ということは手作りか。持ってきていることすら知らなかったが、それは是非とも食べてみたい。
……しかし凛のやつ、完全に最初からこうする流れを作ろうとしてたな、まったく。
ちょうど3人とも食事は終わっていたので、宇月さんは冷蔵庫から話題のチーズケーキを取り出してリビングに持ってきた。
そして俺たちの前で箱を空けると、中程度の大きさのチーズケーキがお披露目された。薄茶色の美味しそうな焼き加減で、お店の商品のような綺麗な丸型をしている。
「わぁ、美味しそう! チーズケーキって難しそうなのに、やっぱり明澄ちゃんさすがだね~!」
「ほんとに。いい匂いするし、早く食べたいかも」
「えっへへ、そんなに難しくないんだけどね、ありがと♪ ……あ、でも、好感度50の松村くんは食べられないか~。残念だったねっ」
「そんな……。そこを何とか」
俺は配られていた自分の空の皿を持ち上げ、ふふっと笑う宇月さんに軽く頭を下げながら差し出す。
「じゃあ私の質問に答えてくれたらいいよ~」
「え、えぇ……質問かぁ。……まぁいいよ。チーズケーキのためだから」
「ふふっ。ほんとに甘いもの好きだよね~。じゃあ私からの質問はねー、どうしよっかなぁ」
肝心な質問を全く考えていなかった様子の宇月さんは、そう言って顎に指を添える。
「……あっ、そういや松村くんって告白したことないって言ってたよね? じゃあさ、今までに告白された事はあるの?」
「えっ……」
予想外の質問に俺が言葉を詰まらせると、すぐに横から凛が茶々を入れてきた。
「明澄ちゃん、それは私でも分かるよ~。今までお兄がそんな浮かれてた感じの事なんてなかったし」
「俺は告白されたら浮かれると思われてるの?」
「え、違うの?」
「いや、違うでしょ」
「じゃあ告白されたことあるの?」
「そ……それは……」
……即答できなかった。
もちろん中学まで告白なんてされたことはない。
しかし、高校に入ってから一度だけ告白のような事をされた経験があったのだ。それも、宇月さんとの共通の友人から……。
「あ、じゃあほんとは告白された事あるんだぁ? ……でも誰?お兄は中学まで女の子の影なんてなかったし、高校に入ってから?……そしたら明澄ちゃん?」
凛は一度宇月さんの方へ目をやると、「いや、違うよね……」と一人で呟いてウーンと考え始めた。
宇月さんはというと、凛からの視線には気付いていないらしく、何とも言えない表情でいつからかこちらをぼーっと見ていた。
いつものように晴れていない。どちらかというと、少し曇ったような表情で……。
そして彼女の口から、短くて確信をつくような質問が溢れた。
「……松村くん、それってさ……私の知ってる人……?」




