第92話 第一子ほどアルバムの中身は充実している
「……あ、そうだっ。大事な話も終わった事だし、明澄の小さい頃のアルバム見る?」
「え、見たいですっ」
この訪問のメインであった島でのアルバイトの話を終えると、宇月さんのお母さんはルンルンでリビングの棚から分厚いアルバムを持ってきた。
そして嬉しそうに、過去のエピソードを語り始める。
「これがね、明澄が初めてスキー場に行った時の写真。あの子迷子になっちゃって。私は心配で必死に探したんだけどね、あの子は知らないお姉さんにご馳走になって、一緒にカレー食べてたのよ。それもすごく嬉しそうに」
「あはは。あんまり迷子の自覚なさそうなのが宇月さんらしいですね」
「そうでしょ? あ、あとこっちは蟹にハマってた時期で、家でもずっと横歩きしててね。将来は蟹になりたいって言ってたのよ」
「ふふっ、そうなんですか。今の夢はたしかSASUKEオールスターズに入る事って言ってたんで。とりあえず人になったみたいでよかったです」
「うふふ、そっかそっかぁ。やっぱりあの子、おかしいわよねぇ。でも、親バカかもしれないんだけど、そんなところが可愛くてね」
「そうですよね。僕は親じゃないですけど、それは分かります」
こうして話してみると、宇月さんのお母さんは全く怖い人物などではなかった。
基本的にニコニコしていて優しいし、勝手に裏があると疑っていたのが申し訳ないぐらいで。
アルバムを眺める表情からも、娘のことを本当に大事に想っていることが伝わってくる。
その柔らかな眼差しと話し方で、俺の緊張も次第にほぐされていくのだった。
「それでこれが、家でカラオケした時の写真。この時は5歳ぐらいだったかしら。"明澄はアイドルになったら?"って言ったら、"私は宇月家のアイドルだから、みんなのアイドルにはなれないの"って言われちゃってね」
「ちょっ、おおおお母さんっ!何話してるの!」
「え? あら、明澄。戻ってきたのね」
慌てた様子の宇月さんがリビングのドアを勢いよく開けて入ってきた。
俺たちの話が中々終わらないため、心配になって戻ってきたらしい。
「2人の話長いなと思って戻ってきたのに、なんで私のアルバム見てるのっ?!」
「えぇ~? 蒼汰君がせっかく来てくれたから見せてあげようと思ってね。お・も・て・な・し……ってやつよ?」
「なにそれ……? ていうか、松村くんそんなの見せても喜ばないでしょっ」
「いや、面白かったよ。俺は宇月さんが蟹になりたくても、応援するからね」
「……な、お、お母さん、なんの話したのっ?……もうアルバム見る時間終わりっ。話終わったんなら、早く私呼びにきてよね、まったく」
宇月さんは顔を赤くしながら、テーブルの上で広げられていたアルバムをさっと奪い取った。
「えぇ~、お母さん、まだまだ蒼汰君と話したかったんだけどなぁ」
「あはは。僕も続き聞きたかったです。でも、楽しみは今度にとっておきますね」
「うふ。それもいいわね♪」
「ちょ、ちょっと、勝手に約束しちゃダメっ」
宇月さんは再び俺の隣に座ると、不満そうにこちらを睨み付ける。
「あと松村くん。戻ったら松村くんのアルバムも見せてもらうからね」
「え、えぇ? 俺のはよくない?」
「そんなことないもんっ。私のだけ見るのはズルいし、凛ちゃんから恥ずかしいエピソードたくさん聞いちゃうんだからっ」
やっぱり今日も松村家に泊まる気なんだ……。
お母さんとも仲直りできて、もうこちらに避難する必要なんてないはずだけど。
同じような疑問を持ったからか、やり取りを見ていた宇月さんのお母さんが口を出す。
「あら明澄。今日も蒼汰君のところに泊まるの?」
「う、うん。荷物もあっちに置いてきちゃったし。……ダメ?」
「ううん、いいわよ。それに、もう島のお泊まりも認めたから」
「……え、ほ、ほんとにっ!? やったぁ! 松村くん、やったね!!」
宇月さんから向けられた眩しい笑顔が、俺の最後の緊張感を小さな歓喜に変えた。
島では楽しい思い出をたくさん作れるといいな。そして、お母さんとの約束も絶対に守ろう。
「お母さん、ありがとっ」
「いいのよ。こっちこそ、ここまで許可が出せなくてごめんね。心配だったけど、蒼汰君が一緒に行ってくれるから大丈夫だねって話になったのよ。……悪い虫は蒼汰君が追い払ってくれるみたいだから、楽しんできてらっしゃい」
「えぇ?うふふ。そーなの?」
少しニュアンスは盛られている気がするが、そう思う気持ちもあるのは事実だ。
こちらを覗き込む宇月さんから目をそらし、そっけなく「まぁ」と返事をした。
「じゃあ松村くんの事は私に任せてね。ちゃんと虫除けスプレー持っていくからねっ」
「……あ、ありがと」
俺にはガチの虫しか寄ってこないと思われている。異論はないけど。
そこから3人で少し談笑すると、リビングにあった時計がゴーンゴーンと音を鳴らした。21時を迎えた合図だった。
「それじゃあ、凛ちゃんも心配してるだろうし、そろそろ帰ろっか?」
「そうだね」
別にその言葉に深い意味なんてなかったはずだ。
だけど、宇月さんが"帰ろう"という言葉を選んだことに少しだけ嬉しくなった自分がいた。
2つ目の自分の家だと思ってもらえているようで、ちょっとだけ家族になった気分だった。
「宇月さんのお母さん、今日はありがとうございました」
「いえいえ、いいのよ。またきてね♪」
「じゃあ宇月さん、行こっか」
「うんっ」
「……あ、ねぇ蒼汰君?帰る間際ですごく今さらなんだけど、どっちも宇月だし、その呼び方だと少し紛らわしいわよ?」
「たしかにそう……ですよね。じゃ、じゃあ。……花さん。……と、宇月さん」
「あら♪」
「ちょっと……な、なんで私はそのままなのっ!」
宇月さんはふくれっ面でこちらを睨んだ。




